和食を科学する料・理・理・科

穴子をやわらかく煮付けるには?

今回の実験は「活けの穴子とそうでないものでは、煮上げた時に食感がまったく違う。その理由は?」という、東京・世田谷の『セキハナレ』店主・川久保賢志さんの素朴な疑問から始まりました。人気料理の煮穴子を「ふわっとやわらかく煮付ける」ために行った比較実験はこの3つ。「活けか、そうでないか」「ぬめりを取るか、取らないか」「調味は醤油か、塩か」。さて、コラーゲンを豊富に含む穴子が一番やわらかく、食感よく煮上がったのは、どの方法だったでしょうか。農学博士・川崎寛也先生と共に検証します。

文:瀬川 慧 / 撮影:喜多剛士
川久保賢志さん(東京・世田谷『セキハナレ』店主)

1976年生まれ。東京・元赤坂『明治記念館』に入社し、2002年に独立。三軒茶屋で繁盛店の『夕(セキ)本店』などを手掛けた後、2014年に世田谷に『セキハナレ』を開店。独創性に溢れた自由闊達なコース料理とともに、全国から選りすぐった日本ワイン、日本酒、本格焼酎が楽しめる。こよなく登山を愛する、山男でもある。

川崎寛也さん(農学博士)

1975年、兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科にて伏木亨教授に師事し、「おいしさの科学」を研究。「味の素㈱」食品研究所上席研究員であり、「日本料理アカデミー」理事。「関西食文化研究会」での基調講演でも活躍している。専門は、調理科学、食品科学など。

魚の煮付けのメカニズムとは?

川久保賢志(以下:川久保)
うちでは煮魚にしても、お造りでも食べられるような鮮度のいい魚を使うので、さっと煮付けることが多いです。穴子も長時間かけてとろけるほど柔らかく煮るのではなく、15分くらいでさっと煮上げています。
川崎寛也(以下:川崎)
最初に、煮付けのメカニズムについてお話ししましょうか。
煮付けは、調味料を含んだ液体で加熱する調理法です。液体は非常に熱効率がいいですから、短時間で加熱することができます魚介類のたんぱく質は、肉に比べて変性温度が低くて、40~50℃程度。つまり40℃くらいからたんぱく質が凝固し、魚からアミノ酸などのうま味成分を含んだ肉汁が煮汁に流れ出ます。この煮汁も加熱の間に煮詰まっていきますので、煮汁ごと食べることで旨みを逃さず味わえます。
川久保:
魚は煮汁を沸騰させてから入れますよね。
川崎:
煮汁の温度が低いと魚の加熱時間が長くなり、肉汁の流出が多くなるんですね。それを避けるために高温の煮汁で煮始める、ということです。
ちなみに鳥獣肉の筋線維は長いですから、高温で加熱するとぎゅっと縮まって硬くなります。それに比べると、魚の筋繊維は非常に短くて、そのまわりにコラーゲンというたんぱく質が巻き付いていますコラーゲンの水溶化(ゼラチン化)温度も低いので、加熱によりどんどん溶け出して無くなっていくのですが、その分、煮汁にコラーゲンが流出していますから、これを冷やすと煮凝りになるんですね。
川久保:
穴子も煮汁が煮凝りますから、他の魚と比べて特にコラーゲンが多いんでしょうね。
川崎:
魚肉の筋肉は、短い筋線維が集合した筋節という構造と、膜状の結合組織である筋隔からなります。
穴子などの骨の多い魚には、組織と組織を結びつける結合組織が多いんですね。この結合組織にはコラーゲンが多く含まれます。
穴子を加熱すると、まずコラーゲンが収縮して身が縮みます。その後、コラーゲンは水溶化し、やわらかくなります。同時に、筋線維たんぱく質が凝固して、「火が入った」状態になって煮上がります。
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