南信州の食文化を “温度感”をもって伝える長野・飯田『日本料理 柚木元(ゆきもと)』
南北に220㎞ある長野県の、南部に位置する飯田市。中央アルプスの雄大な山々が迎えるこの地に、遠方からのお客も絶えない『柚木元』があります。東京・大阪から車で片道・約4時間、公共交通機関を使えば5時間近くかかることも。それでも、「食べに来てよかった」——訪れた人は皆、そう口にします。2021年には第12回農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」ブロンズ賞を受賞した、店主・萩原貴幸さんのもてなしに迫ります。
南信州を一口ずつ味わう麗しい八寸
店主・萩原貴幸さんがこだわるのは、一言で表すと“南信州でしかできないこと”。そのもてなしは、地産地消という言葉では言い表せないほどに深い。
「今は流通が発達しているので、どこにいたって南信州の食材を食べることができます。でも、ここに来て風景を見る。地元の方と触れ合う。それによって、ウチの料理はより“温度感”が増すと思うんです」。
萩原さんは、1978年生まれ。大学卒業後、滋賀県東近江の料亭『招福楼(しょうふくろう)』の本店と東京店にて修業を積み、2005年、家業である『柚木元』に。2008年に継承し、2016年には新館を建てた。
この日、供された一皿目は、もてなしの神髄が凝縮したような八寸。冬から春へ、季節の移ろいを映したような料理が、ほんの一口ずつ。手間数の多い一つ一つの料理に、南信州の文化が映されている。
「真ん中は、伝統野菜・ヤツガシラ(八ツ頭)の料理。縁起物として、この辺りではおせち料理によく使われます。ここから南に行った天龍村というところで育てられているんですよ」。
皮を剥いたヤツガシラは少量の湯で塩茹でし、クルミ味噌をのせている。歯を入れると、ネチッとした独特の食感。だしで煮ず、塩茹でのみ。芋の味を強く感じる。
その左隣は「塩イカ」。「冷蔵技術のない頃、長野県で食べられる貴重な海産物として愛されてきました。イカの内臓を取って皮をむき、塩茹でして胴の中に塩を詰めたもの。このあたりでは、今もスーパーで販売しているポピュラーな商品。家庭では、キュウリと合わせて酢の物などにしますね。これは、適度に塩抜きし、酢漬けしたカブラで巻いています」。ほどよい塩味と、柔らかな歯ごたえ。カブラのシャクッとした食感とのコントラストが心地よい。
左手前、鰻と見紛う一品は、高野豆腐で仕立てた精進料理。「大阪からお越しなら、『こうや豆腐』で有名な『旭松食品』ってご存知でしょう。今、本社は大阪ですが、元は長野にあったんですよ」。そんな蘊蓄(うんちく)や南信州の風習を聞きながらいただくと、料理がまた違った表情を見せる。
コース25000円から(昼夜一組ずつ提供可能)。八寸。五味五色を盛り込む。上左より、渓流釣りした天然のヤマトイワナ。フキ味噌を塗り、上から素揚げしたフキノトウを散らして。/田舎こんにゃくの白酢和え。/干しシイタケのお寿司。「長野はキノコの文化が豊かですから」。手前には、飯田市の『岡本養豚』で育てられる「千代幻豚(ちよげんとん)」を生ハムにし、クレソンを巻いたもの。中には自家製マスタードを仕込んで。中左より、塩イカのカブラ巻き。/ヤツガシラにクルミ味噌をのせて。/熊のスネ肉とキクイモで作った「アメリカンドッグ」。下左より、高野豆腐の精進料理。鰻に見立てて海苔を合わせ、鰻のタレで焼いている。手前には、雛祭りのモチーフ、ゆり根を使った三色団子。/長野・高森町や飯田市でも作られる「市田柿(いちだがき)」を、利休揚げに。中にクリームチーズを射込んでいる。/ゆべしもち。柚子の大生産地、長野・天龍村のゆべしを、搗き立ての餅で挟んで。
郷土の味を地元語りと共に
「海がない長野県では、鯉(コイ)は昔から貴重なタンパク源。かつて、家で飼っているところも多かったんです。他府県ではおめでたい席で食べるのは鯛ですが、この辺りでは鯉の姿焼きが普通だったんですよ」。
鯉には、飯田の『松岡屋醸造場』の醤油に、昨年収穫した山椒の実で作ったオイルを合わせ、爽快な後味に。冬は柚子、秋はシソの実のオイルなど、季節によってフレーバーを変える。
そんな郷土語りと共に供されたのは、鯉のお造り。口に含むと、清流を思わせるほど目覚ましく冴えた味わいに驚く。そして、追いかけてくる優しい甘さ。繊細な旨みの余韻が、細く長く続く。
