“日本料理との接点を広げる”新しい和食店のカタチ。東京・神楽坂『KOMB』
日本料理の修業は最低10年と言われる中、数年で独立する若手が増えています。今年3月、神楽坂にオープンした『KOMB(こんぶ)』の店主、原田アンナベル聖子さんもそんな一人ですが、経緯はかなり異色。コースには若い世代も共感できる要素を散りばめながら、骨董の器など古き良き伝統もさり気なく潜ませ、他にも、ケータリングやお弁当、通販、そして料理教室とさまざまな場面で和食との接点を用意。東京で芽を出したばかりの新しい和食店のカタチを紐解いていきます。
8800円のコース1本、平日は6人以上で貸し切り営業
東京・神楽坂の小さな飲食店が肩を並べる裏路地。ビルの陰に隠れるように店はある。名は『KOMB』。白い暖簾の片隅に控え目な文字で「こんぶ」と書かれているだけ。店主は神楽坂の懐石の名店で修業したと聞けば、和食に不慣れな客は、暖簾をくぐるのに勇気がいる。それゆえ、内装に心を砕いた。
空間デザインを担当したのは、ヨーロッパと日本で活躍するデザインチーム。ハードルが高くなりがちな印象を払拭するため、和に偏りすぎない空間に。また、ケータリングや料理教室など、さまざまなニーズに合わせてアトリエ的な使い方もできるようにと依頼した。
暖簾のかかる入口は、引き戸ではなくドア。店内に入ると、スコーンと開けたオープンキッチンと、栃の木を用いたカウンター。今どきの空気をまとったシンプルなインテリアで、カジュアルな雰囲気を生み出している。
カウンターから一段下がったキッチンのテーブルトップは、ステンレスでは冷たい印象になるからと、白いセラミックの天板に。それだけで、店全体が柔らかな雰囲気に包まれる。
店主は、原田アンナベル聖子さん。つつましやかな若い女性だ。彼女が料理を担当し、あとは手伝いのスタッフが一人という構成で運営している。
料理は「月に一度来ていただけたら」と、昼夜ともに8800円のコース1本のみ。メニューは月替わりで、はじめの一杯の後、先付け、前菜、お椀、酢の物、焼き物、鍋、土鍋ごはんと7品の料理が続く。
このコースの提供は、金曜から日曜のみ。平日は6名以上なら貸切可能(営業日も8名以上で可)というスタイルだ。店の営業と並行して、ケータリング、お弁当、通販、料理教室などを随時行っている。多角的ともいえるが、自分のできる範囲をわきまえ、無理なく取り組んでいる。
カウンターに一人ずつセットされたお品書き。この日の「はじめの一杯」は宮崎〈宮崎茶房〉の有機白烏龍茶(日によって変更あり)。口の中をリセットし、自然と料理に向かう気持ちが整う。
“レストラン兼アトリエ”というカタチ
店主の原田さんは、福岡の和菓子の名店に生まれた。
幼い頃から食や食材に興味を持ち、長じては祖母の影響もあって器好きに。大学時代、神楽坂の懐石の名店『懐石 小室』でアルバイトを始める。大学ではIT系を専攻していたが、性に合わない気がして、2011年卒業と同時に『小室』へ入社する。
2年間、みっちり懐石料理の基本を学ぶ。毎日、目が回る忙しさだったと言う。その後、お弁当やお茶事、おせちの手伝いをしながらサービスを1年経験。休日に友人を集めて、試しにやってみた料理教室が面白く、「料理教室やケータリングで生活できたらいいとは思っていましたが、大人数に教えないと成り立たないことも分かりました」。この時点では店を持つ気はなかったという。
その後、『とらや』のリニューアルに向けて、『虎屋菓寮』のコンサルティングとして関わり、メニュー開発及びスタッフ育成、オペレーションのディレクションを任される。オープンと同時に『虎屋』に入社し、3年半働いた。
「スタッフは料理未経験者ばかり。“美味しさ”を追求する前に、言われたことを言われた通りにやるのが大事だと思う人がほとんどでした。仕事は正確なのですが、食材の状態に合わせた柔軟さを求めるのは難しく、その点では苦労しました」。けれど、何事も経験。学びが多かった。
集団調理に従事するうち、自分のやりたいことを実現する“場”を持ちたいと思うようになる。それは、一般的に考える“店”とは違っていた。
「レストランだけをやるのはイヤだったんです」。
料理教室やケータリング、コンサルティング、通販…と、幅広く食に関わっていきたい。そんなことを考えていたら、コロナ禍に。飲食業界はそれまでのやり方を変更せざるを得なくなっていた。
「もしかして今なら、週末だけのレストラン営業、平日は幅広く自分のやりたいことに取り組むといった形も、周囲にすんなり受け入れられるのではないかと思うようになりました」。
そして2022年3月、神楽坂にレストラン兼アトリエのオープンを果たした。
1人分以上の働きをしてくれる厨房機器との出合い
『虎屋菓寮』の厨房で出合ったのがスチームコンベクションオーブンだった。
