白(Tsukumo)奈良の歴史や文化、風景を映す日本料理店
郷土料理とも、地産地消とも違う。その土地の歴史や文化を学び、自身の料理に映した“地元礼賛”の和食。それをオリジナリティーとして打ち出す日本料理店が、奈良で話題を集めています。『白(つくも)』の開店は2015年。奈良の風景や習わし、行事などを“景色”として表現する美しい料理が注目の的に。そして、21年6月、ならまちへ新築移転。舞台を整え、満を持して発信する“大和礼賛”は、この数年で驚くほどの進化と深化を遂げていました。
日本の原点、奈良に店を構える
店主は西原理人(まさと)さん。高校卒業後、京都『嵐山 𠮷兆』で10年、またニューヨークの精進料理店で料理長を3年勤め、さらにロンドンの日本料理店で3年。この6年の海外経験で、日本を俯瞰する目を養い、母国への愛を深めたという西原さんは、奥さんの知子さんの出身地・奈良での独立開店を決めた。「奈良は、日本最古の地であり、原点。シルクロードの終着点として栄えたコスモポリス・大和に大きな魅力を感じました」と話す。
2015年、JR奈良駅のほど近くに構えた店は、ハイツの中の居抜き。当初より、「3年で移転する」と目標を掲げていたが、移転が成ったのは本年2021年6月。というのも、ならまちに場所を見つけてから、新築工事に2年の月日を費やしたためだ。
静かなならまちの一画に建てられた一軒家は、派手すぎず街にとけ込むよう。玄関先には、大和橘(やまとたちばな)の木が植えられている。「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)、つまり不老長寿の実とされた橘は、日本最古の柑橘だそうです」。大和の歴史を物語るようなこの植物は、西原さんのお気に入りだ。
栗の木のカウンターがほの明かりに浮かぶ店内。
扉を開けると、暗い廊下。その先に広がる空間では、天井、壁などに少しずつ彩度の異なる和紙が貼り巡らされている。和紙作家・ハタノワタル氏の作品だ。施工は旧店舗と同じ『北条工務店』の仕事。「この5年、定期的に食べにも来てくださっていたので、客観的に見た『白』らしさを提案していただけました」と西原さん。例えば、バックカウンターの不思議な肌合いの壁は、「西原さんの辿った経歴を表現しましょう」と、故郷・福岡や修業先の京都、ニューヨークのセントラルパークの土など、西原さんの想い出の地の土を入れている。
和紙や土壁、木肌の作る柔らかな雰囲気と、少しの緊張感と共に非日常性を感じさせる空間。「スゴイ舞台が出来たなと思っています。プレッシャーより、この先ずっと料理人として生きていく自分に、伸びしろをもらったような気持ち。ここで何ができるか自分でも楽しみです」と西原さん。
奈良の歴史や文化を深掘り、独創的な料理に
料理はコースのみ。その料理は、驚くほど手が込んでおり、独創性に満ちている。これまでも、「掘り下げていくことで新しい何かを創りたい」と、奈良の歴史や風物を勉強し、それをテーマにした新しい形を創ってきた。1月は橘を使った宝来餅を。3月は東大寺・二月堂のお水取り、5月は氷室神社の献氷祭りにちなんだ料理を供するなど。
移転後の8月の料理もユニークだ。前菜は、奈良県五條市出身の花火師・鍵屋弥兵衛に引っ掛けて、夜空に上がる打上花火を、色とりどりの野菜で表現。数年前にも出したが、余りにも時間が掛かるので封印した一品だ。「でも、これを食べさせたいと人を連れてきてくれる常連さんもいらっしゃるので」と再登場。
八寸に代えて。吉野川・五條の花火大会を題材にした一品。
ベースは金糸瓜だ。花ズッキーニでひゅるひゅると夜空に昇っていく様を、夜空に咲く火の花は、オクラ、赤白大根、茗荷、ズッキーニ、紫ジャガイモ、プチトマトなどで丁寧に描き出す。トビコ、球状の海草麺などを散らし、そのプチプチした食感で弾ける音を、さらに底に潜めた焼き茄子が、火薬の匂いまでイメージさせるという凝った趣向だ。
「八寸代わりです。元々八寸は大好きですが、そのために7~8品分の材料を揃えるより、もっと自由にやりたいなと思って」。
懐石や精進料理の基礎があるからこそ、崩す自由も獲得したのか。「コース全体に水分量が多いときは椀を省いたこともある」というほど、型に嵌(はま)らない。
また、虫養いの「吉野茶漬け」も面白い。吉野で800年前から作られていた鮎の熟れずしを、滋賀県の鮒ずしの老舗『魚治(うおじ)』に依頼して再現した。
吉野茶漬けと命名した一品。コース半ばに出す虫養い。
「ワタ入りとか、熟成度とか、いろいろ試してようやく完成しました。ワタを取って40日以上常温熟成したものを使っています」。少量のご飯に熟れずしを潜め、上に炭火で焼いた鮎、蓼の葉の素揚げをのせる。鮎の骨で取っただしをかけて食す。乳酸発酵した飯の酸味が旨い。器は、黒漆に朱で大きな柄が描かれた吉野椀。「昭和の時代には田舎臭いと言われたものが、令和の今は1周回ってステキに見える気がして」。日常雑器のぽったりした椀が可愛い。
吉野川・五條の花火大会と同じ日に行われる灯籠流しを題材に。行灯大根で演出する焼き物。大和丸茄子の上に鰻の蒲焼き、吉野の梅干しの含め煮と吉野の実山椒、大和当帰(やまととうき)の素揚げを添えて。
一体どこから発想が生まれるのか。西原さんは「花火を邪(よこしま)な目で見てるんです」と笑うが、インプットしている奈良の歴史や伝承、文物、年中行事の蘊蓄は、もはや地元民も驚かせるほど。その探求心に加え、「アイデアに自分の料理技術が追いついてきた」ことで、『白』の世界は今後ますます大きく開花するだろう。忘れられない“奈良の記憶”が、ここから生まれる。
▼『白』の料理レシピ、料理の考え方に関する記事は以下からご覧ください
【レシピ付き】日本最古の柑橘・大和橘の料理 Vol.1菓祖橘 宝来餅編
【レシピ付き】日本最古の柑橘・大和橘の料理 Vol.2飛鳥橘醍醐鍋編
連載「世界No.1フーディー浜田岳文×和食を“変える”料理人」
Vol.1 奈良のストーリーを紡ぐ料理人
Vol.2 ストーリーある料理の作り方
Vol.3 和食のタブーを考える
【住所】奈良市紀寺町968
【電話番号】0742-22-9707
【営業時間】12:00入店、18:00入店
【定休日】月曜、火・金曜昼、月末最終日
【お料理】コース22000~33000円。
【公式HP】http://tsukumonara.com/
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