味重視の海苔づくり
博多駅から南に車で1時間ほど。川下りや鰻料理で知られる柳川市に『成清海苔店』はある。1967年に創業し、現在は二代目の成清 忠さん・千賀さんご夫妻が営む海苔の加工・販売店だ。
海苔師と呼ばれる漁師が育て、一次加工がされた板海苔(乾海苔:ほしのり)は、漁協による検査・格付けを経て、海苔の商社や成清さんたち加工会社が参加する入札会に出品。その後、入札者たちが二次加工・販売を行なう。
取材に訪れた日は、海苔漁シーズンに始まりを告げる「採苗(さいびょう)」(種付け)の前日。「採苗」とは海苔の胞子が付着した牡蛎殻の網を海に広げる作業のこと。前日は半年かけて育てた胞子付きの牡蛎殻を、網に付いた袋に一つひとつ入れる準備を行なうのだ。
「まずは準備の様子を見に行きましょう」と、成清さんは皿垣開(さらかきびらき)漁業協同組合(以下、皿垣漁協)の海苔師・西田典広さんの作業場へ案内してくださった。
「皿垣漁協とは父の代からお付き合いさせていただいています。海苔の格付けは従来、色や艶など見た目で評価されていましたが、皿垣漁協は1995年、おそらく日本で初めて食味検査を導入するほど、味に対するこだわりが強いんですよ」と、成清さん。
この日は西田さんご夫妻に加え、県外の大学に通う息子さんや近所の人など、10人ほどが手伝いに来ていた。春先から海苔の胞子を植え付け、培養していた牡蛎殻を、養殖用の網に取り付けられた落下傘と呼ばれるビニール袋に1つずつ入れていく。その数6000殻以上! お手伝いの人たちも手慣れたもので、2時間ほどでその作業を終え、翌朝6時に出港する船に網を積んだ。
美味しさを支える「3つのこだわり」
有明海には多くの河川からミネラル豊富な栄養が流れ込み、最大6mの干満差によって、養殖網は満潮時には海水に浸かって栄養を吸収し、干潮時には海面から顔を出すことで太陽の光をたっぷり浴びて光合成が促進され、うま味成分であるアミノ酸が増加。より美味しい海苔が育つのだ。
成清さんが信頼を寄せる皿垣漁協には16名の海苔師が在籍しているが、その数は他漁協に比べても少なく、組合員一丸となって品質を追求している。その品質を支えるのが、皿垣漁協が定める「3つのこだわり」だ。
1つ目は「若摘み」であること。若芽のうちに早摘みすることで口溶けの良い海苔になるという。次に「細(こま)切り」にすること。一般的には荒目に切って艶を出すが、皿垣漁協ではあえて細切りすることでサクッとした歯切れの良い海苔にする。そして、3つ目は「厚く漉(す)く」こと。多くの漁連は1枚3.4〜3.5gを推奨しているが、皿垣漁協では4.5gを推奨。厚く漉くことで旨みが強く、濃厚な海苔になるのだ。
とはいえ、「早摘み」は収量が減り、小さな芽を漉くため穴や破れが出やすく、「細切り」にすると艶が出なくなり評価が下がるなど、この手法にはリスクが伴う。一般的に1区画で4000枚の海苔が取れるが、皿垣漁協の場合、約半数の2000枚ほど。それでもこの手法を守り続けるのは、すべて美味しさのため。『成清海苔店』の海苔の美味しさは皿垣漁協によって支えられている。
2023年10月28日午前6時。種付けが解禁になった瞬間、福岡県内だけで約1000隻もの漁船が一斉に漁場を目指す。西田さんたちも前日に積み込んだ網を漁場に運び、海中に立てた支柱に手際よく取り付けていった。
実は昨シーズン、有明海の海苔は栄養分の不足からくる成育の遅れや、11月下旬の高温気候、それに伴う病害発生などが原因で記録的な不作に見舞われた。今シーズンにかける想いは並々ならぬものだろうと西田さんに訊ねると、意外な言葉が返ってきた。
「いつも通り、美味しい海苔を作るだけのことです。自然ばかりはどうしようもありません。できることは全てやりましたから」。
初収穫までの約1カ月間は、毎日船を出し、海苔の種がうまく網に付着したかを確認するために採取し、顕微鏡で確認。潮の満ち引きを見ながら一定時間以上網が海上に出るようにと高さを調整する。
そして、12月初旬、収穫し陸揚げされた原藻は西田さんの加工場へ運ばれ、洗浄、成形、乾燥を経て板海苔が完成。1枚1枚品質検査され、入札会に出品される。
理想の海苔づくりには秋芽一番摘みが最適!
