淡口醤油の郷・龍野の恵みを
♪夕やーけ小やけーの赤とんぼー。
童謡だというのに万感胸にせまるこの歌は、龍野発祥の歌とされている。歌詞を書いた詩人の三木露風は、龍野町の出身だったのだ。本竜野の駅舎を出て、町なかに入ると、「ここで夕焼けを見たら泣いちゃうなあ」というような美しい川が流れている。揖保(いぼ)川だ。
この川の流域では、昔から小麦と大豆が栽培されており、さらに近くの赤穂では塩も生産されている。小麦+大豆+塩+川の伏流水=これだけ揃えば醤油を造るしかないでしょう!ということで、ここ龍野町の名産は、醤油である。なかでも淡口醤油の生産量は全国一。関西で育まれた日本料理では、素材の持ち色を損なわない淡い色の醤油が尊ばれ、大阪・京都のご贔屓も目出度く、龍野町は淡口醤油の郷としての歴史を江戸時代から重ねてきたのだった。小さな町の中に、最盛期には60軒以上、現在はその数は減っても醤油造りの伝統は残っているという。
川の西側には城跡もあり、周辺には城下町の風情を残した古い町並みが続く。その一画にある暖簾がはためく端正な木造蔵が、末廣醤油株式会社である。…って、まるで辿り着いたかのような書き出しだが、駅からここまで車で5分、連れてきてくれたのは、社長の末廣卓也さんだ。龍野の歴史も道すがら、穏やかに語られたことの受け売りである。
『末廣醤油』といえば、私が愛用する「淡紫(うすむらさき)」、何にかけても料理が引き立つ“かけて使う淡口醤油”でも知られる醸造元だ。
「淡紫は米麹を使って醤油で甘酒を造るような感じですね」。それで、ほのかに甘く、まろやかなのか。納得!という会話を交わしつつも、鍋の季節に重宝するのはこの1本!と、今回見せていただくのは、ポン酢作りの現場である。
酸味のカドがない、まるい味は、「料亭の手作りポン酢」をイメージして作られたという。醸造酢不使用で、30年以上前から手仕事による自然志向で作り続けられてきたのだという。
バランスがいいから、程がいい
案内されたポン酢の工房では、ベースの濃口醤油と昆布だしが加熱され、みたらし団子を連想させる甘く芳しい香りが漂っている。そこに工場長の木村俊一さんがやってきた。
「木村はね、微生物がお友達なんですよ」、そう紹介する時の末廣社長の表情が優しい。
末廣社長と木村さんは、神戸大学時代の先輩、後輩(社長)の間柄で30年以上の付き合いになるそうだ。別の食品会社に勤務していた木村さんは、ある時、麹について学ぶ必要が生じ、この蔵を訪ねてきた。ところが学ぶうちに麹や酵母の微生物の世界に魅了され、ここに転職することになったのだという。
「この場所は、いい菌の棲み家ですよ」とお友達のことを話す時の木村さんの目が輝く。
「その菌がどんな酵素を出して発酵していってくれるか。そのためにどんな麹を作っていくかが仕事の鍵です。その良い麹のために一番大切なのは、最初の原料処理です。大豆がムラなく蒸し上がっているかどうか。そこをきっちりしないと醤油ができあがった時、透明感が出ないで濁ってしまう」。
初動の結果が出るのは約1年半後。醤油造りは、なんとも長いスパンの職人仕事だ。
さて、柑橘果汁が運ばれてきた。運んできたのは、社長の御子息・努さんだ。聞けば、この蔵に戻る前は、長野の酒蔵に勤めて、酒造りをしていたそうだ。「同じ醸造蔵の経営を学ぶために?」「いえ、日本酒が好きで」。その笑顔と柑橘の香りとが重なって、工房内は一気に爽やかさがアップする。
柑橘を4種類も用いるのは、柚子の香り、スダチの酸味、ダイダイの甘み、ユコウのバランスよい旨みがそれぞれを補い合ってくれるからなのだそうだ。バランス、ということでは、職人気質の木村さん、現場できびきびと動きまわる努さん、それを見守る社長の3人組も素晴らしい。私は心の中で、トリオ・ザ・パンチならぬトリオ・ザ・ポン酢だなあと思った。
蔵の天井には白く点々と蔵付き酵母のコロニーが見える。トリオが蔵を守らなければ、この菌もまた棲み家を失う。菌も技も人も、そして龍野の醤油文化も。この地で醤油を醸し続けることで守られていく。
【住所】たつの市龍野町門の外13
【電話番号】0791-62-0005
【営業時間】8:30~17:00
【定休日】土・日曜、祝日
【オンラインショップ】https://www.suehiro-kanei.online/
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