「近くの『匠天龍鮎』さんが養殖している鮎は全国で一番とも言われるほど。その同じ南アルプスの地下水で育てた鯉を、捌きたてで提供します」。
添えているのは無農薬のチンゲン菜と、親田辛味大根。「辛味大根は、串原良彦さんという74~75歳の方が、長野最南端の下條村というところで育てているもの。標高が高く、赤土で、水分の少ないところで作られています。辛味がまろやかで、甘みもある。刺身のツマにもなりますよ」。
続いて供されたのは、「おやき」。言わずと知れた長野県の郷土料理だ。軽食として愛され、どこの土産店でも販売されている。
おやきは、コースの中で必ず提供する一品。中の具材は、春は山菜、秋は松茸など季節によって変わる。冬は猪とリンゴ。手前には辛子。
「長野県は、谷ごとに気候が違うため、さまざまな穀物栽培が発展してきました。なかでも、小麦を使用したおやきは北信で発展し、長野県全域に広がりました。今では、各地域によって焼き方や生地に違いがあります。こちらは、妻の祖母のレシピで皮を作っています。コースの中で提供しても重くならないよう、通常より半分くらいの薄皮にして、中には、醤油、酒、みりんなどで煮た猪と酸味のあるリンゴを入れています」。歯を入れると猪のキレイな脂や、凝縮感のある旨みと甘みがじゅわりと押し寄せる。
誇れる食材は持ち味を引き出して。家庭から遠ざかりつつある田舎料理は洗練の手を加えて。「文化になっているものって、一つの料理として研ぎ澄まされていると思うんです。地元の人間が脈々と受け継いでいかないと」。
真骨頂のジビエ料理
『柚木元』は“ジビエを供する日本料理店”としても名高い。
先の八寸にもツキノワグマが使われている。スネ肉を炊き、キクイモ、大葉を混ぜて揚げて木の枝を刺した「アメリカンドッグ」風。「よく動く部分なので、硬いし、匂いが強い。それを、ユニークな料理で親近感をもっていただけないかな、と」。ジビエはキクイモを好んで食べるとも、苦手だから山に植えて、人里に降りてこないようにするとも言われるそう。「ジビエとキクイモの関係って面白いな、と思って」あえて組み合わせたという。
椀は、3カ月~2年未満の柔らかくクセのない猪を、すり流しで。切り出した時に出る脂や赤身などの端肉を炊いて、フードプロセッサーにかけ、昆布だしを合わせるという。猪のタンを椀種にし、南信州のみで食べられるオコギという山菜で食感を加える。
「ツキノワグマや猪は、状態が良ければ脳みそもお出ししますよ」。針で毛細血管を取って血抜きし、小麦粉をつけて焼き、醤油で味付ける。クリーミーでクセがなく、とても美しい白子のような味わいだ。
「長野や岐阜は、ジビエの先駆。海がないこともあり、昔から山の肉を食べるんです。家で鹿刺しも食べるし、カモシカをもらうことも…。そんな食文化に触れていただきたくて」。
熊鍋(2名分)。冬は伝統野菜の「松本一本ねぎ」と共に。真夏に一度堀り上げ、別の溝へ植え直す「植え替え」という伝統的な栽培で甘いネギに育つ。
真骨頂は、年間を通して提供する熊鍋。「四季によって、その存在感を変えています。春は山菜、夏はスッポン、秋はキノコを美味しく食べていただくための熊鍋。冬は、熊自体を美味しく食べていただくための鍋です」。
熊の骨を砕き、白湯(パイタン)スープを取る。甘やかで旨みがありながらも澄んだスープに、針のように細く切った「松本一本ねぎ」を入れ、熊肉をしゃぶしゃぶに。クニクニとした熊肉に、ネギのシャキシャキ感が映える。
土鍋ご飯は、青首鴨。フライパンで油と身を炒めて調味料を合わせ、炊き上がり後に混ぜ込むことで、米の旨みも生きる。食感のいい、セリと共に。
ジビエは山の高地にいる方がいいという。低地にいるものは農薬をまいた野菜を食べていたり、温暖な環境にいるため菌を口にすることもあるからだ。標高400mよりも1000mにいるジビエの方が味はいいが、その分、希少。猟をするのが大変なのだ。足場が険しく、視界も悪い中、良質なエサを食べたジビエを見極め、急所を一発で仕留めないといけない。当然、仕入れはハイコストになる。
「高くても、いいものはウチに持ってきて、とお伝えしています。100頭に1頭のレベルのもの。そして、手を加えすぎずに美味しく仕上げる。獲った猟師さんの意志を尊重したいんです」。
