燻製とは何か? その効果と魅力
近年、注目を集めている燻製。専門店や、風味付けしたおつまみや調味料を目にすることも多くなりました。また、日本には古よりカツオ節やいぶりがっこなど、燻製した食べ物が愛されてきた歴史もあります。今回は、そんな燻製の基本から調理の効果、料理に生かす可能性を探っていきます。
釜阪 寛(ひろし)さん:1964年生まれ。神戸大学農学部卒業後、1989年江崎グリコ株式会社入社。菓子開発研究室の焼き菓子チームに3年在籍した後、生物科学研究所で食品の新しい素材・技術開発を行う。健康科学研究所に名称変更した後、カルシウム、主に「お口の健康」の研究に携わる。2022年4月より甲子園大学 栄養学部 食創造学科教授に。同大学の学長である伏木 亨氏と共に食品の嗜好性の研究を行う。農学博士。
燻製の基本
燻製とは、酸素が少ない状態を作り、燻製チップを炭化(不完全燃焼)させて食品を燻煙する=燻すことです。煙に含まれる抗菌性や抗酸化性を有する物質の作用、また、乾燥により保存性を高めると共に、独特の香味付与と色調を褐変(メイラード反応)させ、嗜好性を高めます。
燻製の歴史
ヨーロッパで発展を遂げてきた燻製。魚介類の燻製製品もありますが、ベーコンやハム、ソーセージといった食肉加工品がメジャーで、主に豚肉を使用。いずれの製造工程も塩漬、燻煙、加熱など共通する部分が多く、保存を目的に開発されてきました。
撮影/岡森大輔
[ベーコン]
主に豚のバラ肉を塩漬して熟成し、乾燥・燻煙して冷却したものを指します。ドイツでは非加熱であることが条件です。
発祥は紀元前数世紀頃のデンマークと言われています。長い航海に備えて豚肉の塩漬けを火で炙って貯蔵していたようですが、その薪が湿っていたために燻され、炙るよりも美味しく、保存できることが分かったのが始まりとのこと。日本へは幕末頃に伝わりました。
[ハム]
豚のモモ(主に後ろ足の部位)を塩漬し、ケーシング(型に詰める)したり、糸で巻いたりしてから乾燥・燻煙。仕上げに蒸煮(蒸す、または茹でる)して冷却したものを指します(日本ではモモ以外の部位で作ったものもハムの名称が付けられています)。
起源は定かではありませんが、有史以前から存在しているようです。昔は骨付きのまま製造したものが多く、加工中に除骨したものは「骨(bone)がない(-less)」で「ボンレスハム」と呼ばれました。日本で製造され始めたのは、明治維新前後。普及は戦後と言われています。
[ソーセージ]
生肉や塩蔵肉のこま切れに、調味料などを混合したもの。ベーコンやハムを作る際に生じた肉小片を利用するために開発されました。ケーシングし、乾燥・燻煙し、蒸煮、冷却したものです。日本には明治維新以降、欧米諸国から製造法が伝えられました。
日本発祥の燻製製品もあります。
[いぶりがっこ]
大根をナラや桜など広葉樹の煙で2~5日間燻し、米ぬか・塩・砂糖(ザラメ)などに漬け込み、2カ月以上発酵・熟成させたもの。秋田県の名物として知られます。
室町時代に誕生したと言われ、雪深い環境のため家の囲炉裏の上で大根を干すことで燻され、さらに寒いことから発酵がゆっくりと進み、独特の風味を醸し出したようです。「いぶり」は「燻した」、「がっこ」とは秋田の方言で「漬け物」を意味します。
[カツオ節]
カツオを煮熟(90℃前後の湯で煮ること)、骨抜きし、焙乾(燻して乾燥させること)させて作られたものを荒節、さらにカビ付けを最低2回以上行ったものを枯節、3回以上繰り返して熟成が進んだものを本枯節といいます。
中世には作られていたとされ、本格的な製造は戦乱が収まり、漁業が復興していく江戸時代の頃からだそうです。
▼カツオ節の詳細はコチラ
カツオの他にもマグロ節、サバ節、ソウダガツオを原料とするソウダ節、イワシ節、ムロアジ節、サンマ節などがあります。
撮影/東谷幸一
燻製の種類(熱燻・温燻・冷燻)と特徴
煙の温度帯によって、3つの種類に分類されます。ただし、資料によってそれぞれの温度帯や加熱時間が異なるので、目安と考えていただければと思います。
[熱燻(約80~140℃)]
スモークチップ(木を砕いたもの)をガスコンロや電熱器で熱し、その煙を使って食材を燻します。燻煙時間は10分~1時間程度。同時に加熱調理されるのが特徴で、バーベキューや家庭などでも取り入れやすいです。水分がしっかり抜けないため保存食には適しませんが、そのジューシーさを楽しめます。牡蛎や鶏肉などに向いています。
[温燻(約30~80℃)]
スモークウッド(スモークチップを固めたもの)に直接火を付け、数時間~1日程度かけて燻す、最もポピュラーな燻製方法です。肉のたんぱく質を凝固させつつ脱水させるため、ベーコンやハムの製造に用いられます。5日程度の保存が可能です。
[冷燻(約15~30℃)]