西田さんたち海苔漁師が丹精込めて育てた海苔は本人たちの手で一次加工され、入札会に出品される。第1回の入札会が近づくと、成清さんは100種以上のサンプルを入手し、食べ比べをしてどの海苔を入札するかを決める。
有明海では、秋芽と冬芽の二期作を行なっており、10月下旬に張った網のうち、1/3はそのままの状態で、残りの2/3は一度陸に上げて冷凍庫で保管し、時期を見て再び漁場に戻す。前者の1/3は「秋芽」、後者の2/3は「冬芽」と呼ばれるが、成清さんは「秋芽」、それも第1回の入札会に出品される「一番摘み」しか入札しない。
一般的には水温が下がり、海苔の色が濃くなる「冬芽」の方が評価は高くなるが、成清さんはあくまでも見た目ではなく味重視。「秋芽」の「一番摘み」は、若芽のため柔らかく、アミノ酸を多く含む。成清さんが理想とする歯切れと口溶けが良く、風味豊かな海苔づくりには必要不可欠なのだ。
「秋芽」の「一番摘み」にはもう一つ大きな特徴がある。それは、海苔の病気を防ぐための「酸処理」がされていないこと。「酸処理」自体は人体への影響はないものの、海中は酸欠状態になり、海の生物に影響を及ぼす可能性があるという。
「冷凍や酸処理などをせず、より自然に近い環境で育った海苔だけを使いたいんです。だから、第1回の入札会には全身全霊を注がなければなりません」。
無事に入札した乾海苔が届くと、『成清海苔店』では今シーズンの二次加工作業が始まる。
板海苔を焼き海苔や味付け海苔にするためには、「乾燥」「焼き」「乾燥」の工程を経る。火入れする前の海苔は水分が15〜20%残っているが、最初の「乾燥」で4〜5%まで落とし、仕上がりを左右する「焼き」の工程へ。海苔の厚さや気候、湿度に応じて、0.1秒単位で焼き時間を微調整する。
「海苔師から預かった貴重な海苔だからこそ、責任を持って大切に焼き上げなければ!」という成清さん。海苔師(生産者)と加工業者、それぞれの想いや取り組みがあるからこそ、私たちはこの美味しい海苔を味わえるのだ。
人から人へ。繋がりを大切に海苔を届ける
『成清海苔店』の海苔が全国に知られるようになった最初のきっかけは、40年以上に渡り農薬をできる限り使わない米や野菜などを販売してきた「大地を守る会」から声がかかったこと。
「私たち二次加工を行う業者は自分たちで海苔の味付けをしますが、うちはうま味調味料などの食品添加物を使っていませんでした。父は『大地を守る会』から声がかかったことで、私たちにとっては当たり前だったことが、実は凄いことだったと気づいたそうです」と、成清さん。そこから“無添加”という言葉を意識し始め、現在に至る。
また、2010年代には、『飯尾醸造』(京都・宮津)主催の「世界シャリサミット」や「手巻キング」で「有明海苔 優等」が使われたことで、札幌の『鮨菜 和喜智(すしさい わきち)』、千葉の『ときずし 山田』、大阪の『鮓 きずな』、岡山の『鮨 縁』など、全国の有名寿司店でも使われるようになった。
「15年ほど前、東京のとあるお寿司屋さんから『この海苔は美味しいけど、柔らかすぎるし、口溶けも良すぎるから、巻きづらくて使えないよね』って言われたことがあったので、今の状況は凄く嬉しく思います」。
その後は、福岡の生産者との繋がりを大切にする飲食店から県外の料理人や料理研究家に伝わり、その人たちがお土産で持ち帰ったり、雑誌で紹介したりしたことで、和食や寿司のみならず、幅広いジャンルの飲食店で使われるようになっていった。
「うちは宣伝にお金をかけるわけでもないですし、ずっと同じやり方でやってきました。時には県外に足を運び、一人ひとりと話をしながら繋がってきたんですよね。これからも、その繋がりを大切にしながら、手の届く範囲でやっていきたいですね」。
12月初旬には秋芽初摘みの入札会が開催され、新海苔の製造が始まる。初出荷は12月20日頃の予定。あの美味しい海苔に出合えるのが楽しみだ。
【住所】福岡県柳川市上宮永町32-10
【電話番号】0944-75-6400
【公式HP】https://www.narikiyonori.net
【Facebook】https://www.facebook.com/norinoriNarikiyoNori
【Instagram】https://www.instagram.com/narikiyonori/
※飲食店や小売店との新規取引も対応可能。問合せは電話かホームページにて。
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