ニュースな和食店

静岡『日本料理FUJI』の、素材を生かし切る料理

“美食を目指して訪れる町”——。近年、静岡の食事情は変わり、多くのお客が足を運ぶようになりました。その目的地となる一軒、『日本料理FUJI』。全国・世界から取り引きのオファーを受ける『サスエ前田魚店』が地元料理人にだけ卸す、特別な魚を扱うお店です。店主・藤岡雅貴さんの瞬間をとらえた火入れ、柔軟な発想、緩急を生むコース構成など。お客の心を鷲掴みにする理由をご紹介します。

文:阪口 香 / 撮影:喜多剛士

目次


“シグネチャー”は、白甘鯛の松笠焼き

美しく立つウロコに歯を入れるとカリリと弾け、身がホロホロとほどけてゆく。その身の水分はしっかり保たれ、繊細な旨みが口中を満たす。『日本料理FUJI』の「白甘鯛の松笠焼き」を初めて食べた時、自分の中の“魚のおいしさ”がアップデートされた。

『FUJI』の店主・藤岡雅貴さんは1985年、静岡市生まれ。大学在学中に料理人を志し、思い立って身を投じた。京都・東京での修業を経て静岡へ戻り、2014年に開業。2019年、全国・世界のトップシェフたちから取り引きオファーを受ける『サスエ前田魚店』前田尚毅(なおき)さんと縁あって繋がり、駿河湾で獲れる魚を主軸にしたコースを提供するようになった。

『FUJI』は、静岡駅から徒歩圏内の場所にある。

「(前田)尚毅さんの魚を扱うようになってから、料理のアプローチがガラリと変わりました。食材ありきで、一番いい状態に仕上がるよう調理します」。

それは、前田さんの魚を扱う同県の他の飲食店も同じ。特に、天ぷら『成生(なるせ)』・『なかむら』、『茶懐石 温石(おんじゃく)』、イノベーティブ『シンプルズ』、イノベーティブフレンチ『馳走西健一』を含めた「6レンジャー(前田さん考案の呼称)」は、前田さんが漁師と連携し、独自の処理を施した魚が託される。受け取った店主もまた、ベストと思われる料理を考え抜く。

それぞれに“シグネチャー”があり、『FUJI』の場合は白甘鯛の松笠焼き、というワケだ。

『FUJI』の松笠焼きは、だしと共に味わう。白甘鯛の中骨と頭から旨みを抽出し、塩・酒・薄口醤油で調味したものだ。「全部位のおいしさを味わっていただく仕立てです」と藤岡さん。

特別な味わいは『サスエ』の魚あってこそだが、差し引いても藤岡さんの火入れはピカイチだ。

白甘鯛の皮目に油をかけてウロコを立たせた後、特注の焼き台(詳細は後日公開の【5問5答】にて)でウロコを近火で焼いていく。そして身はやや遠火で。皮の縮み、水分や脂の出方、香り、音、煙の上がり方。五感をフルに使ってベストな焼き上がりを目指す。串を絶えず動かし、上下左右を入れ替え、角度も変える。わずか数㎝、㎜単位の調整を続け、最後に強火でウロコを焼き切る。

左/「ウロコはサクサクして、口に当たらず、そして残らないように」。“焼き”で皮が縮み、目が詰まることを見込んでウロコは1~2割ほど間引く。綿実油を加えた太白ゴマ油をかけてウロコを立たせた白甘鯛。焼き台に乗る前、お客に披露される。

「1つは一口で食べて、口中で白甘鯛の繊維がほどける感じを楽しんでください。2つ目はあえて箸で押して崩し、だしと共にお召し上がりください」。2つ目の食べ方は、実は『サスエ』前田さんのこだわり。やってみると、ウロコ、皮と身の間のゼラチン、フワフワな身と、それぞれが際立って感じられる上、だしを含んで違ったおいしさに。

「尚毅さんの発想や視点って料理人にはないんで、一緒にやってて発見が多い。だからこそどこにもない料理が作れるし、楽しいんです」。


固定概念を覆す、鯖味噌

『サスエ』が「6レンジャー」に卸す魚は、通常、網にかかると死んでしまう魚種を“游(およ)がせ”で運んだり、10種以上の氷を使い分けて冷やしたり。神経締めや血抜きもただ行うのではなく「どこまでやるか」コントロールするなど、漁法も仕立ても日々更新し、ポテンシャルを最大限に引き出している。

それはスゴイことなのだが、裏を返せば料理人泣かせ。今までの概念や調理法が通用せず、目の前の魚に向き合い、試行錯誤しなければ生かし切ることができない。特に伝統を重んじる日本料理の担い手には難しいこと。「そこを突破して生まれたのが“鯖味噌”です」。