高温の煙を冷やして食材を燻す方法です。燻煙時間がかかり、外気温との兼ね合いを鑑みた温度管理、そして衛生管理が必要なため、大掛かりな設備が必要になります。塩味の強い原料肉を用いて、たんぱく質の熱凝固が起こらない低温で3~5週間かけてゆっくりと乾燥と燻煙を行います。スモークサーモンや生ハムなどに向いています。
身近な燻製製品
燻製は肉や魚の保存のため、古くから利用されてきました。以下は今でも親しまれている燻製製品の例で、ほとんどが水産物と畜産物。冷蔵・冷凍保存が一般化してからは、嗜好性を高める商品も増えてきました。
種類 | 食品例 | |
---|---|---|
水産物 | 魚類 | いわし、うなぎ、かれい、こい、さけ(べにざけ、ますのすけ)、さば、さめ、さんま、ししゃも、すけとうだら、にしん、ひらめ、ぶり、ます、べにほっけ など |
貝類 | ほたて貝の貝柱、かき、あさり など | |
その他 | えび、くじら(うねす) など | |
畜産物 | 肉類 | ハム、ベーコン、ソーセージ など |
乳製品 | チーズ | |
卵製品 | 鶏、うずらなどのくん製卵 | |
調味くん製品 | 珍味 | いか、たこ など |
その他 | かまぼこ など | |
缶詰食品 | くん製油漬け | あさり、あわび、かき、さざえ、ぶり など |
焙乾製品 | かつお節類 | かつお節、かつおなまり節、そうだかつお節 |
その他の節類 | いわし、さば、むろあじ、めじまぐろ、さんま などの節類 |
編集:髙村仁知・森山達哉、出版:南江堂、「新しい食品加工学」改訂第3版 P27 表2-10「くん製品」を元に作成。
燻製の効果・メカニズム
食材を燻煙することでどのようなことが起こるのでしょう。
燻煙の殺菌・防腐作用と風味付け
燻煙には、主にカルボニル化合物、フェノール系化合物、有機酸が含まれます。これらは菌や微生物のたんぱく質を変性させて不活性化すると共に、風味付けを行います。
[カルボニル化合物]
非常に高い殺菌と防腐効果があります。加えて、ほのかな渋味と苦みなどが生み出す深い味わいに関係します。
[フェノール系化合物]
「煙臭い」においの成分です。木材に含まれる主成分のセルロース、ヘミセルロース、リグニンが熱分解によってできるもの。やや薬品のような風味が付きます。
カルボニル化合物と共に食品の表面を固い皮膜(樹脂膜)でコーティングすることによって防腐剤の役割を果たし、外部からの細菌の侵入を防ぎます。
[有機酸]
「カルボン酸」とも呼ばれ、抗菌作用があります。付着することで酸味を感じます。
燻煙と併せて塩漬けや乾燥させる場合は食材中の水分活性が下がり、より保存性を高めることに繋がります。
木材の種類による香りの違い
国内で燻製に使用されることの多い木材のチップから燻煙を採取し、香りを評価したところ、それぞれに特徴が見出されました(「香料・テルペンおよび精油化学に関する討論会」より)。
[ナラ]…カラメル様・バター様
[サクラ]…フローラル・フルーティ・甘い
[クルミ]…ウッディ・甘い
[ヒッコリー]…焦げ臭強い・バランスが良い
[ブナ] …焦げ臭強い・バランスが良い
[リンゴ]…焦げ臭強い・薬品臭・刺激臭
燻煙を行う際の目安にしていただければと思います。
カツオ節のフレーバー
上記で示したように、カツオ節は煮熟、焙乾、カビ付けなどの工程を経て完成します。この中の焙乾と呼ばれる「燻して乾燥させる」工程が、カツオ節のフレーバーの形成に最も大切と言われています。
焙乾工程中の香気成分の変化を「味の素株式会社」が2003年に調べています。
増加する香気成分は、ケトン類、芳香族炭化水素類、フラン類、ピラジン類、フェノール類など。これらは「肉質的な香り」「魚の生ぐさ臭」「香ばしい焙煎香」「燻煙香」の4つに分類でき、燻煙香の成分(フェノール類)は燻煙から移行してくること、香ばしい焙煎香の成分(ピラジン類)は燻煙由来の成分がカツオ肉由来の成分などと反応して生成することが分かってきました。
鹿児島・枕崎『金七商店』の燻製風景。
魚の燻製の実験
以前、「WA・TO・BI」では、魚の燻製の実験を行いました。
「淡味を重ねていく日本料理の中で映える、素材の持ち味を深めるような燻製の技を学びたい」と話す大阪・福島『日本料理 楽心』店主の片山心太郎さんが、芦屋『メツゲライ クスダ』楠田裕彦さんに1日弟子入り。
「単に燻製だけだと面白くない。“造り”として出せる燻製・熟成にチャレンジしましょう!」との楠田さんからの斬新な提案により、Vol.1では瀬戸内もんの鯛とアコウの燻製・熟成に挑戦。Vol.2は豊洲から届いた、熟成向きの旬魚を主役に実験しました。
▼和食の新たなアプローチ「魚の燻製・熟成」 Vol.1
▼和食の新たなアプローチ「魚の燻製・熟成」 Vol.2
こちらもぜひ、あわせてご覧ください。
撮影/高見尊裕
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