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『獨歩(どっぽ)』[京都・北大路]懐石——器、鰻、蕎麦

『じき宮ざわ』、『ごだん宮ざわ』、そして2023年10月、京都・北大路に『獨歩』を開いた宮澤政人さん。数寄屋造りの館では、連綿と続く歴史や伝統、自然に、宮澤さんの出合いを掛け合わせた一期一会の料理が供されます。その美意識、宮澤さんの想いをご紹介します。

文:中井シノブ / 撮影:伊藤 信
※「あまから手帖」2024年12月号の記事を転載

目次


北大路魯山人に導かれて

「この世の中を少しずつでも美しくして行きたい。私の仕事は、そのささやかな表われである」

北大路魯山人が『ノート』に記したこの言葉に思いを重ね、料理人の道を歩んでいるという店主の宮澤政人さん。2023年10月に開業した店の名を、魯山人の愛した言葉『獨歩』と決めた。

淡々として静かな印象の宮澤さんは無駄をそぎ落とした潔い茶懐石をよしとする料理人。だが、『獨歩』を訪ねて感じたのは、凛とした茶の冷静だけではない、強い波動。宮澤さんから溢れる熱い想いが、ドクドクと伝わってきた。

「この店のすべてが奇跡です。魯山人が生まれた地にあり、魯山人の器だけでなく何百年も前につくられた器がある。生産者が手塩にかけた食材や酒が集まる。私はそれらを穢さないよう調理するだけ。お客様も含めたその場の奇跡の一期一会を感じていただく」

自分の役目は、それを日々繰り返すことだと言う。

『獨歩』宮澤政人さんと、北大路魯山人の『ノート』


『じき』、『ごだん』、そして『獨歩』

神奈川県に生まれ、料理人を目指して修業を始めたが、和食を身に着けるなら京都という強い思いで祇園の和食店の門を叩いた。高みを目指して有名ホテルや茶懐石の老舗、料亭などで経験を積み、腕を磨いた。そして、2007年に『じき宮ざわ』を開業、2014年には、独り店を離れ、気持ちも新たに『ごだん宮ざわ』を開く。順風満帆といえるなか、さらに『獨歩』を開いたのは何故か。何が彼を突き動かしたのか。

「『じき』は私が目指す懐石料理を、『ごだん』は茶懐石の世界観、つまり料理だけでなく空間や調度、器などを伝える場にしたかった。おかげさまで、ともに歩んでくださるお客様もたくさんいらして。それならば、見識や想いを深めてくださった方に、さらなるもてなしの場が必要だと感じました。それが『獨歩』です」

鴨川畔の閑静な地に、数寄屋造りの館を誂えた。石造りのアプローチやせせらぎのある日本庭園も含め、敷地は100坪。ゆったりした檜のカウンターは、わずか10席だ。カウンターの奥には、杉本博司氏の筆による「獨歩」の軸が掛かっている。

『獨歩』外観 100坪の敷地に建つ「獨歩」は、日本庭園の風情ある石畳をおりた先にある。店内に置かれる調度や飾られる花、用の美を追求した道具からも茶懐石の静の美意識がうかがえる空間。


数百年前の器に、現代の料理を

乾山など希少な器に盛って供する料理は、茶懐石の心や流れを根底にしているものの、実は「なんでもあり」なのだという。向附(造り)や煮物椀、焼物など要となる料理は出すが、その他は既存の通りではない。本来の茶懐石でも、焼物以降は、その日の趣向や料理人の手腕で自由度の高い料理が出される。この店ではあえて、「縁あって出合ったもの」や「想いを同じくしてつくられる」食材や酒を用いるという。

たとえば鰻。三方五湖で上質な天然鰻を捕る漁師と出合い、淡水で育つ淡泊で上品な味わいを知った。
「今までは自分が思うような鰻が焼けませんでしたが、ある出会いをきっかけにイメージ通りに焼けるようになりました。素晴らしい漁師さんとのご縁もあり、お客様にも味わっていただきたくなったのです」

漁師自らが車を走らせ届けてくれる鰻を炭焼きにして乾山の器に盛る。供するのは、江戸時代初期の四つ椀に盛った汁と飯。茶懐石仕立ての趣向はもとより、天然鰻の新鮮な滋味に、客は目を丸くして喜ぶ。

『獨歩』の椀と鰻 コース36300円より。左/「伊勢海老と小蕪、鶯菜の白味噌仕立て」は根来三つ椀で。右/三方湖の「天然鰻の炭焼き」を尾形乾山作雪松絵四方角皿で。江戸初期の片身替四つ椀の飯と汁とともに。

飯の前後に出す薫り高い蕎麦も、意図せぬ縁でとりいれた料理。
「いつもお願いしていた蕎麦が入らなくなって、どうしようかと考えていたときに、廃業する製粉所があると知りました。ならばと、そこを買い取って、蕎麦打ち道場をつくりました。うちの料理人たちは、毎日石臼を回し、蕎麦を打っています」。夏はもり、肌寒い季節にはかけにする。鰻も蕎麦も茶懐石とは少し違った趣の料理かもしれないが、料理人にとっても客にとっても「新鮮で嬉しい体験が重なるだけ」と言い切る。

「四百年前の器に、現代の料理を盛る。ささやかなことですが、その瞬間の風情や美意識が、時代を切り取るのではないでしょうか」と話す宮澤さん。その世界観こそが、多彩なものを重なり合わせて紡ぎ、未来の懐石の礎となるのだろう。

『獨歩』の飯蒸しと蕎麦 左/南京赤絵の五彩独釣文八角皿にのせた「飯むし」は自家製からすみに無農薬栽培のもち米を合わせる。右/「もりそば」。尾形乾山作銹絵長角皿に盛りつけ、交趾翡翠釉輪花小皿で供す山葵を添えて。


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