和食を科学する料・理・理・科

煮崩れさせない海老芋の炊き方は?

晩秋から年明けに出回り、特に関西地方ではその旬味を心待ちにする食べ手も多い海老芋。種芋が親芋となり、その周りに子芋、さらに孫芋までできることから子孫繁栄の象徴とも言われ、おせちには欠かせない食材でもあります。「毎年、おせちの仕込みで大量に煮ると、どうしても煮崩れてしまって…」と、今回は芦屋『京料理 たか木』店主の高木一雄さんが海老芋の煮物を深掘りします。前回のカブとの大きな違いは、でんぷんの量。ねっとりとした独特な歯ざわりがありながら、六方に剥いて炊いても煮崩れず、調味料の味が中までしっかり入っている。そんな理想の煮上がりをイメージして、5つの加熱法を試してみました。すると、初めての海老芋の食感、風味にたどり着いて…。今回も意外な新作が生まれました。

文:中本由美子 / 撮影:香西ジュン
高木一雄さん(兵庫・芦屋『京料理 たか木』店主)

1972年、大阪生まれ。料理教室を営む母の影響により、料理の道へ。大学在学中に老舗料亭『大和屋』で修業を始め、『京大和』でさらに研鑽。2005年、『京料理 たか木』をオープンする。バンコクやモルディブの日本料理店の監修や、海外や国内のシェフとのコラボ、商品開発なども積極的に手掛ける。イギリス留学の経験もあり、柔軟で、ワールドワイドな視点の持ち主。

川崎寛也さん(農学博士)

1975年、兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科にて伏木亨教授に師事し、「おいしさの科学」を研究。「味の素㈱」食品研究所上席研究員であり、「日本料理アカデミー」理事。「関西食文化研究会」での基調講演でも活躍している。専門は、調理科学、食品科学など。

海老芋を食べるには「でんぷんの糊化」が必要

高木一雄(以下:高木)
前回は、カブを50~60℃で30分ほど下加熱してから煮物にすることで、新たな風味や食感を引き出すことができました。面白かったです!
川崎寛也(以下:川崎)
前回のおさらいになりますが、野菜を90℃以上の液体で加熱すると、細胞壁同士の間にある接着材のペクチンが溶けます。すると、細胞壁と同時に細胞膜が壊れて、調味料が細胞の中に入っていく。これが野菜の煮物のメカニズムです。
ペクチンが溶けすぎると煮崩れてしまうのですが、ある程度は溶かさないと調味料が入っていかない。そこで、味を入れる前に、ペクチンを溶けにくい状態にしてみたらどうか?という実験をしましたね。
高木:
野菜を50~60℃で長く加熱すると、ペクチンが溶けにくくなるというお話でしたね。
川崎:
PME(ペクリンメチルエステラーゼ)という酵素の働きで、ペクチンが硬くなるんですね。この下加熱をしてから100℃まで上げてペクチンを壊してやると、煮崩れせず、調味料の味が入っていくという仮説を立てて実験しましたが、上手くいきましたね。
高木:
今日は、これを海老芋でやってみようと思うのですが。海老芋とカブで、大きな違いが生まれることはありそうですか?
川崎:
海老芋はでんぷんを多く含んでいるので、下加熱の効果は違うと思います。
カブは生で食べられますが、海老芋は生食したらお腹を壊してしまうでしょう。それはなぜか?というと、でんぷんの量が多いからなんですね。カブは100gに4.6gのでんぷんを含んでいますが、海老芋はその約3倍。13.1gあるんですよ。
高木:
加熱することで、でんぷんを消化しやすくする、ということでしょうか?
川崎:
そうです。でんぷんは90℃以上で加熱して糊化させなければ食すことはできないんです。
高木さん、ゴリ芋って聞いたことありますか?
高木:
硬くなってしまった芋のことでしたっけ?
川崎:
煮ても焼いても硬くて食べられない芋の状態のことです。これを調理科学的には、低温で中途半端に加熱されたような状態だと考えます。
例えば、収穫してそのまま置いておいたら、雨が降って水に浸かってしまった。さらにそのまま置いておいたら、濡れた状態で気温が上がって、水分を含んだサツマイモは20℃くらいに温められた。
この時、PMEが働いてペクチンが溶けにくい状態が生まれると同時に、十分な糊化が行われなかったことで、その後、加熱しても柔らかくならなかった、と。
高木:
なるほど。海老芋の場合は、50~60℃で下加熱したら、すぐさま100℃まで温度を上げて、十分に糊化した方がいいということですね。
ところで、でんぷんの糊化というのは、どういうことでしょうか?
川崎:
片栗粉で説明すると分かりやすいのですが、水を入れただけだと沈殿しますよね。でも、加熱すると、透明になって糊状になるでしょう。これが、でんぷんの糊化(またはα化)です。
海老芋の細胞内にはでんぷんの粒がたくさん含まれています。90℃以上で加熱すると、でんぷんは透明になって、水溶性になります。水を含んで膨らみ、粘性が増して柔らかくなるので、消化吸収されやすくなるんですね。

50~60℃の下加熱で海老芋は甘くなる!?

高木:
実は、前回のカブの実験を受けて、海老芋も同じように50~60℃で下蒸ししてから100℃まで上げて、八方地に浸けてみたんですが、驚くほど甘くなったんですよ!
川崎:
海老芋の場合、50~60℃下加熱の効果は、PMEを働かせて煮崩れを防ぐだけでなく、甘味成分のアミラーゼの糖化が進む可能性があります。
高木:
アミラーゼって何ですか?
川崎:
アミラーゼは、でんぷんを分解して糖にする酵素です。
野菜などの植物でも動物でも、成長したり動いたりするためのエネルギー源はブドウ糖です。植物は、ブドウ糖をでんぷんにして貯めているんですね。
でんぷんは、ブドウ糖がいっぱい繋がってできています。でんぷんを分解することで、この繋がりは解かれるので、ブドウ糖が出てくる、と説明すると分かりやすいでしょうか。
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