ニュースな和食店

奈良『お料理 ひろ岡』が五條市から奈良市に移転。「“縁”で繋がる店に」

「細部まで吟味し、再スタートを切りました!」。店主・廣岡信行さんの自信の表れか、生産者への想いが溢れ出すのか。お客が来店してから帰るまで、持ち前の大きな声と笑顔で魅力を伝え続けます。廣岡さんが惚れ込んだ意匠、食材、調味料——。お客は聞き入り、会話が生まれ、一体感のある空気を生み出します。2025年3月に奈良の南西部・五條市から奈良市に移転した『お料理 ひろ岡』。その新しいカタチをご紹介します。

文:阪口 香 / 撮影:高見尊裕

目次


「多くの人に、奈良の魅力を届けたい」

奈良・五條市にある実家の四季料理の店を継ぎ、『お料理 ひろ岡』として開店したのは2018年。昼のおまかせ7品2500円、夜は9品5000円という破格な値付け。蒸した柿の葉寿司や大和牛の炊き込みご飯といった奈良らしいキャッチーな料理を組み込み、精一杯のもてなしをしてきた。
「ミシュランガイド奈良」でも2022・23・24年と一つ星を獲得。価格も徐々に上げ、より「おいしさ」を追求していく。

「僕は本当に人の縁に恵まれていると思います。目をかけて成長させてくださった方、素晴らしい食材を提供してくださる生産者の方々、わざわざ五條まで足を運んでくださったお客様。たくさんの恩を受けたからこそ研鑽に励むことができ、奈良の魅力を伝えられる料理を提供できるようになりました。それを、より多くの方に楽しんでいただきたいんです」。

五條市の店は、大阪から電車で2時間近く、奈良市からでも1時間30分ほどかかる場所。生まれ育った地から離れることに迷いもあったが、周囲の声に後押しされ、大阪や京都からもアクセスのいい近鉄奈良駅近くでの開業に踏み切った。

『お料理 ひろ岡』廣岡信行さん 廣岡さんは1981年奈良県五條市生まれ。学生時代から飲食店のアルバイトなどで料理に携わり、2007年から実家の料理屋を手伝い始める。2018年、自身の店『お料理 ひろ岡』にリニューアル。2025年3月、県内での移転を果たした。「奈良の魅力は、来ていただいてこそ感じるものがあります。奈良を離れることは頭になかったです」。


ストーリー性のある“唯一無二の空間”に

駅近くで人通りも多いが、場所は路地の中。店前に庭を造ったことで建物がやや奥まり、人々の視線を自然と引きつけている。大小の石と、アプローチに使われた木が印象的。“木のトンネル”を通っているようで、外の喧騒から一転、静謐な空気が流れる。緊張感とワクワク感を抱きながら店内へ。

『ひろ岡』の外観とアプローチ 左/庭の角には雰囲気を壊さないデザインのQRコードのプレートが設置されている。読み込むと、店のInstagramに繋がる。右/暖簾をくぐると、奈良の杉の柾目のトンネル。

『ひろ岡』店内

店造りにも縁のありがたみを感じている、と廣岡さんは言う。「僕は、“ザ・日本料理”な数寄屋建築がいいのかなぁ…と思ってたんですが、料理を食べてくださったデザイナーさんが、『料理に物語や個性があるんやから、店にもストーリー性があった方がいい、唯一無二のお店を造ろうよ』って言ってくださったんです」。

一つ目のポイントは、シルクロードの終着点としての奈良の表現。シルクロードとは、紀元前2世紀から15世紀半ばまで使われた世界東西の交易路網。『ひろ岡』からも近い正倉院に多くの宝物があるのは、交易が行われた証であるとされている。
西の中東をイメージした色・柄のクロスを天井に張り、厨房から続く床には中国・紫禁城(しきんじょう)の石を敷き詰め、カウンターには立派な吉野杉を使用した。

『ひろ岡』の天井クロスと床 左/天井に貼ったクロス。店内に彩りと個性をプラスしている。右/紫禁城で実際に使われていた石を使用。

席の配置をフレキシブルに変えられるのも面白い。2人組のみの場合は上写真のようにカウンターの片側にイスを並べるが、3人、4人組なら対面にイスを置き、会話がしやすいよう席を組むことができる。さらに貸切ならば、対角線上にいる人との会話もスムーズ。ダイニングテーブルを囲んでいるような感覚になる。

それが可能なのも、店内に最低限の調理場しか設けなかったため。カウンター割烹の“見せ場”としても設置することが多い炭焼き場や火口は厨房内に集約。ワインや日本酒などのセラー、器を収納する棚などもお客から見えない場所に。そのため、カウンターが厨房と客席を隔てる“境界線”とならず、お客がくつろげる空間に。

