土から芽が覗く前に掘り出す
4月5日の早朝4時。王子裕允さんは、ほの暗い竹やぶの中、たった一人で筍を掘り始める。取材班が到着したのは6時。20㎏入るというカゴはすでに2つが朝掘りの筍で埋まっていた。
竹やぶの中で我々取材班が歩く道は限られている。一歩でもその道からそれると、足が数㎝は沈む。土がふかふかなのだ。早朝のこととて、その土は夜露をたっぷりと含んでいる。よく見ると、至る所に細い竹の棒が刺してある。この下に筍がある、という目印なのだそうだ。
「昨年はさっぱりやったけど、今年は豊作でね」。王子さんは顔を綻ばせながら、その目印へと近づいていく。土の表面がわずかにひび割れている。筍は上へ上へと成長するため、土を盛り上げ、それがひび割れを作るのだ。
「姫皮の先が土から覗く前に収穫するのがベストです」。
そのひび割れにトンガと呼ぶ鍬(くわ)を優しく入れ、土をかき分けていく。淡黄色の先端部が顔を出すと、その向きを見て鍬を入れる位置を定める。30㎝以上離れたところにザクッ。すると、静まり返った竹やぶの中、ブチブチッという音が響く。強靭な竹の根が次々とちぎれる音だ。そこからテコの原理で土を持ち上げていくと、筍の姿が現れる。小ぶりな筍もあるが、この日は40㎝を超えるほどの大物が続々。「これは上野(修三)さんが喜ぶヤツやなぁ」と王子さんが笑顔を見せた。
土を重ねて、ふかふかのベッドを作る
筍農家が作るのは、筍でなく、土だと言われる。
もとより木積地区は水に恵まれ、竹やぶの赤土は筍を育てるのに最適な粘質と養分を持っている。粘土質の土の中で育つ筍は、いわば土に密閉された状態。筍は陽や空気に触れれば触れるほどアクが出るのだと、王子さんは言う。だが、それだけでエグ味の少ない香り豊かな筍が育つワケではない。ストレスなく、すくすくと育つのにふさわしい環境が必要だ。
そのために、王子さんは土を作る。
竹やぶには、ところどころボコッと巨大なくぼみがある。これは土を取った跡で、その土を竹が密集するあたりに撒くのだそう。
「年末くらいから始めて、2月の終わりまで。繰り返し繰り返し、土を重ねていくんですわ」。
そして、春を迎える前に土づくりを終える。
気温が上がると、筍は急速に成長する。木積では、3月の半ばころから収穫が始まると言う。
この頃になると朝日も早く昇り、土中の筍はどんどん育つ。「気を抜いたら、先端部が土から覗いてしまう。4月の最盛期は朝2時から収穫ですわ」。
「あ~これは遅かったなぁ…」。王子さんがため息をもらしながら入れた鍬の先、顔を出した筍の先端部が少し緑がかっている。「先の皮も少し黒いでしょう。これは一級品としては出されへんなぁ…」。ひび割れからほんの少し芽が覗いていたようだ。王子さん曰く、少し陽に当たっただけで、わずかながらえぐ味を持ってしまうのだそう。
筍は、夜のうちに親竹から養分や水分を吸い上げ、朝を待って成長するという。だから、朝掘るとみずみずしく、肌もしっとりとしている。筍は朝掘りに限ると言われるゆえんだ。
王子さんが掘りたての筍を少し切り、「食べてみる?」と勧めてくれた。真っ白なその一片を齧ると思わず声が出た。まるで梨だ! シャリシャリと歯ざわりよく、風味は爽やか。そして驚くほど甘かった。アク? そんなものは微塵も感じられない。
朝8時すぎ、筍の入ったカゴは4つになった。これを軽トラにのせ、王子さんは急いで集荷所へと向かう。近隣の筍農家も到着し、日陰ですぐさま「株切り」。筍の根元の表面にはボツボツと赤みがかったイボがある。根になり始めている部分なので硬い。ここを切り落として、筍を選定していく。
9時前、小さな集荷所には100本以上の筍が並んだ。これから段ボールに詰め、10時には宅急便で料理屋に送ったり、市内の青果店が受け取りに来たりするのだという。
「筍は不作と豊作の差が激しいんです。早朝から掘ってカゴ1つ分という年もある。上野さんのように昔からのお付き合いの方々を大事にしたいから、それほど販路を広げられないんですよね…」。
木積筍の旬は4月。新春から筍が出回る昨今、3月にはもう食べ飽きた…なんて声がお客から聞かれると言うが、王子さんの筍を待つ料理屋は「驚くほどアクがないので、4月になったら、直焼きとか直煮とか、木積筍でないとできない料理を作ります」と口を揃える。王子さん曰く「最盛期は2週目」。今年は豊作というから、狙い目だ。
→木積筍の料理は「上野修三の古典」にて配信。
【住所】大阪市中央区高津1-6-1 金星ビル1F
【電話番号】06-6764-0680
【営業時間】9:00~16:00
【定休日】日曜、祝日
https://www.facebook.com/Select-vegetables-market-105806107782938
フォローして最新情報をチェック!
会員限定記事が
読み放題
月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です
この連載の他の記事産地ルポ これからの和食材
月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です