『鎌倉 北じま』の日本料理——相模湾と地元の山里の四季を映す
鎌倉駅から徒歩15分の閑静な住宅街に今年5月31日にオープン。店主・北嶋靖憲さんが、京都『和久傳』で16年かけて学んだ“土地を表現する”料理は、相模湾があって、山里の幸に恵まれた鎌倉に舞台を移して、躍動し始めました。地元の名物仲買人との運命的な出合いによって、魚介だけでなく、地元の山野草やキノコなど野生の食材にも開眼。『鎌倉 北じま』の料理ともてなしは、地産地消に留まらない“地元の表現”で鮮烈な個性を放っています。
鎌倉で京料理をやっても意味がない
10月初旬のこととて、まだ色づく前の銀杏(いちょう)の葉がわんさと入った箕(みの)を手に、店主の北嶋靖憲さんがカウンターに立つ。その葉を両手で抱えて、お敷の上へ。すると中から、小さな椀が出てきた。
「先付の銀杏(ぎんなん)のすり流しです」。
銀杏の濃密な風味に、海の味が重なる。カツオ昆布ではなく、魚のだしを使っているという。その心を尋ねると、北嶋さんは真っ直ぐな目で答えた。
「すぐ近くに相模湾がありますから。その恵みを山のものと合わせて味わっていただこうと。移ろう季節を映して、自然の豊かなここにしかない料理を作っていきたいんです」。
コース22000円(全11品)の先付、銀杏のすり流し。魚のだしは、この日、お造りとして供すカワハギなどのアラから取ったもの。百合根餅に大徳寺納豆を忍ばせ、アクセントに。
北嶋さんは、鎌倉の出身。地元で2年ほど和食店に務めたが、本格的に日本料理を、と一念発起して京都へ。食べ歩いた中で「名物の花山椒鍋に感動して。ぜひここで働きたい!と」門を叩いた『和久傳(わくでん)』の厨房で16年間を過ごした。最後は同店のルーツである丹後の幸を味わってもらうべくオープンした『丹』で料理長を4年。女将の桑村祐子さんに「あなたは故郷の鎌倉でやりなさい」と背中を押されたことも手伝って、今年5月31日、地元で店舗を構えた。この時、北嶋さんにはこんな思いが芽生えていたという。
「鎌倉で、京料理をやるのでは、意味がない」。
京都には京都の料理が似合う。では、鎌倉に似合う料理とは? その答えは、多くの“出合い”によってもたらされた。
その一つが、駅から徒歩15分、少し離れた閑静な場所に見つけたこの民家。庭には、鎌倉の自然があった。秋ならば銀杏や柿の木が色づき、春には木の芽が芽吹く。少しずつ木を移植したり、種を植えたりして庭を調え、その素朴な景色を楽しませるだけでなく、料理にも取り込んで、ここだけの季節感の表現をしよう、と。
前述の先付は、秋が深まれば、銀杏が緑から黄色へと変わりゆく。その移ろいも、また魅力となるのだ。
『北じま』の庭。石の園路の両側に、紅葉や柿の葉など日本料理の搔敷(かいしき)になる木々が植わっている。入り口には、まだ小さな芋茎(ずいき)が。
相模湾の名物仲買人との出合い
北嶋さんにとっての運命の出合い、そのもう一つが、「㈱さかな人」の長谷川大樹(ひろき)さんだ。
長谷川さんは、相模湾の魚介を飲食店に卸す仲買人だ。料理界のトップランナーたちが彼の目利きに全幅の信頼を置いて久しい。「お魚コンシェルジュ」と名乗り、流通に乗らない魚介の魅力も発信する姿は、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも紹介された。
その長谷川さんが『鎌倉 北じま』に向くと目利きした魚介を、北嶋さんは毎朝、長井漁港まで見に行く。午後の船で揚がったものは長谷川さんが直接届けてくれることもあり、とある夜は「このカツオ、今が食べ頃だから」と営業中に厨房へ。北嶋さんは、それをすぐさま切り出し、「届きたてのカツオです!」と楽しそうに供す。そんな即興性もまた、この店の魅力になりつつある。
焼き物の太刀魚は、長谷川さんが神経締めをしたもの。鎌倉彫の火鉢を炭床として、カウンターで焼き上げる。
太刀魚の炭火焼。焼きイチジクを添え、骨醤油で。この日の骨醤油は、太刀魚の骨を焼き、酒とみりんを煮切った中に入れて醤油を合わせ、半日置いたもの。ピスタチオやカシューナッツを加えて。
山の希少な天然ものを個性に
実は、長谷川さんが届ける鎌倉の食材は、海の幸に留まらない。春は山菜、秋は天然キノコや木の実、時に野性のニラなどを、地元の山や原生林に入って採ってきてくれるのだという。
