日本料理のことば

氷室(ひむろ)とは? 意味や歴史、日本料理との関わりを解説

献立に登場する「氷室和え」や「氷室見立て」。日本料理で使われる「氷室(ひむろ)」には、どのような意味が込められているのでしょうか。氷室とは、冬にできた天然の氷を夏まで保存しておくための施設です。その記述は『日本書紀』にまでさかのぼることができ、以降、人々と氷との関わりはどのように変化していったのか。そして、氷室の節句としての定着や、料理に受け継がれる涼の表現へと、どのように広がっていったのでしょうか。「氷室」という言葉を軸に、日本人と氷の長い関わりをたどります。

文:「辻󠄀静雄料理教育研究所」今村友美 / イラスト:松尾奈央(Factory70) / 協力:辻󠄀調理師専門学校

目次

夏に涼を届けた「氷室」の知恵

氷室とは、冬にできた天然の氷を夏まで貯えておく室(むろ)のことです。かつては寒冷地で採取するか自然の寒さで池に張った氷を切り出し、山陰に深く掘った穴に入れて茅などで覆い、貯蔵しました。氷は朝廷に献上され、江戸時代には将軍や大名も利用したといいます。氷は簡単に手に入るものではなく、「夏に氷を口にする」というのは、ごく限られた人たちだけに許された贅沢でした。


歴史書に見る、「氷室」の記録と広がり

氷室に関する古い記録は、『日本書紀』に見られます。仁徳天皇の皇子・額田大中彦(ぬかたのおおなかつひこ)が、奈良市郊外にある「闘鶏(つげ)」の地で狩りをした際、氷室を発見し、その氷を天皇に献上したと伝えられています。これをきっかけに「採氷・貯蔵・分配」の制度が整い、氷の管理や運搬を担う役所も設けられました。極寒の日、それもおそらく夜に水を繰り返し撒いて氷池に厚い氷を作り、塵が入らないよう細心の注意を払う。その作業は、想像するだけでも過酷です。

平安時代中期の『延喜式』には、氷池と氷室が設置され、貯えられた“供御(くご)の氷”が陰暦4月から9月末まで高貴な人たちに配られたことが記されています。氷は位の高い人から配給されたため、他の記録には、おこぼれにあずかった人々の喜びや、配給量が減った際の不満まで残されています。一度夏の氷の冷たさを知れば、その魅力を容易には忘れられなかったのでしょう。

氷は貴重なものでありながら、今と同じように人々の食と深く結びついていました。夏場には生鮮食品の保存に用いられたほか、水や酒を冷やすためにも利用していました。
古記録や王朝文学には、夏に氷を食べる場面が数多く登場します。『枕草子』には、削った氷に甘葛(あまずら)という甘いシロップをかけた“かき氷”を楽しむ様子が描かれています。この氷はもちろん氷室から運ばれたもの。金属製の器にさじが触れるたび、高く澄んだ音が響いたことでしょう。いかにも涼やかな光景が思い浮かびます。


「氷室の節句」に託した無病息災

しかし、平安時代に栄えた氷室の制度は次第に縮小し、戦国時代には官営氷室も停止されます。それでも、陰暦の六月朔日(6月1日。今の7月1日頃)の行事は残りました。氷が手に入らない時代には、「氷餅」や「氷砂糖」がその代わりとして用いられるようになります。

この陰暦6月1日は「氷室の節句」です。「氷の朔日(ついたち)」とも呼ばれる日です。
一年の折り返しに当たることから、準正月や二度正月として祝う習俗もありました。正月に搗いた餅を薄く切って寒気にさらし、カチカチに乾燥させた氷餅を食べたり、歯固めなどの正月行事を繰り返したりして祝いました。農作業がひと段落し、本格的な暑さを迎える頃。人々は氷にあやかり、残り半年を健やかに過ごせるよう願ったのでしょう。


よみがえった「献氷」の文化

氷室の文化が再び浮上するのは、安土桃山から江戸時代にかけてです。夏の氷は将軍への献上品となり、氷餅も縁起物として納められるようになりました。
とりわけ加賀藩が、六月朔日の「氷室御祝儀(賜氷の節)」に、徳川幕府へ氷室の氷(雪)を献上したのはよく知られます。同時に、宮中行事や民間では、氷餅を食べて祝う形が定着しました。
ちなみに、六月朔日に江戸将軍に献上された富士山の氷は、到着時にはわずか6%ほどしか残っていなかったといわれます。人手をかけ、徹夜で担いで運んでも、残るのはほんのわずか。それほど夏の氷は貴重で、権力や豊かさの象徴でもありました。

料理に受け継がれる「氷室」

現代において日本料理で「氷室」の名を用いる時は、食材を角が立つように切ったり、鋭角部分を切り落として変形の四角形や五角形に仕立てたりして、切り出した氷に見立てます。
また、たっぷりの大根おろしで和え、雪が降り積もった景色を表現する「氷室和え」という料理もあります。もちろん、粗く砕いた氷を盛りつけることもあり、いずれも夏らしい表現です。

こうした「氷室」の表現には涼感の演出や暑気払いの意味をこめるだけでなく、氷に対する憧れや苦労して守り伝えてきた歴史に思いを馳せることで、その趣は一層深く感じられるのではないでしょうか。

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