西陣の織物と名水に育まれて
こんなに入れるとは! と、仰天したのは、昆布の量だ。『林孝太郎造酢』の「京風すし酢」。そのまろやかな旨みが昆布由来であることは聞いていたが、蔵で目にしたその量たるや。大袋にこれでもか、というほど詰め込まれた昆布が、すでに塩と砂糖の溶け込んだ酢の調合タンクに沈んでいく。あとは、半月以上かけて昆布の旨みが抽出されるのを待つそうだ。
蔵の所在地は京都・西陣。この土地の利は、水質の良さ。口当たりのやわらかな軟水が得られることだ。御近所に茶道の御家元や織元達が居を構えるのも名水があるがゆえ。その名水を使って酢を醸すこと、180余年。当初、この店の酢は西陣織の染色の色止めにも用いられていたという。
現社長の林 孝樹さんは、分家から数えて四代目。「高校時代に店を継ぐことは決めていました。祖父が『料理に酢が出しゃばったらいけない。酢は、縁の下の力持ちになるべきや』と話したはったことは心に残っていますね」。
大学卒業後は、関東にある大手食品会社に7年間勤務。化学調味料の使い方や衛生管理など、食品業界の最先端技術を目にしたが、そこには留まらず、家業を継ぐために生家へ。
「戻った時に一番驚いたのは何もないこと、機械が。父は、大手企業にはできないことをコツコツと丁寧な手作業でやったはった」。
先代は京都の寿司屋、料理屋向けに店ごとに違う味を調合した業務用の寿司酢を製造していた。寿司の土台の、さらに基盤となる酢。その重要な役割を担うための仕事を重ねてきた蔵も、しかし、かつては経営危機に見舞われたこともあるという。昭和50年代、大手企業が大量生産した安価な酢が京都にも押し寄せてきた時のことだった。
無添加の美味しさを伝えたい
「価格では大手に太刀打ちできしません。このままでは、うちは潰れてしまう。父は、そう肌で感じたようです。そこで料理屋さん相手に培ってきた技術を生かし、万人向けに配合して造ったのが小瓶の『すし酢』。化学調味料を一切使わず、昆布から旨みを出し、無添加で。これは大手には真似できへんものやから」。
天然の昆布から得る旨み。甘みと酸味のバランス。試行錯誤を繰り返した末の調合により、身体に優しく、かつ味わいの深さと爽やかさを備えた寿司酢が誕生する。その優美な風味に注目した百貨店が販売を決め、「すし酢」は一般消費者に支持されるヒット商品となった。
酢、塩、砂糖と原材料がシンプルであるだけに、旨みの元となる昆布は、大量に使う。
「自然のものやさかいに、確保は大変。北海道に台風直撃、なんて聞くと、もう、心配で」。
ケミカルなものを一切含まないために、賞味期限は、未開封でも1年だ。
「食べものは、腐るものです。腐らなくする方法は簡単やけど、腐らないことのほうが恐ろしいと思いまへんか? 大事なことは、美味しくて身体に良いものを造ること。そのためには、手間暇を惜しまへんことですね」。
【住所】京都市上京区新町通寺之内上ル東入道正町455
【電話番号】075-451-2071
【営業時間】9:00~17:00
【定休日】第2・4土曜、日曜、祝日
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