産地ルポ これからの和食材

奈良に育つ、日本最古の柑橘・大和橘(やまとたちばな)

直径3~4cmほどの、小さな柑橘・橘。見慣れないようでいて、500円玉の裏には竹と共にデザインされていたり、京都御所の紫宸殿(ししんでん)前の「右近の桜、左近の橘」や、それにならった雛壇の飾りにも、この橘が登場します。しかし、近年では和歌山や三重など、温かい地域の海岸近くの山地にまれに自生するも、ほぼ収穫できない状態でした。その橘を、奈良で復活させようとする人物が登場。その「大和橘」は、他の柑橘にない風味から、じわじわと料理人の間で注目を集めています。

文:団田芳子 / 撮影:北尾篤司

目次

城 健治さん。昭和23年、奈良生まれ。銀行に勤続40年、役員まで務めた。郡山商工会議所で地元の土産物を作ろうと名産品を探す中で橘に出合い、「なら橘プロジェクト推進協議会」を立ち上げ、会長に就任。植樹、生産、採集、商品開発に取り組んでいる。
大和橘を植樹した畑は、天理市、山の辺の道沿いの風致地区にある。香具山、畝傍(うねび)山、耳成(みみなし)山からなる大和三山、二上山に囲まれた大和の田園風景を見渡せる素晴らしい景観。「2000年前と変わらない風景ですよ」と城さん。
鈴なりになる橘。「巫女さんがシャンシャンと振る神楽鈴は、昔は橘の枝だったんじゃないかという説があります」と城さん。実の収量は年によって異なるが、2021年現在は3トンほど。

日本最古の柑橘よ、蘇れ!

それは初夏のこと。「ほら、これ食べてみて」。冴えた黄緑色の若葉をプチンとちぎって差し出したのは、城(じょう) 健治さん。言われるまま口元に持っていくとハッとするほど鮮烈な香りが。爽やかな柑橘系だが、レモンやミカンにはない、邪をはらうかのような清らかで凛とした香気。嚙んでみると思いの外、柔らかい。「きれいな苦み」。思わず呟いたら、「そう! この香りと苦みが大和橘の個性です」。

銀行員時代から地域活性の仕事に携わっていた城さんが、橘と運命的出合いを果たしたのは、2011年。「古来、奈良に橘という柑橘があり、菓子の業界は神としてまつっている」という老舗菓子舗店主の一言から。

橘は日本の固有種だ。2000年の昔、垂仁天皇の忠臣・田道間守(たじまもり)が、常世の国から不老長寿の妙薬として持ち帰った——と、神話のような物語が伝わる。香り、常緑の力、種子が多いことから子孫繁栄の象徴ともされ、殊に女性を魅了。「万葉集」に70首も詠まれている。「調べるほど橘の虜になっていきました」と城さん。「戦前は山裾にいくらでも野生の樹が生えていたらしいですが」、硬くて細い木は炭にするのに良いと、どんどん伐採された。「我々が橘の木を探した時、自然のものは300本のみで準絶滅危惧種に認定されていたんです」。



“日本らしさ”を創出できる食材

日本の歴史に大いなる意味を持ち、奈良との関わりも深い橘。これを復活・再生して、地域活性を——。城さんは仲間達と三重県答志島に自生する大和橘の実を持ち帰り、植樹を開始した。2014年には「なら橘プロジェクト推進協議会」を発足。慣れない栽培に試行錯誤しながらも植樹会員を増やし……。4年の後。「鈴のような実がなって、嬉しくて」、知り合いの料理人に配って歩いた。ところが、10人が10人とも「こんな苦いのアカン。使われへん」。真っ暗闇に突き落とされた城さんに「光をくれた料理人がいます」。食通を奈良にググイッと惹きつけた日本料理『白(つくも)』の店主・西原理人(まさと)さんだ。

九州生まれで東京育ち、京都『嵐山𠮷兆』で修業の後、ニューヨーク、ロンドンと世界で研鑽を積み、「多くの日本文化の起源がある奈良」に魅せられて暖簾を掲げた人だ。「奈良を感じさせる食材に、いつか出合えたらいいなと思っていた」という西原さん。橘の香りに「ブルッと電気が走った」と言う。それは原種の持つ力だ。「日本は柑橘を甘く品種改良しますが、料理人にとって甘みは邪魔。橘の苦みと唯一無二の香り。この個性を引き出すのが料理人の仕事です。使い方を考えるのが楽しい。おまけに、すこぶるつきの歴史もありますしね」。

