選別の徹底は「口に入るものだから」
原料は有機ごま。圧搾し、搾りたてのジュースのような状態で瓶詰めしたのが、大阪『和田萬』の有機ごま油だ。ごま版エキストラバージンオリーブ油のような、その威力は絶大で、数滴かけるだけで料理が一気に香(かぐわ)しくなり、食欲が増す。
製造元である『和田萬』八尾工場に入った時に最初に嗅いだのもごまの芳香だった。鼻の穴をふくらませた我々取材班一行は、手洗いの後、白衣に着替え、帽子を被り、コロコロローラーで塵(ちり)を取り、さらに強い風圧で身の埃(ほこり)を吹き飛ばし、アルコールで手を消毒し…と、何度も身を清めてから、この作業場へと入ってきた。
「すみませんね」「お手数ですが」と、清めの度に懇切丁寧に声をかけてくれるのは、五代目・和田武大(たけひろ)社長(2018年当時は専務)だ。その武大さんの後について見せていただく工場内は、徹底的に安全性を追求した原料処理がなされている。
ごまは、そもそもは畑で栽培された植物の種だから、土や小石、小枝、砂に含まれる砂鉄など、国内外から工場に到着した時にはさまざまなものが混ざっている。それをきれいに除去するためには、大きな強力磁石で砂鉄を取り除いたり、風力機で埃を飛ばしたり、水力で洗浄したりと、6段階の工程を経てから加工に進む。煎りごま、すりごまに関しては、再度、先の全工程を繰り返す。その入念さは「人の口に入るもの」という根本的な理由によるものだ。
焙煎がモノを言う仕事
さて、芳香のもとは、直火式焙煎だった。香りに惹かれて焙煎機をじーっと見ていると、武大さんが煎りたてのごまを手に取って、食べさせてくれた。「ほら、ぷくっと膨らんでいるでしょう」と言われて凝視すると、確かに生の状態では平たかったごまが、焙煎後にはふっくらと丸い形に変化している。
焙煎ごまの風味は「原料の質が2、3割。焙煎の技術力が7、8割」と言われるほど、職人の技術力が問われるものだそうだ。しかもそれは、200℃で2分という短時間に行うものでありながら、材料の状態や気象条件など微妙な違いを見極めながら温度や時間を変えていく。経験の蓄積と決断力も求められる技術だ。
「ごまは天然のものだけに、同じことを繰り返せばいいというわけではないんです。品質安定のために技術を磨く必要もあります」。
この技術の達人が、和田さんの父・悦治さんである。『和田萬』は、創業1883年の老舗。大阪の台所と呼ばれる中之島界隈で主に乾物を商ってきた。四代目であった悦治さんは、商いをごまに特化していく中で、ごまの焙煎技法を確立。終日、焙煎機につきっきり、というような真摯な仕事を続けてきたのだという。
できたての感動を閉じ込めたい
武大さんは、子どもの頃から家業の仕事は見知ってはいたが、大学卒業後は新聞社に入社。跡を継ぐという決断はしなかったという。しかし、ごまの神様の計らいか。新聞記者として取材を続ける武大さんのもとに、ある日、自社を取材するという仕事が入ってきた。
「工場内や社員さん達の顔を見て、すごいな、いい家業だなと思ったんです。正直に誠実に取り組んでいたら、ちゃんと返ってくる仕事なのだな、それは人生を良くするのでは、とも」。
その取材を機に新聞社を退職した武大さんは、バックパッカーの旅を経て、2008年に『和田萬』に入社。10年からは、奈良県葛城市でごまの有機栽培も開始した。さらに12年に新規事業として立ち上げたのが、有機のごまを搾った、ごま油のシリーズだ。
「自分達でうちのごまを搾ったら必ずよいものができる。この規模だからこそ、大手とはまた違ったものが作れるのではと思いました」。
武大さんが言う“この規模”の搾油機と濾過室は、見たところ、少し大きめの台所、といった印象だ。新規導入の濾過機も可愛らしく、小さな蛇口が懸命に働いているように見える。和紙を巻いただけの濾過にいたっては、コーヒーを淹れているかのような手作り感が満載だ。
だが、そこから得られるできたてのごま油の味わいの豊かさといったら!「できたての美味しさと感動を瓶に詰めたい」と考えた武大さんは、滴り落ちる油をそのまま瓶に詰め、2017年11月に商品化した。それが冒頭で紹介した有機ごま油のシリーズだ。ちなみにごま1gは、500粒とのこと。この1本の中には、いったいどれだけのごまが入っているのだろう。
【住所】大阪市北区菅原町9-5
【電話番号】06-6364-7387
【営業時間】10:00~18:00
【定休日】なし
【オンラインショッピング】https://gomayan.com/
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