村田吉弘さんの「京のひとり言」

第一回:料亭の楽しみ方

和食文化を後世に伝え継ぐ活動を続け、ユネスコ無形文化遺産登録に尽力した料亭『菊乃井』の三代目主人・村田吉弘さん。このコーナーでは、「京都はコワい」と思わしめる、知ってるようで知らない文化や、京都人のホンネについて教えていただきます。まずは村田さんが営む、料亭での気遣いや設え、役割について。


村田吉弘(むらたよしひろ):1951年生まれ。『菊乃井』三代目亭主。現在、店舗は『菊乃井 本店』『露庵』『赤坂 菊乃井』『無碍山房』を展開。そのほか、百貨店やオンラインショップでも商品を販売する。2012年、現代の名工として厚生労働大臣表彰、13年、京都府文化賞功労賞受賞。17年、文化庁長官表彰、18年、文化功労者に選定される。

聞き書き:西村晶子 / イラスト:得地直美

料亭はハレの日の飯屋

京都の「料亭」は東京みたいに構えてなくて、イメージはみんなの料理屋。町衆と同じようにあるべしという考え方があるからお客さんも『菊乃井』やったら「菊乃井はん」、『瓢亭』やったら「瓢亭はん」て呼びはる。お宮参りに始まって、七五三や成人式、還暦、喜寿、米寿のお祝いや法事などの人生の節目節目に使ってもらうところ。接待で密談したり、芸者付きでなんぼという、悪の巣窟(笑)とは違うねんな。

料亭ってどんなとこですか? と聞かれたら、僕はいつも「基本は飯屋」と答えてる。特定一部の人の施設ではなく、普通の人がハレの日に贅沢しよかという場所。そやからちょっと頑張ったら出せる値段帯にしたい、と昔から思ってる。京都はそういう店が多いからバブルの時も無茶な値上げはせえへんかった。取れる時に取ったらいいねんというのは東京の寿司屋で、あれはチキンレースやなあ。みんなが値段を上げてしまったら、そのうち誰も来れんようになってしまう。
高ければ高いほどいいとか、特別な人しか来られないことに値打ちを感じる世の中になってるけど、それって変な風潮やね。

『菊乃井』は一番近い外国?

昔は道徳や倫理の授業があって、ピシッとせんと怒られたけど、今はせんでええ時代。そやけど料亭に来るのに素足でTシャツに短パン、サングラスに帽子かぶってでは困るわなあ。そんな人が来はった後は畳や床がベタベタになって、仲居さんがその度に拭いてはる。そやけど、恰好があかんからダメというのは可哀そうやし、靴下はいてくださいとは言えへん。

卒業旅行のシーズンには女子大生が来ることもある。「テレビに出てるご主人いますか」て言われて、出ていくと「本物や」言われて…(笑)。「何でウチに来たん?」と聞いたら、「一番近い外国ですから」。続けて「おっちゃんとこのご飯食べてどうやった?」、そしたら「ショックやった」と。彼女らにとってはカルチャーショックなんやろな。「こんな料理食べるのも、仲居さんが運んでくるのも初めてです」。イタリアンやフレンチ、居酒屋には行ってるけど、自分たちの民族が食べてきたものは初めて食べたみたいな衝撃なんやね。

床の間を指して「ここ何するとこですか、お殿さんの座るとこ?」てなって。床の間というのは、その部屋で一番格の高い場所、いわば上座やから、掛け軸や季節の花を飾るんやね。荷物置き場ではないよ。で、聞いたら四人中三人の家に和室がない。そらないやろなあ、今の時代、床の間は無用の長物やしなあ。外国人みたいやけど、料理や雰囲気、サービスには興味はあるんやね。「京都って見るものすべてがきれい~」って。いったいこれまで何見てきはったんやろ。

料亭はリビングミュージアム

料亭は飯屋かつリビングミュージアムやと僕は思ってる。それなりのものがそれなりのところに置いてあって、生かされている。待合の部屋かて本物のミロの絵を飾って、黒田家由来の緞通(だんつう)やオールドデンマークの家具と、それなりのものを置いてる。座敷に入っても季節に合う軸が掛かってて、花も飾ってある。でもそれをあからさまに付加価値にするのはあかんね。

「魯山人の器に盛らせてもらいました」とか「こちらは○○産です」て言う料理人がいるけど、あれもあかん。「誰の器?」「どこの?」て聞かれて答えるのはええけど、言葉で料理に値打ちをつけるのはダメやと思う。僕はいつも仲居さんに座敷には「影のように入って影のように出てこい」と教えていて、徳利の傾き加減を見てお客さんのお酒がどうなっているか分かれと。お客さんが「この徳利、底から酒湧いてるんちゃうか」と思われるようなくらいにね(笑)。“気遣いすれどもおかまいなし”が料理屋のサービスやと思ってる。

料亭はそれなりの設えになっているから、建築や使っている素材、作った棟梁の技量、職人の仕事など、端から端までちゃんと見るといい。特に大事なんはお金を生まないところにどれだけ気を遣ってるか。以前、本店の座敷を直そうという話になった時、中村はん(中村外二工務店社長・中村義明氏)に「一番金にならんトイレから直そう」と言われた。次が玄関。どちらもお金を生まない場所で、一番生むのはお客さんがたくさん入る大広間。だからみんな宴会場からきれいにするね。でもそれは違う。玄関は顔みたいなもんで、ここはいい感じやなとか、格に合った構えやと言うて入ってきてくれはる。
他にも、座布団は座るだけやけどうちのは色がきれいに出る正絹で作ってて、座椅子はデンマーク製の革張り。トイレットぺーパーのホルダーは木で指物師が作ってる。目立てへんものにこそお金をかけ、ええもんにしている。料理や器だけやのうて、こういうところにも料理屋の特徴は出てくるね。

飯屋やけど、いろいろな要素を複合的に楽しめる場に仕立てたのが料亭。建物や置かれたものへの心遣いが、訪れた人の居心地を左右するんやね。

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