『青蓮院門跡前 月おか』[京都・東山]メインは熟成肉。印象的な皿が生む“調和”
ここ10年ほどの間に、肉をコースのメインに据える日本料理店が増えました。背景にあるのは、店の個性作りや、お客の贅沢志向の高まりに応える店主の想い。ところが肉料理のインパクトが強すぎて、他の料理がかすんでしまうこともしばしば。
2021年4月にオープンした『青蓮院門跡前(しょうれんいんもんぜきまえ) 月おか』もまた、肉をメインにコースを組み立てています。しかも、扱うのは希代の肉職人が営む、滋賀『サカエヤ』の熟成肉。ところが、店主・月岡正範さんが仕立てるコースでは、他の料理と見事に調和し、どの料理も強く印象に残ります。その秘訣はどこにあるのか、迫りました。
店主・月岡正範さんが料理人人生をスタートさせたのは15歳の時。30歳で京都『草喰(そうじき) なかひがし』に入って3年ほど修業し、滋賀・草津にて『滋味 康月(こうげつ)』をオープンした。滋賀の野菜や米、茶、湖魚など地産食材を使い、手をかけた料理は人気を博し、みるみるうちに予約がとれない店に。
9年が経ち、その腕を持って勝負しようと向かったのがニューヨーク。「世界一の文化の発信地ですので。日本料理の素晴らしさを、世界中の人に知っていただきたかったんです。食材は日本から取り寄せられますから」。開業に向け準備を進めていた矢先、世界がパンデミックに。やむを得ず中断することになったが、月岡さんは留まることなく、同じパワーを日本でぶつけることにした。場所は、歴史があり、食材にも恵まれている京都。比叡山延暦寺の三門跡の一つとして知られる、青蓮院門跡前の一軒家をリノベーションし、2021年4月に開店した。
店には月岡さんのこだわりが満ちている。扉を開けると、茶室の内路地のような空間。杮葺(こけらぶ)きの屋根をくぐり店内へ入ると、ほの暗い店内に灯明(とうみょう)の光。畳張りのカウンターを照らす。「かつて畳の上にお膳を置き、食事をしていた日本の文化を大切にしたくて。今は、畳がある家も少ないですしね」と月岡さん。
左/玄関には、月岡さんが手書きした表札が掲げられている。右/カウンター内には、炭床を備え付けたおくどさんを配置。
カウンターの背後を見れば、まるで美術館のように器や道具が展示されている。日本のもの以外に、中国の明時代、朝鮮の李氏朝鮮時代の伝世品など。「料理人になって30年。コツコツと集めたものを並べています」。
展示されている日本の器は、安土桃山~江戸時代のものが中心。右は、安土桃山時代の、織部黒茶碗。
9月の八寸。黒枝豆とカボチャのかき揚げやクルミを挟んだ秋鯖の燻製、きな粉酢を和えた白イチジク、ニラを入れた玉子焼き、鱧を細かく刻んで混ぜた寿司など。仕立てが違う8品が盛り込まれる。
料理は、30000円のコース一本。
「僕が食べたいと思うものだけで構成しています」という約13品には、長年の経験で得た技と仕事が凝縮されている。
幕開けは八寸から。
9月はずいきの葉に、すすきを添えて。野趣に富んだ趣きは『草喰 なかひがし』のそれを彷彿させる。「あしらいは、だいたい近所から摘んできたものです」と月岡さん。
料理は、京都の大原や美山、京北から仕入れる野菜を多く使い、細かな仕事を施す。滋賀県産の伝統野菜・下田なすは皮が薄くて、実がジューシー。煮詰めたトマトソースと頬張れば、酸味と共に蕩け合う。美山『田歌舎(たうたしゃ)』の鹿の内モモは醤油をからめ、おくどさんの炭床でサッと焼き、リンゴで挟む。柔らかな肉との食感のコントラスト、優しい甘みが際立つ。
京都や滋賀。月岡さんが辿ってきた道を表すような、名刺代わりの一品。じっくりと滋味を味わうことで、気持ちがゆるゆると解れていく。
手打ち蕎麦。添えた松茸は、軸を細切りに、傘は薄切りにし、食感の違いを楽しませる。
豪華食材をふんだんに使ったインパクトある料理にも驚く。
「あまり知られていないのですが、滋賀・竜王で蕎麦が育てられてるんですよ」と、月岡さん自ら十割蕎麦を手打ち。その上に、ウニと松茸がこんもりと盛られている。いただくと、まさに口福。ウニと松茸の中で、蕎麦の香りが優しく広がる。
炊合せの後、供されたのは煮えばな。「次のメインに備えて、口中をリセットしていただきたいので」。そのメインとは、肉料理。滋賀・草津『サカエヤ』から取り寄せる熟成肉だ。「ニューヨークに行った時、熟成肉の美味しさに目を開かれて。帰国後に食べ比べたところ、『サカエヤ』の新保吉伸さんが仕立てる熟成肉が一番美味しかった。北海道出身だからなのか…この十勝若牛が一番ピンときました」と月岡さん。
コース中盤、その日に焼く『サカエヤ』の肉を披露する月岡さん。『サカエヤ』では、店主・新保さんが肉個体のポテンシャルと卸先の料理を鑑みて適した下処理と熟成を施している。日本料理店への卸先は、同店や『草喰 なかひがし』など、数少ない。
部位はサーロインかリブロース。炭床で強火で焼いた後、じっくりと火を入れる。途中で塗るタレは、牛骨をオープンで1時間焼き、野菜と共に煮て醤油で味付けしたもの。「日本料理店で提供する肉料理なので、素材の味を引き出して、シンプルに仕上げます」。
十勝若牛の熟成肉は炭焼きに。滋賀の杉谷なすび、トウモロコシ、ゴーヤ、ミョウガの花、美山で摘んだ山椒の葉と共に。
この日はリブロースとそのカブリ。焼き上げられたカブリから特に甘い香りが漂う。噛み締めるごとにじわじわと旨みが広がり、鼻に炭の薫香が相まって抜ける。脂っこさは皆無だ。
「日本料理店で提供するメインの肉って、食べ終わった時にその印象ばかり残ることが多い。それではいけないと思っていて。この肉は、他の料理ともうまく調和する味わいだと思うんです」。
豪華食材を惜しみなく使ったり、野趣のある仕立てを工夫したり。熟成肉にも負けないパワーのある料理で展開するコース。そのパワーバランスが調和を生み、食後の大きな満足感に繋がっている。
最後の締めまで豪勢。新潟のコシヒカリは玄米で仕入れ、使う分だけ精米。おかずには、ニシンの煮付け、イクラ、へしこと目刺し、大原の市場から仕入れたスグキ、はつか大根、コリンキーは酢漬けに。山椒と共に炊いた昆布などと共に。
左/手土産を入れる袋には、月岡さんが一つ一つ手書きしたイラストが描かれている。右/月岡さんが鎌倉時代に描かれた「駿牛図」が好きなことから、『草喰 なかひがし』中東さんがこの店を「駿牛庵」と呼び、揮毫。それを、月岡さんが手で彫り、飾っている。
【住所】京都市東山区粟田口三条坊町16-2
【電話番号】075-366-4918
【営業時間】17:00・20:30一斉スタート
【定休日】火曜、月末日
【お料理】コース30000円。※サ10%込。
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