藤岡さんが用意したのは、蒸し器とこめ油を入れた深型のバット。なんと、鯖を75~80℃に温めた油に浸け、さらに蒸し器に入れるというのだ。

「鯖の定番料理と言えば鯖味噌。尚毅さんが仕立てるキレイで保水された鯖で作るなら…と考えてやってみたら、うまくハマりました」。

本来、血合い部分が臭くなる温度帯だが、『サスエ』のものは旨みに変わるのだという。

左/取材日の朝、焼津の小川(こがわ)港の定置網にかかった鯖。身が美しく、血合い部分も鮮やかだ。

「普通に蒸すと表面だけ固まって中は生、ということもありますが、この方法なら熱が均一に、ゆるやかに入る。蓋をすれば蒸気が溜まり、熱伝導でじわじわと温度が上がります」。
途中、藤岡さんは鯖を取り出して蒸気に当てたり、油に浸けたりを繰り返す。最後、皮目だけ炭で焼く。「油を落とすと同時に、鯖らしい香りを出すためです。このままだと味が“キレイすぎる”ので」。
合わせるのは、鯖の頭や中骨でとっただしを加えた玉味噌。芽ネギと白髪ネギを添え、完成だ。

「初めて尚毅さんに食べていただいた時、『バカやべぇ!』っておっしゃって。尚毅さんの『バカやべぇ』は、お客さんにもウケる可能性が高いんですよ(笑)」。

歯を入れると、焼いた皮目と好対照の、とってもなめらかな身の質感に驚く。血合いの旨みがきれいで、本来、臭みをマスキングするための味噌が引き立て役になっている。無論、臭みがないためショウガは使わない。
「小川港の、尚毅さんの游がせの鯖じゃないとこうはいかない。面白い料理が仕上がりました」。


コースに緩急をつける、野菜料理

魚料理ばかりに目がいきがちだが、『FUJI』のコースは随所に野菜料理が組み込まれ、大事な役割を担っている。「狙いは、コースに緩急をつけること。いい意味で無意識で食べていただき、後の魚料理を引き立てます」。

冬の終わりに供されたのは海老芋。静岡の磐田市は、生産量日本一を誇る。
「カツオだしで炊くことが多いですが、うちでは海老芋本来の風味を感じていただけるよう、剥いた海老芋の皮でだしをとり、直焚きします。調味料は、みりん、塩、酒、薄口醤油。調整する感覚で少量加えます」。

いただくと、繊維が詰まったようなネチッとした食感。そして栗のような味わいに瞠目した。

上にのっているのは醤油麹。器に注がれただしからも、栗のような風味がした。

そして必ず提供する野菜料理が、ゴマ和えや白和えなどゴマを使った料理。
今の季節ならシグネチャーの白甘鯛の後にホウレン草のゴマ和えを出し、次の鯖味噌に繋ぐ箸休め的な役割を果たす。

「ホウレン草のゴマ和えって、家庭でも食べるし、お弁当にもよく入ってる。お客さんから『ここでゴマ和えなの?』って驚かれることもあるんですが、素材の違いを感じていただきたくて」。

ゴマは静岡県藤枝市岡部町『村越農園』の金ゴマ。国産ゴマの流通はわずか0.1%と貴重なものだ。
カウンター前、特注の焙烙(コチラも後日アップする【5問5答】で詳細をお伝え)で炒り出すと、店内はたちまち香ばしい香りで満たされる。絶えず炮烙を回し続け、香り、色、ゴマの膨らみを観察。最後、香りが変わったら当たり鉢に移し、すり始めると香りは一層強く。視覚で、嗅覚で、期待値はどんどんアップする。
調味は少し水でのばした薄口醤油のみ。ホウレン草の根に近い部分は取り置き、他をサッと和える。

『村越農園』は筍をメインに作っている農家で、数々の東京の名店も仕入れている。ホウレン草は、富士山の麓『ASOBICULTURE』で育てられたもの。「霜が降りると、凍らないように糖分をグッと蓄えるんです。短ければ短いほど甘くておいしい」と藤岡さん。甘みを引き立たせるため、少し長めに茹でている。

ゴマ和えの上に取り置いた根をのせ、先に食べてもらう仕立て。季節によって、さまざまなゴマ料理が登場。コゴミ、春キャベツ、スナップエンドウのゴマ和えや、桃、イチジク、柿、シャインマスカットなどで白和えにすることも。

「根の周りは一番甘いところだから、始めに食べていただきたいんです」と藤岡さん。自然の力で蓄えられた、じわりと感じる甘みはありがたみを感じるほど。そして程よく粒を残したゴマと味わい深いホウレン草が手を組み、噛むごとに鼻に心地よく抜ける。

魚も、野菜も。真正面から対峙する藤岡さんの姿勢が、どの料理からも伝わってくる。


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