当時、和食の厨房で使っているところはほとんどなかった。場所もとる。しかし、導入してよく分かった。的確な温度、湿度、時間で、思い通りに働いてくれる。「料理人1人分以上の働きをしてくれます」。
焼売や茶碗蒸しを蒸すのはもちろん、肉の下ごしらえに低温調理を使ったり、野菜を下蒸ししたり、味噌汁のだし用に加える魚の骨を焼いたり。小さな店こそ、ありがたい存在となっている。
秋らしい前菜。小布施の栗の渋皮煮、かんぱちの焼き物・自家製柚子胡椒風味、しめじの菊花和え、いちじくの天ぷら、松葉銀杏、落花生の山椒煮、じゃこと葉唐辛子煮、さつまいもと蓮根チップス。「すべてに価値があるかどうか分かりませんが、器はすべて骨董です」と原田さん。
コースにプラスできるアラカルトメニューもある。「じゃこ山椒煮とどんこのうま煮」、「KOMBの生姜がり」など。人気は「季節の焼売」。焼売がメニューにあるというだけで場が和み、店にも料理人にもぐっと親近感が湧くから不思議だ。
秋バージョンは舞茸と蓮根入り。春はふきのとう、夏はセロリ、冬は春菊入りとなる。焼売は、研修に行った清澄白河のモダン中華『O2』で教わったもの。宮崎の霧島三元豚の粗挽きと細挽きをミックスして使用。おかわりする人もいるそう。
焼売はお土産も可能。熱々で供される季節を感じる焼売の人気は高い。器はアンティーク。普段、なかなか古いものに触れることのない若い客に喜ばれている。
日本酒もワインも、ナチュール系のワインバーで見かけそうな若々しいラインナップ。右端のボトルはドイツのロゼ。
静から動へ、ダイナミックな炭火の活かし方
コースの料理は、目で耳で舌で季節を感じてもらいたいと、仕込みはある程度まできっちりしておき、客の目の前で仕上げるスタイルだ。その際、炭火の焼き台や水コンロが、ライブ感を盛り上げる立役者となる。それまで“静”な感じで進んでいたコースが活気を帯び、客は店主の手元に釘づけになる。
秋は、キノコ採りの名人が山の幸をどっさり届けてくれる。この日は、黒皮茸を炭火で丁寧に焼く。
ある日は牛肉をタレに浸けてさっと炭火で炙る。また、ある日は白身魚をふっくら焼き上げる。鼻孔をくすぐる香りに、ぐっと食欲が増す。さらにその炭火に土鍋をかけ、ある日はクエと野菜をさっと煮て供する。またある日は、かすみ鴨のつみれと香茸と、日によっても組合せが異なる。
かすみ鴨をタレ焼きにし、黒皮茸と盛り合わせて。「かすみ鴨は脂がすっきりしていて使いやすいんです」。
お弁当、通販も柱、多角的に食をとらえる“場”に
オンラインショップは、お弁当と、梅の蜜煮や栗の渋皮煮、柚子胡椒といった自家製瓶詰めが主体。季節ものが中心なので完売するのも早い。
料理教室は、6人という少人数で、4品のおかずとメイン、ご飯という流れでデモンストレーションをし、皆で食事をするというスタイル。ランチを食べに来る感覚で申し込む人も多いそうだ。
「すき焼き弁当」3000円、「季節のお弁当」2000円と「鶏そぼろ弁当」1700円があり、プラントベース(植物由来の材料のみ使用)のバージョンも用意(10個以上からの受け付け)。おせちの予約も受け付けている。詳しくはHPにて。http://komb.jp/
店を持つ=自分の料理で客をもてなす、という有り様だけでなく、多角的に食をとらえる“場”としての店舗にしたいという店主。お弁当やケータリング、通販と、自分ができる範囲で手を広げているのは、「東京まで来づらい地方の人や、外食ができない人たちにも、和食のファン層を広げられたら」と考えているからだ。
懐石を学びながらも、店を開くまでの紆余曲折の中で視野が広がったこともあって、“和食店はこうあるべき”と縛りにとらわれず、かといってハミ出しすぎず、自分らしさを貫く。また、プラントベースのお弁当やケータリングを手がけるなど、きちんと食の未来を見据え、これまでになかった和食店の新スタイルを築きつつある。まだまだ、のびしろがありそうだ。
【住所】東京都新宿区若宮町5
【電話番号】03-3528-9894
【営業時間】12:00~(土・日曜)、18:00~(金・土・日曜)、平日は6人以上で貸し切り営業
【定休日】不定休
【お料理】コース8800円、一品700円~。ビール800円、ワイン・日本酒・焼酎(グラス)各1000円、お茶800円~。
【公式サイト】https://komb.jp/
【Facebook】https://www.facebook.com/profile.php?id=100076215533064
【Instagram】https://www.instagram.com/komb.jp/
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