村田吉弘さんの「京のひとり言」

第三回:京都は水の街

山に囲まれ、湧き水に恵まれた京都。豆腐に湯葉、生麩(なまふ)など、この地で育まれた食文化は、古来より水に支えられてきました。「日本料理は水の料理」と唱えるほど、水は大事にすべきものと村田さんはいいます。改めてそのありがたさについて語っていただきました。


村田吉弘(むらたよしひろ):1951年生まれ。『菊乃井』三代目亭主。現在、店舗は『菊乃井 本店』『露庵』『赤坂 菊乃井』『無碍山房 Salon de Muge』を展開。そのほか、百貨店やオンラインショップでも商品を販売する。2012年、現代の名工として厚生労働大臣表彰、13年、京都府文化賞功労賞受賞。17年、文化庁長官表彰、18年、文化功労者に選定される。

文:西村晶子 / イラスト:得地直美

京都の食文化を支える水

京都は「山紫水明(さんしすいめい)」の地。「山は紫にかすみ、川には澄み切った水が流れている美しい景色」を指していて、京の街そのものを表してる。山に囲まれ、湧き水に恵まれた京都は、どこを掘ってもいい水が出てきて、水とは切っても切れない縁がある。そやのに、最近、京都で講演やらをすると外国産の水のペットボトルが出てくる。これっておかしいでしょ? ボトルを見てると、なんやいっぱい疑問が湧いてきて、「京都の水にして」って言うてる。

当たり前に水があるから、有難さや敬意の念が失われつつあるんやね。水道の蛇口ひねったらきれいな水が出て、いくらでも飲める国なんてホント日本くらいよ。

京都の暮らしや食文化はずっと水に支えられてきた。ええ水があったから素材も料理も作ってこられたし、豆腐や湯葉、生麩の店が街のいたるところにあるのも、水あってのこと。料理屋も家庭の台所も水の恩恵を受けている。世の中には有難いものはいろいろあるけど、京都における水はそういうもんの筆頭やろね。

人間かて身体の半分以上が水でできていて、口にしている水の質が少なからずも体調へ影響してると思う。生まれ育った郷土のもんを食べて暮らすことで健康でいられ、その土地の水で育った素材をその土地で湧いた水で調理をするのが最も自然で美味しい。そんなふうに僕は考えてる。だから水のことはいつも気になるねんなあ。

日本料理は水の料理

日本では昔から水より清きものはないとされてきた。そやから「水に流す」とか「水入り」とか、水を使う言葉がたくさんあるね。それは日本人と水がいかに近しい関係にあるかを表してる。

日本料理はまず素材を水で清めることから始める。それは根本に素材は神からいただいた生き物、という考えがあるからやと僕は思っている。そやから料理はたいてい素材を洗うことから始める。

その次に皮を剥くねん。そうすることで神からもらった本来の味が出てくる。例えば大根やったら、そのままでは辛かったり、苦かったりするし、アクがあるから、水にさらしたり湯がいたりして取り、風呂吹き大根にして食べる。味は添える程度。食べるために必要最低限の味付けだけでいい。だから日本料理は引き算の料理とも言われるんやね。

諸外国の料理のように肉が臭いからハーブ入れて消そか、もっと旨いのがええし赤ワイン入れよか、油脂分足らんしバターモンテしてソースかけよか、とはならへん。

鯛ひとつとっても海の中を泳いでいた生き物やから、三枚に下ろして皮ひいて刺身にし、原形や本来の姿をさほど崩さずに調理するねんな。

弥生時代から日本人が作り始めた米はその最たるもん。豊富な水の中で稲を育て、収穫した米を水で炊いてご飯にする。日本人にとってほんま最強の食べ物と思うよ。昔は田んぼの周りの畔にはたいてい枝豆を植えてたわなあ。水と火で調理して、調味料も米と豆から作ってきた。

米は麹を加えると酒になり、その酒は酢になり、畑で採れた豆は米とか麦の麹菌を一緒にして置いとくと味噌になる。その上澄みから醤油ができ、同じことを餅米でやったらみりんができる。すべての食文化が水から始まっている。そやから日本料理は水の料理なんやなあ。

料理人は水を大事にすべし

日本料理で最も重要とされるだしも元はと言えば水。グルタミン酸とイノシン酸が溶け出した水で、カロリーはゼロ。だしという水をいろいろなもんに添加して美味しくし、だしを中心に塩味や酸味、甘み、苦みを配したのが日本料理なんやね。水がキーワードとなる調理法も多くて、煮る、炊く、茹でる、さらすのも水がないとできへん。唯一水がなくてもできるのは焼きもんくらいやな。

水は清きもので、火は聖なるもの。自分たちの力だけでは水も火も生み出すことはできへんし、それを使って料理をして命をいただかんと生きていけへん。そやから食べる側は何ひとつ残したらいかんて、昔はよく言われた。子どもの頃、食事中は静かにしなさい、残さんと食べなさいて怒られたし、もっと昔は食事は聖なる儀式みたいなもんやった。食は突き詰めると「哲学」なんやなあ。そやから、どんな考えをもって食べるかが非常に大事と思うよ。

それは食べる側だけやのうて、作る側も同じ。薀蓄を語る料理人は多いけど、忘れてはならないのは自分たちの土地にあるものやそれを敬う気持ち。特に水は大事にせんとあかんと思うなあ。

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