その代わりに造ったのがダイナミックな床の間。凛としながらもゆったりとした空気感を醸し出し、どことなく“奈良らしさ”を感じさせる。

『ひろ岡』の床の間 大きな床の間に合わせ、ダイナミックに活けられた桜。壺は辻󠄀村史朗氏の次男・辻󠄀村 塊氏作。左の羅漢像は彫刻家・岸野 承氏作。

「自分がお客として来てみたいと思うくらい、いい空間にしていただきました」と廣岡さん。床の間は、食事後に軽く腰掛け、酒肴とお酒で談笑するスペースとしても利用できそう、と構想を練っている。


生産者への感謝がにじみ出るコース

コースは先付、お凌ぎor前菜、お椀、造り2種、揚げ物2種、素麺料理、焼き物、鉢物、土鍋ご飯、デザート2種と多彩に展開。素材力を引き出す調理、組合せの妙で以前に増してコースに厚みがある。

「この数年間、全国の生産者さんを訪ね、本当に美味しい料理を作りたいという想いを伝え続けてきました。共感いただける方も増え、食材の持ち味を引き出すことに努め、提供する際には名前やブランド名をお伝えさせていただく。それが僕なりの生産者さんたちへの恩返しだと思っています」。以前、シグネチャー的存在だった「柿の葉寿司」や「大和牛のご飯」は現在、提供していない。だが、そんな“奈良らしい”具象的な皿がなくとも、奈良の魅力が伝わるエッセンスが散りばめられている。

例えばコースに必ず組み込むという奈良の名産・素麺の料理。今回はコース後半に登場。

ホタルイカと素麺の料理 年中提供する素麺料理は、仕立てにより極細麺や3年熟成などを使い分ける。

「野迫川(のせがわ)村産の太素麺を山椒オイルで和えています。添えたのはボイルしたホタルイカと、フキノトウ味噌と共に叩いたホタルイカ。このフキノトウも実は五條市の朝採れなんです。全体を和えてお召し上がりください!」。

素麺はあえて硬さを残すように茹で、しっかり咀嚼するごとにホタルイカの濃厚なワタ、山椒の香味が広がる。“もう一献”を誘う仕立てが絶妙だ。

『ひろ岡』のハマグリの天ぷら

天ぷらは趣向を変えた2品が供され、一品目は廣岡さんの父上が五條市の山で採ったタラノメをシンプルに塩で。二品目はブリン、と弾ける食感のハマグリだ。

添えたのは、島根県十六島(うっぷるい)海苔(左)と「大和橘こしょう」(右)。十六島海苔は12~2月の波の荒い時に手摘みされたものを佃煮に。磯の香りと味わいが貝の旨みを際立たせる。「大和橘こしょう」は「なら橘プロジェクト推進協議会」が商品化した大和橘の薬味。「貝は柑橘類と相性がいいので、スダチを搾ったり振り柚子をしたりしてもいいのですが、奈良には大和橘があるので。高貴な香りがしますが、主張しすぎない控えめなところが奈良らしいですね。苦味はありますが、ビリビリした辛味がないのも料理に合わせやすいポイントです」。

『ひろ岡』の廣岡信行さん

『ひろ岡』のホッキ貝の料理

眼前での調理を見るのも楽しい。
ホッキ貝は、北海道・野付(のつけ)半島から。薄めの昆布だしで歯ごたえを出す程度にサッと茹でる。「スダチを搾って、塩やワサビでどうぞ! 噛めば噛むほど、フルーツのような甘みが出るんで!」。

ホッキ貝のヒモは、辻󠄀村史朗氏の長男・辻󠄀村 唯氏の鉢に入れた炭で炙る。

『ひろ岡』のホッキ貝のヒモの炙り焼く直前に石川県の魚醤・いしりを塗り、七味を振る。客席まで香りが届き、「何が出てくるんだろう」と興味をそそる。

キンメダイの椀、サクラマスの土鍋ご飯など、要所に見映えがする料理も差し込み、客席を沸かせる。

『ひろ岡』の金目鯛の椀4月は白味噌の椀。モチモチのヨモギ麩を台にし、炭で焼いたキンメダイをのせて。白髪ネギ、おかひじき、ピーテンドリル、地辛子を添えた。

『ひろ岡』のサクラマスの土鍋ご飯サクラマスの土鍋ご飯。サクラマスは北海道・寿都(すっつ)産。山口県産の筍、フキ、ワラビと共に。

土鍋ご飯は必ず“味変”を用意。二膳目は山ワサビを添え、三膳目は山椒オイルをかける。「北海道の脂ののったサクラマスに、同じく北海道で親しまれる山ワサビは間違いのない組合せ。山椒オイルは、フキやワラビなどの山菜と相性がいいので。どちらも、サクラマスの脂をさっぱりさせてくれます。サクラマスは先ほどのホッキ貝と同じ仲買人の方から仕入れてるんですが……」。

料理が供される間、廣岡さんは生産者への感謝と魅力を伝え続ける。その想いが食べ手にも伝播し、終始、高揚感が途切れない。


フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事ニュースな和食店

無料記事

Free Article

連載一覧

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初月30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です