産地ルポ これからの和食材

大阪・堺『やまつ辻󠄀田』の鷹の爪

『やまつ辻󠄀田』の「和風香辛料」といえば、関西はもとより、関東、中部、四国、九州のデパートで販売されるほど、全国区の知名度。「極上七味」や「名代柚七味」など、多彩なラインナップと洗練された味わいは、家庭の食卓だけでなく、飲食店でも好まれ、広く愛用されています。その“他とは違う”味わいは、手間のかかる鷹の爪の栽培、そして収穫後に行われる手作業によって支えられているとか。和食を一段階美味しくする、鷹の爪にかける想いと仕事に迫ります。

文:団田芳子 / 撮影:太田恭史 

目次

辻󠄀田さんは、1962年生まれ。大学卒業後、高校の教師を務め、93年に家業である『やまつ辻󠄀田』へ。2006年、代表に就任。
左から本鷹(ほんたか)、三鷹(さんたか)、鷹の爪、天鷹(てんたか)、益都(えきと)。本鷹、三鷹は鷹の爪と同じく日本生まれ。鷹の爪に比すれば柔和な辛みだが、共にバランスが取れた味わいで用途も幅広い。益都は糖度が高く、キムチによく使われる品種。

キレの良い辛みと、果実のような甘い香り

「この中で、鷹の爪はどれか分かりますか」。そう問われて面食らわずにおれようか。赤い唐辛子はすべて鷹の爪だと思い込んでいたが、実は、鷹の爪は唐辛子の総称にあらず。

「何百とある唐辛子のうちの1品種です。いま“鷹の爪”として流通する99%が外国産の他品種で、国産純粋種は絶滅の危機に瀕してます」。
特徴的なハスキーボイスで淡々と話すは、和風香辛料の製造販売『やまつ辻󠄀田』四代目・辻󠄀田浩之さん。190㎝超の偉丈夫は剣道7段。背筋がキリリと伸びて、トレードマークの作務衣姿でさえ武士に見紛うほど。その“もののふ”が、3センチに満たない小さな赤い実を摘んで、花を愛でるように目を細めている。

「幾つか唐辛子を見せましょか」と、5品種を並べられて、大きさ色艶の違いに驚いた。一際小さく可憐で朱赤が輝いているのが国産純粋種・鷹の爪だ。

「国産の三鷹が、中国に渡って天鷹に。三鷹と天鷹は収量も多く辛みも強いので、世界を席巻してるんです」。

カプサイシンの含有量で見ると、スーパーなどでよく見かける天鷹の0.246に比して、鷹の爪は0.726と約3倍の辛みを持つ。もちろんハバネロ1.709には及ばないが。「魅力は辛さだけじゃないんです」と辻󠄀田さん。そう、鷹の爪は果実のような甘い香りがする。辛みは凛としてキレが良い。「辛みも香りも品が良いから、ほかの味や香りを汚さないんです」。



——此種コトゴトク天ニ向ヒ、形甚小クシテ愛スベキ風情ナレバ 衆人盆ニ植テ弄トス 其形鷹ノ爪ニ似タレハトテ名トス 味至香辣左ナカラ食スルニハ是ヲ第一トスベシ——

江戸時代の天才発明家にして、医師で学者の平賀源内が著した『蕃椒譜(ばんしょうふ)』にある、鷹の爪についての記述だ。当時、日本国内で栽培されていた唐辛子72品種について絵図と共に解説している。

はなはだ小さく、その愛すべき風情は、盆栽として愛でられたほどで、食するならばこれが第一と、源内も手放しで褒めちぎっているのに、絶滅寸前とは如何なるゆえか。

収穫は、実を一つ一つ、手作業で

西高野街道沿い、長い築地塀に白壁の土蔵、門前の石灯籠も立派な屋敷が辻󠄀田家だ。明治35年から和風香辛料を製造販売してきた。

堺は地元・福田(旧福町)も、昭和30年代までは鷹の爪の一大産地だったという。「ひい祖父さんが一升枡1銭で買い取っていたと、土地のお年寄りから聞いています」。辻󠄀田家では、その種を100年以上に渡り、大事に継承してきた。「一度他所に出してしまうと、別の品種と交配する可能性も高いし、辛みも香りも不安定になる」。手元で鷹の爪純粋種を守り抜く理由はそこにある。

