特集

【レシピ付き】奈良『白』による、日本最古の柑橘・大和橘の料理 Vol.1菓祖橘 宝来餅編

大和橘(やまとたちばな)は、日本固有の原種であり、最古の柑橘と言われています。他にない、奥ゆかしい香りと清冽な酸味、苦味が特長。準絶滅危惧種に認定されていますが、数年前より奈良の地にて植樹・育成が進められ、その存在は料理人の間でもじわじわと認知されてきています。今回は、大和橘をいち早く料理に取り入れた奈良の日本料理店『白(つくも)』の西原理人(まさと)さんに、食べ頃を迎えた大和橘を使った料理を2品、作っていただきます。まずは、お菓子の宝来餅から。歴史や文化を料理に映す表現力にも注目です。

文:阪口 香 / 撮影:Rina

大和橘が生きる料理とは

その歴史は2000年も昔からと伝わる大和橘

奈良の風景や習わし、行事などを皿の上に表現することを得意とする『』の店主・西原さんは、出合った瞬間、衝撃が走ったという。

「すこぶる付きの歴史に感銘を受けました。そして、邪を払うような鮮烈な香り、きれいな酸味に苦味。甘さが少ないのも、料理に使いやすいポイントです」。

『白(つくも)』店主・西原理人さん西原さん(右)自身は、九州生まれ東京育ち。京都『嵐山𠮷兆』で修業の後、ニューヨーク、ロンドンと世界で研鑽を積み、「多くの日本文化の起源がある奈良」に魅せられ、2015年、JR奈良駅近くにて開店。21年6月にならまちへ新築移転。左は『京都𠮷兆』で修業の後、西原さんの料理に魅せられ、22年7月より同店に入店した髙田幸季さん。

四季折々、大和橘の使い方

「大和橘は5月初旬に新芽が出て、間もなく花が咲きます。夏には青い実を付け、11~12月頃には熟して黄色い実に。それぞれ時季ごとの風味を生かしながら調理します」と西原さん。

山椒と同じミカン科のため、新芽はそのまま木ノ芽のように使ったり、Vol.2で紹介する橘葉胡椒にしたりと、爽やかな香りを添えることができる。花は砂糖漬けにしてお菓子に添えると可愛らしい。青い実は苦みがかなり強いので柚子のようには使えないが、小さなサイズの時に実をごく薄くスライスし、脂がのった肉類の焼き物に添えたり、揚物など油との対比に使用するといいという。黄色く熟すと様々な料理やお菓子など、バリエーション豊かに使えるようになる。

「なるべく加工はせず、フレッシュな状態で使うようにしています。黄色い実を蜜煮にしても美味しいとは思いますが、産地という場所だからこその料理を楽しんでいただきたいので」。実は店先には数本の大和橘の木を植えており、調理直前に葉や花を摘むこともあるという。

大和橘の青い実と黄色い実左/夏場の青い実は、鋭く凛とした香り(撮影:岡森大輔)。右/実は直径3~4㎝ほど。1つに8~10房ほど入っている(撮影:北尾篤司)

大和橘の歴史を料理で表現する

普段から歳時記を読んだり、史跡を訪ねたりと地道に知識や経験を積み重ね、同時に、日々の営業の中でお客が「これ、知ってる?」と教えてくれることにも耳を傾ける西原さん。

「例えば今年なら、春日大社の若宮社で20年に一度の式年造替が執り進められておりました。それに伴い、普段は神職しか入ることができない若宮内院に入って砂を納める“お砂持ち”があるというのを聞き、参加しました」。

蓄えた奈良の歴史を、いかにして料理に映し出すのか——。「象徴的な形を模すこと以上に、“形ないもの”をいかに解釈し、表現するかが重要だと思っています。奈良は古くに都があったことからも記録されているものが多々あり、文献や歌など文書として残っています。新たな料理を生む発想の原石が多く埋まっています。そのアイデアを2つ以上掛け合わせる事で、一層個性が現れて、人を惹きつけられる料理に仕立てられるのではないかと思っています」。


大和橘においては、万葉集に記載され聖武天皇が賛辞を詠った「橘は 実さへ花さへその葉さへ 枝(え)に霜降れど いや常葉(とこは)の樹」や、古今和歌集に「五月待つ 花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする」など多くの歌が残されている。ちょうど白い花の蕾を付ける5月、東大寺で行われる聖武祭に合わせ短冊に歌を記してお菓子“花橘”に添えることもあるという。

菓子の祖神が眠る古墳を模した「菓祖橘 “宝来餅”」

大和橘を使った宝来餅

「正月にご提供する定番の主菓子が、宝来餅です。橘を常世(とこよ)の国から持ち帰った田道間守(たじまもり)が眠るのが奈良市の垂仁天皇陵。別名・宝来山古墳とも呼ばれており、縁起の良さから命名させて頂きました。橘は日本におけるお菓子の起源とされていて田道間守は祖神として垂仁天皇陵の濠(ほり)に浮かぶ小島に祀られ、御陵前には持ち帰ったと伝わる橘の木が植わっている。

「前方後円墳を地上で真正面から見るとこんもりした形に見えます。そのシルエットを求肥の餅で、田道間守が祀られる小島を大和橘の実を模した練切りで表現します」。

大和橘の果皮・葉・房で、多層的な味わいに

大和橘の房を果皮入りの白あんで包み、求肥でふわりとくるんだ宝来餅。「柔らかな餅を食べ進めるうち、房がプチンと弾け、果汁が溢れる。儚くも房は1粒だけ入れることで、その味や存在がフォーカスされると思うのです」。

お菓子においても“フレッシュな味”を大切にするため、ご飯を供した後に一つずつ客前で仕立てる。もちろん、加工したものは使わない。

大和橘の味わいを引き立てるため、あんのベースは豆類ではなく百合根で作る。そこへ合わせるのは和三盆と白味噌。「お正月のお菓子ということもあって白味噌を加えます。とはいえ、『白味噌が入っているな』と感じるほどは入れず、塩分で味を締めるイメージです」。

大和橘の皮は針切りにして加える。「微塵切りにした物を混ぜると、あん全体が“橘味”になってしまいます。それより、嚙んだ時にしっかり香りを立たせたいです」。逆に大和橘の実を模した小さな練切りは果皮を擂(す)り込んだものを加えることで、その存在感を視覚的にも、味覚的にも際立たせる。

房と共に刻んだ若葉を包むことで、爽やかな風合いを添える。大和橘の多彩な表情を丸ごと味わえる、美事な一品だ。

「菓祖橘“宝来餅”」レシピ

この記事は会員限定記事です。

月額990円(税込)で限定記事が読み放題。
今なら初回30日間無料。

残り:427文字/全文:2995文字
会員登録して全文を読む ログインして全文を読む

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事特集

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です