熟成とは? Vol.1 概要編
食材を一定期間保存する(寝かせる)ことで、風味や食感を向上させる技術、熟成。肉、魚、発酵食品などに応用され、旨みを増したり、柔らかさを引き出したりします。今回は、まず序章として押さえておきたい熟成の概要について。定義や目的、熟成と発酵の違いについて甲子園大学の釜阪 寛先生に教わります。
釜阪 寛(ひろし)さん:1964年生まれ。神戸大学農学部卒業後、1989年江崎グリコ株式会社入社。菓子開発研究室の焼き菓子チームに3年在籍した後、生物科学研究所で食品の新しい素材・技術開発を行う。健康科学研究所に名称変更した後、カルシウム、主に「お口の健康」の研究に携わる。2022年4月より甲子園大学 栄養学部 食創造学科教授に。同大学の学長である伏木 亨氏と共に食品の嗜好性の研究を行う。農学博士。
熟成の定義と目的
「熟成」という言葉は、料理・調理のさまざまなシーンで使われます。
例えば熟成肉。水分を蒸発させ、味を凝縮。酵素によってたんぱく質が分解され、柔らかくなり、イノシン酸などのうま味やグルコースといった甘みが増します。「ドライエイジング」や「枯らし熟成」といった言葉も耳にするようになりました。 熟成魚もそうですね。一定期間寝かせることで、うま味成分のイノシン酸を増加させます。 味噌や醤油などの発酵食品は、発酵の過程で熟成が同時進行して独特の風味が生まれますし、搾りたての日本酒は香味に「荒さ」があるため一定期間寝かせたり、焼酎などの蒸留酒も新酒には激しい刺激臭味があるため、数カ月~数年寝かせたりします。 チーズは熟成中に乳酸菌や酵母、カビがはたらき、乳のたんぱく質や糖、脂肪などを分解し、個性的な風味を生み出します。
このように、「熟成」と一言で言っても、その工程や効果はさまざま。共通するのは、食品を一定の条件下で保存し、酵素や微生物などの働きによって、風味や食感を向上させるプロセスであるということです。
1972年発行の『日本醸造協會雑誌』内「熟成の話」では、
「造りたてのものが貯蔵という年月時を費して,香り,味,色の最も調和したものとなり,丁度食べ頃,飲み頃になることをその食品,飲料の熟成といっております。つまり発酵食品・飲料をおいしく食べ,おいしく飲むには熟成という過程を必ず経なければならないということがおわかりになったでしょう。」※
と書かれており、この言葉に尽きると考えます。
※高橋康次郎(国税庁醸造試験所)、海老根英雄(農林省食糧研究所)、梅田勇雄(日本醤油研究所) 『日本醸造協會雑誌』1972年67巻9号p771-778「熟成の話」
熟成と発酵は何が違う?
熟成と発酵、この2つはやや、違いが分かりにくいかもしれませんね。
以下に、その微妙な違いをまとめました。
熟成 | 発酵 | |
---|---|---|
定義・目的 | 酵素や自然なプロセスを活用し、食品の風味や質感を向上させる | 微生物を利用して食品を変化させ、保存性や風味を向上させる |
例 | ドライエイジングビーフ、熟成マグロ、チーズなど | 味噌、醤油、ヨーグルト、キムチなど |
主な働き手 | 主に酵素(自然発生または添加) | 微生物(乳酸菌、酵母、カビなど)の酵素 |
制御 | 温度・湿度を調整して進行をコントロール | 微生物の種類や活動条件を管理 |
大きく違うのは、作用する「主な働き手」が「熟成」は主に食品自身が持っている酵素であるのに対し、「発酵」は微生物が持つ酵素であることです。その部分だけ見ると分かりやすいのですが、先ほども述べたように、お酒を熟成させる=寝かせるように、酵素が働かない熟成もあります。
多くのお酒に共通して言えることですが、半年から1年ほど寝かせるとアルコール分子の周りを水分子が取り囲み、人の口中に入った際にアルコール刺激が緩和され、スルッと喉越し良く、なめらかに感じるようになります。
樽の中で熟成させたものには木の香りが移ったり、空気に触れることで水やアルコールの蒸発、緩慢な酸化が起こります。酒質の違いにより、寝かせている間にさまざまな化学反応が起き、複雑な味わいを作り出すのです。
また、先ほどお伝えした味噌や醤油のように、発酵と熟成が同時進行することもあります。味噌であれば、大豆を蒸して玉状にし、種麹を植え付けて繁殖させた後、塩水などと混ぜ合わせ、桶に詰めて「熟成」させます。この間、微生物が働いて発酵するのはもちろん、酵素作用によって糖やアミノ酸、エタノールなどのアルコール類なども作られます。さらに、メイラード反応も起こり、複雑な味わいを作り出すのです。
すべての発酵が熟成を伴うわけではありませんが、熟成は発酵を含む広い概念でもあるということです。
次回より、肉や魚における熟成についてお伝えしていきます。
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