和食を科学する料・理・理・科

熟(な)れずしにすると、なぜ魚は骨ごと食べられるのか?

「鮒(フナ)ずしは骨ごと漬けているのに、なぜ骨が歯に当たらないのか?」。今回の実験は、魚料理をアテに地酒を楽しむ大阪の居酒屋『瑳(さ)こう』店主・田口尚孝さんのこんな素朴な疑問から始まりました。鮒ずしに代表される熟れずしは、塩漬けした魚をご飯に漬けて発酵させたもの。これを大阪湾で揚がるコノシロで試してみたいと田口さんは言いますが、「自然発酵は時間がかかるので、腐敗のリスクが心配で…」。そこで、農学博士の川崎先生が提案したのは、酢などの酸の力を借りて短期間で発酵の効果の一部をもたらす早熟れずし。「骨がある程度柔らかくなれば、鮎の背越しのような切り方でお出しできるかも!」と、お二人は大盛り上がり。なんと、2度の実験を経て、コノシロのフレッシュ感を残しつつ、骨の小気味よい食感も楽しめる早熟れずしが出来上がりました!

文:中本由美子 / 撮影:香西ジュン
田口尚孝さん(大阪・本町『瑳こう』店主)

1964年、大阪の船場で生まれ、育つ。実家である総菜店で調理を覚え、「魚も酒も好きなので」2000年、『瑳こう』を開店。大阪きっての人気居酒屋に。大阪・泉州産を主に旬魚を揃え、「持ち味をできるだけ率直に引き出したい」と造りや煮付け、焼き物とシンプルな調理で供す。目利きの酒は常時30種以上。飾り棚には季節ごとに窯を訪れ、買い集めた備前がズラリと並ぶ。

川崎寛也さん(農学博士)

1975年、兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科にて伏木亨教授に師事し、「おいしさの科学」を研究。「味の素㈱」食品研究所上席研究員であり、「日本料理アカデミー」理事。「関西食文化研究会」での基調講演でも活躍している。専門は、調理科学、食品科学など。

鮒ずしはなぜ骨が溶けているのか?

川崎寛也(以下:川崎)
前回は、骨を溶かす、もしくは柔らかくするという酸の効果について、イワシの煮付けで検証をしましたが、柑橘の効果は劇的でしたね。
田口尚孝(以下:田口)
驚きました。スダチ果汁で骨を炊いたら溶けてしまいましたから(笑)。酸の種類によって効果が違う、ということも発見でした。
それでふと思ったのですが、鮒ずしって骨ごと漬けるのに、なんで骨が当たらないんでしょうね? あれも酸の力なのでしょうか。
川崎:
熟れずしは、乳酸菌によってご飯のでんぷんが分解して糖ができ、その糖が酸に変わるという乳酸発酵なんですね。つまり、乳酸という酸によって骨が溶けているのだと思います。
まず、魚を数カ月かけて塩漬けすることで長期保存しても腐敗しないような状態にします。その後、でんぷんをたっぷり含んだご飯で覆うことによって、空気を遮断し、乳酸菌を生育しやすくしているんですね。このご飯をエサにして乳酸菌が増え、魚が発酵していくんです。と同時に、魚自身が持つ自己消化酵素や乳酸菌のたんぱく質分解酵素によって、たんぱく質が分解されて、身も柔らかくなり、うま味成分ができていきます。
田口:
乳酸発酵したご飯は飯(いい)と呼ばれますよね。
川崎:
飯は例えばレモンなどに比べて、それほど酸っぱくはないでしょう。おそらく酸度は弱いでしょうから、骨を溶かすにも時間がかかるのではないかと思います。
田口:
うちの厨房で、長い時間かけて自然発酵させるのはリスキーだと思うんです…。腐敗してしまいそうで。
川崎:
そこで今回の実験です。熟れずしを作るのは大変なので、乳酸発酵を省いて、乳酸液に漬けてみたらどうかと思いまして。どのくらいで骨が柔らかくなるのか? 僕も興味があります。
純粋な乳酸というと、ヨーグルトです。これをキッチンペーパーにのせて水分だけを自然に落としていくと、ヨールグトウォーターができます。それに骨付きの魚を漬けて何日くらいで骨が柔らかくなるか試してみましょう。
田口:
用意しておきました。ヨーグルトウォーターと、知り合いに送ってもらった熟れずしの飯に2日前からコノシロを漬けてます。では、試食してみましょう。
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