産地ルポ これからの和食材

目指すは身体に馴染む味。淡路島『脱サラファクトリー』の「自凝雫塩」

淡路島・西海岸。夕日が美しい五色浜に、小さな製塩所があります。「自凝雫塩(おのころしずくしお)」を生み出す『脱サラファクトリー』。額にススをつけながら懸命に薪火を操る、塩職人の末澤輝之さんは「人の身体にすっと馴染む塩をつくりたい」と話します。「尖がりがなく“甘い”塩」「抜きん出た個性が“ない”ところがいい」と口を揃えるのは、塩を愛用する料理人たち。全国600軒以上の飲食店に支持されるその理由に迫ります。

文:船井香緒里 / 撮影:太田恭史

目次

『脱サラファクトリー』は淡路島の西海岸にある。「自凝雫塩」の名の由来は、古事記の「国生み神話」から。「イザナギノミコトとイザナミノミコトが海をかき回すと、矛先から滴り落ちた塩の雫が固まり『おのころ島』が誕生。二柱(ふたはしら)の神はこの地で夫婦となり、日本で最初に誕生した島が淡路島とされています。この伝説にちなんで名付けました」と末澤さん。
末澤輝之さんは1980年神戸市西区生まれ。大学卒業後、外食チェーン企業で10年働き、店舗の立ち上げやフランチャイズ、新規事業開発などに携わる。退職後は、国内各地の製塩所で塩づくりを学び、2012年に淡路島へ移住。翌年、『脱サラファクトリー』の立ち上げとともに塩づくりを開始。
海塩に含まれる雑味成分には、ナトリウム(塩味、辛味)、マグネシウム(苦味、旨み)、カリウム(コク、シャープなキレ)、そして塩分と交わると甘みに変わるカルシウムがある。これら4つのミネラルと、微量元素からなる。末澤さんは「理想とするミネラルの構成比を、煮詰め方で変えてゆくのが、塩屋の仕事の醍醐味ですよ」と話す。

サラリーマンから塩職人へ

波の音だけが静かに響く浜辺にその製塩所はある。脱サラして、神戸から淡路島へ移り住んだから『脱サラファクトリー』。かつて外食企業で働いていた末澤輝之さんは、「食の本質とは何かを考える出来事があって。改めて気づいたのは、人間に必要不可欠である水と塩の大切さでした」と語る。

それから約4年間、国内にある小規模の製塩所を訪ね歩いた末澤さん。「自然に寄り添う塩づくりを実践する職人の皆さんから手ほどきを受けました。私の塩づくりは、彼らのノウハウを掛け合わせた、いいとこ取りかもしれません」。

生まれ育った神戸周辺で製塩所を開こう。そこには“身土不二”(しんどふに:人の身体は暮らす土地に育まれているという思想)の考えがあったと末澤さんは話す。
ところが、なかなかコレという場所に出合えず、導かれるように淡路島へ。「この浜にたどり着いた時、ココだと思ったんです。極端な話、ココの海水なら飲めそう!と思える環境や空気感で。そしたら偶然にも、散歩中の地主さんにお会いできて。土地を貸していただけることになりました」。かくして2013年、独立を果たしたと言う。

塩は大きく分けて3つの種類がある。
化学的につくられた、塩化ナトリウム99.5%以上の「精製塩」、天日塩を輸入して溶解したものに、にがりなどを添加した「再生加工塩」、海水を原料として天日乾燥、あるいは釜で煮詰めるなどして作られた「海塩」。岩塩、湖塩などもこれに当たり、ミネラルが豊富に含まれているのが特徴だ。

「自凝雫塩」はもちろん海塩に当てはまり、島の北西部・播磨灘の海水だけを用いてつくられる。



自然の力を借りて、ミネラル分を高める

末澤さんの塩づくりは、海水を取るところから。

「塩の味わいの決め手の一つとなるのが、取水する場所。川に近い海水には、山の湧き水や田んぼの栄養素が入りやすく、甘いニュアンスの塩になることも。ウチの場合、川に挟まれていますが、500m以上離れている。だから、純粋な“海の味”をつくりやすいのです」。瀬戸内海は寒流と暖流が交わるちょうど中間地点。「暖流は塩分が高く、寒流は低い。相対的に、ミネラルのバランスが良い塩ができやすいと思います」。

取水するタイミングは、満潮時を狙う。「海底からミネラル分が上がってくるとされているんです」。その後、フィルターで濾過しながらマイクロプラスチックなど不純物を排除。「1/1000㎜のマイクロフィルターに通します。人の口に入るものだから、一番重要な工程かもしれない」。並行して「逆浸透膜」という「簡単に言えば、海水から水の分子だけを抜く圧力装置」に通し、塩分濃度を高めていく。「海水は天日にさらして濃縮させるほど、ミネラル分が飛びます。その時間をできるだけ短くしたい」。結果、ミネラル分は99.6%残り、3.2%だった塩分濃度が6~7%に高まる。