「僕も栽培してるので見ますか」と誘われて、奈良県御所(ごせ)の畑を訪れた。小さな赤い花が咲いているように見えるのは、天に向かって実をつけた鷹の爪だ。6月にごく小さい白い花が咲き始め、緑の実になり、やがて赤く熟すのには「積算で1000℃、気温30℃なら34日必要」だと言う。収穫は真夏から霜が降りる11月半ばまで。

「ここは趣味みたいなもんで、350本だけやけどね」。50㎝ほどの高さの木の前に座り込んで、一つ一つ実をとる。プチンと小気味よく手折ることができるが、1kg収穫するには1.5時間ほどかかる。それを選別して乾燥させると300gにしかならない。「三鷹ならワサーッと八房(やつぶさ)一気に成って、根元から引っこ抜いて、おだ掛けにして実を採るから量が取れる。1房の鷹の爪は手間が倍以上で、採算も取れない。それで栽培をやめる農家が多かったんでしょうね」。

辻󠄀田さんは、その大変さを自ら知った上で、「農家さん一人なら100本ほど」と、無理のない少量ずつ、大阪、奈良、和歌山、京都、長野に香川、鹿児島など約500軒の農家に栽培してもらい、全量買い取っている。

店の味を一段階旨くする、丁寧な仕事

収穫された鷹の爪は、自宅横の工場に集め選別する。赤い実の軸付き、軸なし、真っ赤に熟す前のオレンジ色、さらに未熟な緑色の実に分ける。オレンジから緑色は柚子七味に。「これは僕の美学」。黄色い柚子の色との調和を目指しているらしい。軸付きは、一つ一つ軸を1.5㎝の長さにハサミで切り揃えて千枚漬け用に。粉にする分は搗(つ)き、篩(ふるい)に掛け、鉄釜で焙煎してようやく鷹の爪の真っ赤な粉が完成する。

「極上大辛鷹の爪一味唐がらし」なら、鷹の爪の果実のような香りと切れ味鋭い辛さを体感できる。七味なら、接ぎ木と違って実が成るまで20年を要する実生(みしょう)の柚子、高知糸すじ青海苔、目が覚めるほど清々しい香りと辛みの朝倉山椒など、どれも希少な7種を絶妙のバランスで合わせる。その馥郁(ふくいく)たる香りは魔性の如く、耽溺せしめる魅惑のアロマだ。

関西の老舗うどん屋の卓上には、おおよそ、『やまつ辻󠄀田』の銘が入る小さな缶が置かれている。気合いの入った飲食店でも出合うことが多い。「知ってしまったらもう後戻りはできないです」と笑ったのは、岸和田の超人気店『うどん蔵ふじたや』店主・藤田哲寛(あきひろ)さん。渾身の手打ちうどんと、丁寧にとっただしを、もう一次元高みへと誘う七味に、「これほどの名脇役はいませんね」と肯(うべな)う。ちなみに『ふじたや』に常備しているのは希少な国産純粋種、鷹の爪を調合した「極上七味」だ。食卓の端役を“名脇役”たらしめたは、辻󠄀田家100年の矜持ゆえ。

「鷹の爪という文化の継承はうちの一番大事な仕事の一つ。これからも精一杯、魂を込めて繋いでいきます」。

大阪・岸和田『うどん蔵ふじたや』
【住所】岸和田市筋海町8-9
【電話番号】072-432-7712
【営業時間】11:00~14:30LO(月曜、第一木曜14:00LO)、17:30~20:00(金・土曜は~24:00)※麺が売り切れ次第終了
【定休日】不定休
【お料理】ぶっかけ660円、かま玉うどん660円。


奈良県御所の辻󠄀田さんの畑にて。真っ赤な実と緑色の軸との対比が鮮やか。鷹の爪は天に向かってツンツンと一つずつ実をつけるのが特徴。
茎の状態や畑の場所によって、成長速度はそれぞれ違う。その色合いを確かめながら、ハサミは使わず、一つずつ丁寧に手摘みする。
『昔の水車小屋で唐辛子を搗いてたのを再現した」石臼(つき臼)で粉にする。機械で粉砕するのとは違い、外側を少しずつ削るように搗く。
篩に掛けるのも人力なら、軸が割れたのを1本1本手で選別するのも、「もう20年以上やってますわ」と言うご近所に住むご婦人がた。種蒔きから摘み取り、収穫後も、ほとんどが人の手で行われる。

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