西原さんは、「新芽、花、青い実、熟した黄色い実。時季によって風合いを変えながら1年中使えます」と言う。鴨肉と共に青い橘の葉を燻して香りを纏わせたり、白あんの中に小さな完熟した実の一房を忍ばせた和菓子・宝来餅に仕立てたり。橘の苦みと清涼感を巧みに生かしている。

➡『白』の大和橘を使った料理は「大和橘の料理 Vol.1菓祖橘 宝来餅編「大和橘の料理 Vol.2飛鳥橘醍醐(だいご)鍋編」でも公開中!

他にも、城崎温泉の創業160年の老舗旅館『西村屋』では、「天然黒鮑のたちばな鍋 のどぐろ茶漬けセット」を考案。常務取締役の池上桂一郎さんは、「但馬には中嶋神社という田道間守命(たじまもりのみこと)がまつられている神社(総本社)があり、地元の菓子店では橘を使ったスイーツや和菓子が販売されていました。宿として何かするなら、料理に使おうと」、探すうちに城さんに繋がったとのことで、2021年6月に商品化。橘は切らずにそのまま鍋に入れ、まるで柚子風呂の風情。香りや爽やかな風味が黒アワビに移り、よりアワビを美味しくいただけるのだそう。煮込んだ後は皮ごと美味しく食べられる。限定100セットは6月中に完売した。次回は22年4月から、販売数も増やす予定とか。

また、スイーツ店では、兵庫・三田の『エスコヤマ』や大阪・帝塚山(てづかやま)『ポアール』が、コンフィチュールやタルトなどを商品化している。
和風香辛料の老舗『やまつ辻田』の四代目、辻田浩之さんも、その存在に興味津々。「とりあえず今年の収穫分から30㎏をもらうことになっています。橘の皮、搾り汁、どんな風に生かそうかと考えてワクワクしてます」と話す。

「大和橘は海外に発信できる食材。奈良というより国を挙げて、日本の食材として紹介したい」と城さん。『白』の西原さんも「大和橘は、日本の心そのもののような奥ゆかしい香りと、清冽な苦みと酸味を持っています。僕たち料理人が『日本らしさとは』と振り返ったところに大和橘がある。近年、諸外国で日本の香りと謳われている柚子と並び立つ存在になっていくはずです」と橘のポテンシャルに大きな期待を寄せている。


『白(つくも)』
【住所】奈良市紀寺町968
【電話番号】0742-22-9707
【営業時間】12:00~12:30入店、17:30~19:00入店
【定休日】月曜、火曜昼、月末最終夜、毎月1日昼
【お料理】昼/一汁三菜5500円~、夜/16500円~。個室はサービス料10%別。

夏場の青い実の、より鋭く凛とした香りも素晴らしい。(撮影:岡森大輔)
「葉先がハート型なんですよ」と城さん。これは山椒の葉と同じ。ミカンやレモンなど柑橘類の葉先は尖っている。「橘は山椒の従兄弟か、はとこなのかも。ピリリとした刺激的な香りが似てるでしょ」。
種から植えた実生の橘の木は、なぜか葉がくるりとカールするのだそう。この木が実を付けるのは数年後。接ぎ木から育てると翌年には実を付ける。
西原理人さん。2015年、JR奈良駅近くにて『白』開店。2021年6月ならまちへ新築移転し、奈良の歴史と文化に想を得た独創的な料理にますます磨きが掛かっている。(撮影:Rina)
『白』西原さんによる、「東大寺・二月堂の古材の上、お水取りの御香水を添えて」。倭鴨(やまとがも)の胸肉と大和橘の枝葉を共に焼き、香りも楽しませる。上には飴煮にした橘の実。(撮影:岡森大輔)
「なら橘プロジェクト推進協議会」が商品開発した「橘こしょう」。2018年の料理マスターズ倶楽部第6回大会でマスターズブランドの認定を受けた。1瓶40g1080円。青唐辛子と橘の皮に塩麹を加え、2週間発酵させたもの。HPでは他にも大和橘の葉や実、ドライにした実などが購入可。

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