そうして、ようやく「天日干し」の作業へ。濃度を上げた海水は、組み木とネットに覆われた流下式装置へ移し、上下に流動させながら、ゆっくりと水分を蒸発させていく。「風と太陽の力だけが頼りです」。天日にさらすこと約1カ月。ようやく、塩分濃度10%の濃縮塩水「かん水」が完成。その後、薪を用いた鉄釜炊きの工程へ。

“古代の塩”をイメージし、鉄釜で炊き上げる

2022年末に新設した工場へ足を踏み入れると、凄まじい熱に圧倒される。薪火の炎がメラメラと立ち上り、2台の大きな鉄釜がグラグラと煮えたぎっている。

まずは1台の釜で30時間かけて、かん水を煮詰めていく。しっかり煮立たせて、カルシウムや硫酸を適度に抜いていく。その理由は「何億年も前、地球に存在していた“古代の海水”に硫酸は存在しなかったし、カルシウムの比率は少なかったから。しかも当時の海水には人体に必要なミネラルの一つ・鉄分が含まれていました。鉄釜で炊き上げるのはそのため。古代の塩をイメージしながら、人の身体に馴染みやすい塩を作りたいのです」。

続いて、もう1台の「仕上げ釜」へ移し、さらに30時間、ゆっくりと加熱する。先の鉄釜の表面と比べると、明らかに透明感が違う!「徐々に結晶化させて、粘り気や、粗さの調整を行います」。
煮上がった塩は杉樽に1日入れ、ゆっくりと常温に戻していく。「ミネラル分が馴染み、苦みや旨みを感じやすい塩になります」。

100tの海水から「自凝雫塩」が出来上がるのは1t。
さらにその1/10しか取れない「レアソルト」は、やや大きめの粒目が特徴。表面積がやや大きいため、辛味をしっかり感じるが、ゆっくりと塩が口溶けるとまるい塩味に。「肉料理などのフィニッシングソルト向きです」。
一方で、定番の「自凝雫塩」は、粒目が細かく、舌の上に広がるまろやかな甘みが印象的だ。

“縁の下の力持ち”のような塩

末澤さんの塩を愛用する、料理人に尋ねてみた。

まずは、製塩所からほど近い都志(つし)港近くにある、創業120余年の『割烹 はと』。五代目店主・吉田忠司さんは「自凝雫塩」の定番と、粒目が大きい結晶塩(非売品)を用いる。「同じ自凝雫塩でも、味をつける塩と、味を引き出す塩は違うんです。定番の塩は、尖がりがなく“甘い”。椀物のだしにあたりをつける時、いつもそう感じます」。

一方で、稲の藁(わら)で皮目を軽く炙った「鰆(サワラ)の塩タタキ」には、表面積がやや大きめの結晶塩を振る。味にメリハリをつけて鰆の美味しさを引き出すためだ。まろやかな塩味が、サワラの脂の旨みを際立たせていた。

また、「かれこれ10年近く、愛用しています。しいて言うなら、素材の旨みを引き出す塩です」と話すのは、大阪・京橋にある『鮓 きずな』店主・近藤剛史さん。曰く、「今まで、いろんな塩を試しましたが、“舌をさす”塩が多かった。『自凝雫塩』は、舌にすっと馴染み、溶け込む感じ。抜きん出た個性がないのもいい」。

兵庫県産の日本晴とササニシキの古米を用うシャリには『飯尾醸造』の米酢と赤酢をブレンドし、定番の「自凝雫塩」を用いることで、素材を立てるまろやかな味わいに着地したという。「白身魚との相性が本当に良いんです。例えば、鯛にうす塩を当てて1日寝かすと、この塩のミネラルと柔らかな塩味が、白身の旨みをぐっと前に引き出してくれます。寿司を構成する、歯車の一つではあるけれど欠かせない存在」と語りは熱い。

末澤さんが理想とする味わいとは——「食材と合わさったとき、その素材らしさが生きる、縁の下の力持ちのような存在でありたい。何よりも、口の中ですっと消え、身体にじんわり馴染む味になるよう心がけています。塩は人間にとって必要不可欠なものですから」。


取水した海水は、高圧装置を使いマイクロフィルターで濾過する。「人の口に入るものですから、衛生面には気を使います。薬剤は使いたくないので、かなり精度の高いフィルターを使います」。右が使用前、左が使用後。
「仲良しの大工さんに作ってもらった」という流下式装置。濃縮塩水をポンプで吸い上げ、天日にさらす。
塗装などがなされていない廃材を用い、火を熾す。
2つの鉄釜はそれぞれ500ℓの容量。耐火煉瓦で覆われていて、火加減を調整しやすいという。右の鉄釜で30時間、かん水を煮続け、木製の流し台で左の鉄釜に移し、さらに30時間、弱火で炊き続ける。
完成間近の釜の上澄みには、高貴に輝く結晶「塩の花」が浮かぶ。
左が定番の「自凝雫塩」150g850円。右が「レアソルト」75g1165円。いずれもオンラインショップにて購入可能。

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