「初めて調理する食材が多いのですが、長谷川さんはアク抜きなど細かく教えてくれるので、とにかく使ってみようと思っています!」。
「天然きのこの丸仕立て」は、長谷川さんが採った7種のキノコが鮮烈な印象を放つ。ザクザクした食感と優しい苦みが特徴のウラベニホテイシメジ。力強い旨みがだしを野太くするカワムラフウセンタケ。濃密な香りのオオモミタケ。天然のキノコだけが持つ、強烈な風味。それをぶつけ合いながらも、まとめ上げていくのは、スッポンのスープの存在だ。「アルカリ軟水を九州から取り寄せて、京都の『厨酒(くりやざけ)』と千葉の普通酒を合わせて、スッポンのクリアなスープを取ります」。
コース終盤で供される「天然きのこの丸仕立て 月玉子豆腐」。香茸、ヤマドリ茸など7種のキノコをスッポンのスープで。月形の玉子豆腐と合わせたのは“月とスッポン”から。
“鎌倉の自然”と共存し、余すところなく表現したい
先付から始まり、飯蒸し、お造り、お椀と続くコースは、今のところ一種のみ。この日のお造りは、相模湾のウスバハギとキジハタ(アコウ)。鎌倉沖のキハダマグロは、赤身とトロを盛り合わせて。むろん、長谷川さんの選んだ魚介だ。その鮮魚の旨みを余すところなく、と考えた北嶋さんは、アラでだしを取ったり、焼き骨を使って骨醤油を仕込んだり。
「ここに来て、カツオだしをあまり必要としなくなったんです。野菜も下茹でしなくなりました。持ち味を率直に生かす、というのがウチの料理なのかなって」。
葉山牛など地元のブランド牛なども組み込んで、キノコ鍋で座を盛り上げたところで、クライマックスには5種から選べる締めを用意。鯖寿司、小丼、炊き込み御飯やラーメン!?と手が込んでいる。秋の日は、その中にマテバシイごはんがあった。
「その辺に、いくらでも落ちてるからってマテバシイの木の実を長谷川さんが拾ってきてくれて」。湯がいて縦割りにし、栗ごはんに混ぜたマテバシイは、ほんのり甘くて香ばしく、意想外の親しみやすい風味だ。
クエの骨から取っただしにクジラの脂を加えたラーメンは、力強いスープの旨みに野生のニラで野趣を添える。鯖寿司にも山茗荷を潜ませ、鎌倉沖のゴマサバの持ち味を際立たせる。
地元の海山の幸が奏でる相性はどれもインパクト大で、『鎌倉 北じま』の料理を忘れ難いものとして、お客の記憶に刻んでいる。
クエの骨とクジラの脂のラーメン。クエの骨のスープにクジラベーコンを入れ、濃口醤油・淡口醤油・酒などで調味。店から徒歩5分のところに見つけた製麺所の中華麺は、つるんと喉越しがよい。
鯖寿司は目の前で皮目に炭火を直接当てて焼き、香ばしく。この日は、鎌倉沖の定置網で揚がったゴマサバ。赤酢のシャリと合わせ、山ミョウガを挟んで。
左がマテバシイごはん。マテバシイを湯がいたその残り汁でご飯を炊き上げるのだそう。
野趣を楽しませる、という発想は、『和久傳』で培われたものだと、北嶋さんは言う。京丹後を表現する技を磨いた経験が今に生きている、と。
舞台を地元・鎌倉に移し、その素地の上に北嶋さんが重ねていきたいものは──。
「僕は、長谷川さんと勝負させてもらっていると思っています。得難いような食材を惜しみなく届けてくれる。アイツに渡したら、絶対美味しく調理してくれると思われていたいんです」。
海が時化れば、その日扱える魚種は極端に少なくなる。台風だって来る。野菜の端境期もある。けれど、そんな当たり前の四季をそのまんま料理に映す。高級食材を連打するわけでも、全国からかき集めて絢爛にするわけでもない。それでも、美味しい、面白いと、お客を喜ばせることができる滋味深い料理。
それが、鎌倉に似合う日本料理であると、北嶋さんは思っている。
京都の建築家・木島 徹さんによる設計で古民家を改装。カウンター席は8席。装飾を控えた、聚落(じゅらく)壁の落ち着いた空間だ。
【住所】神奈川県鎌倉市大町4-3-18
【電話番号】0467-73-7320
【営業時間】18:00〜一斉スタート(ランチは貸切のみ営業)
【定休日】不定休
【お料理】コース22000円のみ。
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