“クラフトワイン”をペアリング
南信州の食文化の豊かさを表現した料理には、もちろん地産のアルコールを添わせる。ビールは『南信州ビール』、日本酒も飯田市の蔵のものが中心だ。
特に力を入れているのはワインで、奥様・宏美さんがペアリングを提案してくれる。
ペアリングワインの一例。すべて長野県産。ペアリング(5杯)9000円。左より、『Rue de Vin(リュー ド ヴァン)』のシャルドネから造られたデザートワイン「Vin doux “Koco”(ヴァン ドゥー“ココ”)2019」、『VOTANO WINE(ヴォータノ ワイン)』の白ワインの醸造方法で醸したメルロ「洗馬(せば)-K4 Blanc merlot(ブラン メルロ)2019」、『Ferme36(フェルムサンロク)』のメルロとシャルドネ、赤白のブドウを混ぜた「Yamano-Vin-Se(ヤマノ ヴァン セ)2021」、『Northern Alps Vineyards(ノーザン アルプス ヴィンヤード)』のシャルドネ「Chardonnay Oak(シャルドネ オーク) Premium2017」、『GAKUFARM&WINERY』の「Kar(カール)ピノグリ」。
「猪の椀や『おやき』には、『シャルドネ オーク』を。香りはハチミツのような甘い感じがありますが、味わいはフレッシュ。樽を上手に使っていて、スモーキーな感じや、竹炭のようなニュアンスもありますね。少し温度が上がると蜜っぽさが出てくるので、後ほどお出しする『おやき』の味わいにも自然に寄り添います。このワイナリーは、雪深く、スキーのジャンプ台もあるようなところにあります。アナグマバーグやツキノワグマの脳みそのお料理には『ヤマノ ヴァン セ』。白と赤のブドウを混ぜて作られた、2021年ヴィンテージのもの。フレッシュでヌーヴォーらしい溌剌さがあるんです。大町市という北部で、ご夫婦で造られているんですよ」。
宏美さんの説明からも、長野愛がたっぷり。ペアリングは、「印象に残るようにしたいので」2~3皿に1杯、グラスにたっぷりめに入れて提供する。
ここ数年で、長野県のワイナリーはどんどん増えている。「ちょっと前まで、長野のワインって淡泊なイメージがあったと思いますが、近年、ヨーロッパ品種も増え、味わいもどんどん洗練されています。小規模でチャレンジングなことをしているところも多い。“クラフトワイン”という感じで、気軽に楽しめるようになりました」。
一方、伝統野菜や農作物を育てる生産者や狩猟をする猟師は高齢化。ジビエも、長野が誇る“ピン”を扱える店も少ないが——お客の「美味しかった」を伝えることで、「もっと美味しいものを届けよう」と、保存や輸送方法などに工夫をこらしてくれる生産者も増えたという。
ワインであれ、農作物やジビエであれ。近年は『柚木元』が柱となり、南信州の食文化に誇りを持ち、次世代に繋ぐという動きができつつある。
「ウチのように安くない料理店で使うことで、地元のものの価値を高めたいんです。食べることを通して人と農や地域を結ぶことができる。結果、南信州だけでなく長野の多様な食文化や農業が次の世代へと継承されていくと嬉しいです」。
萩原さんの他に、奥様の宏美さん、パティシエの妹・春田奈々さん、奈々さんの夫・哲史さんなど、家族が中心となって営んでいる。「柚木元を支えてくれる、スタッフや洗い場さん、また生産者さん、納品業者さんも含めてみんなで『料理マスターズ』を受賞できたと思っています」。
2016年に建てた新館は7室すべてが個室。「お部屋ごとのもてなしを大切にしたいんです。こちらの想いや南信州の風習などをしっかり聞きたい方もいらっしゃれば、ライトに楽しみたい方もいらっしゃるので。お客様ごとに合わせたおもてなしができるのがいいですね」。
【住所】長野県飯田市東和町2-43-1
【電話番号】0265-23-5210
【営業時間】11:30~13:30LO、17:00~20:00LO
【定休日】不定休
【お料理】昼/平日3500円~、土・日曜、祝日4000円~、夜/夜会席4000円~、季節のおまかせ12000円~、特別なおまかせ20000円~。
https://yukimoto-hanare.com/
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