和食を科学する料・理・理・科

和食に向く鶏だしvol.3白湯(パイタン)

白湯(パイタン)は中国料理でおなじみの白濁した濃厚なスープ。豚骨や鶏ガラなどを長時間煮出して取るのが一般的ですが、大阪の割烹『西心斎橋ゆうの』店主の柚野克幸さんが目指すのは、和食向きの比較的あっさりした味わい。手羽だけを2時間煮出し、鶏白湯に初挑戦しました。今回のキーワードは乳化。白湯はなぜ白濁するのでしょう? 農学博士の川崎寛也先生に分かりやすく解説していただきます。

文:中本由美子 / 撮影:香西ジュン

目次

柚野克幸さん(大阪・心斎橋『西心斎橋ゆうの』店主)

1970年、大阪市生まれ。「辻󠄀学園」を卒業後、大阪の『浪速割烹 㐂川(きがわ)』や『和洋遊膳なかむら』で腕を磨く。青果商が営む和食店で料理長を務めるなどの経験も積み、2008年に独立。明るく前向きなキャラクターで、チャレンジングな割烹料理を展開している。

川崎寛也さん(農学博士)

1975年、兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科にて伏木 亨教授に師事し、「おいしさの科学」を研究。「味の素㈱」食品研究所エグゼクティブスペシャリストであり、「日本料理アカデミー」理事。「関西食文化研究会」での基調講演でも活躍している。専門は、調理科学、食品科学など。近著に「おいしさをデザインする」「味・香り『こつ』の科学」(柴田書店)。

白湯(パイタン)はなぜ白濁するのか?

柚野克幸(以下:柚野)
今回は鶏白湯に挑戦したいと思います。何度か試作しているのですが、なかなか上手くいかなくて…。
川崎寛也(以下:川崎)
和食店で鶏白湯ですか。どんな料理にお使いになるのですか?
柚野:
おからに使ってみたいんです。脂の旨みが加わるし、より白く仕上がりそうです。何よりコラーゲンがあるのでしっとり感が増しそうだなと思いまして。
川崎:
ほほぉ。面白い発想ですね。
ではまず、白湯とは何か? 簡単に説明しますね。素材は豚骨、鶏ガラ、魚介のアラと何でもいいのですが、水と共に鍋に入れて強火にかけ、積極的に対流を起こしながら煮出すことで、脂分と水を乳化させたものです。乳化させることで、白濁し、口当たりがまろやかになります
柚野:
私は手軽に入手できる鶏手羽を使ったのですが、あまり白濁しなかったんですよ…。
川崎:
手羽は骨が露出していないので、コラーゲンがそれほど溶出しなかったのかもしれません。皮にはコラーゲンがありますが、鶏の骨にも豊富に含まれています。コラーゲンは加熱されるとゼラチン化して水に溶け、脂と水のつなぎ役(乳化剤)となって、乳化を促進させるんですよ。

ryo0035a

【実験1】鶏手羽で白湯を取る

柚野:
では、手羽にしっかり庖丁を入れて、骨を露出させていきます。
川崎:
骨と骨を繫ぐ関節にもコラーゲンが多く含まれていますから、関節は割っておくといいでしょう。
柚野:
骨は叩いた方がいいですか?
川崎:
骨の中にある骨髄から出る成分がコクに繋がるという報告があります。骨を叩くと、その成分が出やすくなるのではないでしょうか。
骨はよく鉄筋コンクリートに例えられます。鉄筋がコラーゲンで、コンクリートがカルシウム。加熱するとコラーゲンだけが溶けるため、カルシウムのコンクリートは穴が開いてもろくなるんですね。そこから骨髄の成分が出てきます。
柚野:
骨髄から出る成分は旨みですか?
川崎:
主体となるのは脂です。旨みは筋肉(身)からしか出ないんですよ。

ryo0035b皮に数か所切り目を入れ、骨を露出させてから全体を庖丁の背で叩き、関節を割る。

柚野:
中国料理では4時間くらいかけて白湯を取ると聞きますが、私は比較的あっさり仕上げたいので、加熱時間は2時間くらいかなと思っているのですが…。
川崎:
コラーゲンを水溶化させるためには90℃以上で90分は加熱する必要があります。ひとまず、2時間加熱して味見してみましょう。加熱中は骨や関節などが水に浸かっていないとダメです。酸化して、臭みが出てしまいます。

ryo0035c鍋に鶏手羽15本(960g)、水2ℓを入れ、強火にかける。しばらくするとアクが浮いてくる。

ryo0035d最初に浮いてきたのは茶色いアク。血球たんぱく質が含まれているため、空気に触れて酸化すると変色する。

柚野:
この茶色いアクは取るべきでしたね。
川崎:
和食に向く鶏だしvol.1アクは悪なのか?」で解説しましたが、茶色いアクは血球たんぱく質と脂質の複合体。空気に触れると脂質が酸化して渋みや臭みが出ますので、取り除くべきですね。

ryo0035e茶色いアクを取り除いた後、アルミホイルで落とし蓋をして骨や関節が液体に浸かった状態をキープし、強火で2時間煮出す。途中、水分が少なくなってきたら水を足す。

【実験2】蒸し器で鶏白湯は取れるのか?

柚野:
和食に向く鶏だしvol.1アクは悪なのか?」の回で、蒸し器を使って鶏だしを取る実験をしましたが、とても美味しかったので、白湯でもやってみたいのですが…。
川崎:
蒸し器の場合、対流が起きないので乳化しないと思いますが、面白い提案ですね。やってみないと、どうなるのか分からないので、ぜひ実験してみましょう。
柚野:
乳化しないと白濁しないということですよね?
川崎:
そうですね。でも、コラーゲンも脂も旨みも液体に出ていると思うので、後から煮詰めたり、バーミックスなどで攪拌したら、乳化して白濁すると思いますよ。

ryo0035f鶏手羽15本(960g)、水1ℓを入れ、落としラップをした上にラップをかけ、強火で2時間蒸す。

この記事は会員限定記事です。

月額990円(税込)で限定記事が読み放題。
今なら初回30日間無料。

残り:867文字/全文:2776文字
会員登録して全文を読む ログインして全文を読む

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事和食を科学する料・理・理・科

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です