産地ルポ これからの和食材

滋賀・守山『井入(いいり)農園』の和ハーブ

新しい料理に挑戦したい――そんな和食の料理人たちからよく聞く「面白い食材を探している」という声。そこで、今、注目の食材を選んで産地を訪ね、作り手の想いや技を取材します。第1回目は、「最近扱い始めた“和ハーブ”の生産現場を見たい!」という東心斎橋『翠』大屋友和さんと共に、滋賀・守山へ。

文:阪口 香 / 撮影:岡森大輔

目次

井入吉信さん。2016年にシステムエンジニアから転身し、家業の農園を継承。花苗や季節の野菜は継続しつつ、新たにエディブルフラワーやマイクロリーフ、ハーブの生産に取り組む。近年は和ハーブの栽培と普及に努め、19年に「和ハーブインストラクター」の資格を取得。講演会やワークショップも開催している。
比叡山系の山並みが眺められる広大な敷地に、ハウスが11棟並ぶ。
大屋友和さん。高校卒業後、法善寺横丁『浪速割烹 㐂川』に入り、11年腕を磨いて独立。ゲットウ、カキドオシ、ヤブニッケイなど、年間を通して8種の和ハーブを使い、コースに織り込んでいる。

和ハーブが、日本料理を変える⁉

「比叡山に、広大な田んぼ。いかにも滋賀らしい景色ですね!」。守山駅から車で約15分。心斎橋『翠』の店主・大屋友和さんは、板前の凛々しい姿から一転、緑のパーカーにジーンズというカジュアルな服装で降り立った。

この数週間前、大屋さんは熱っぽく語っていた。「“和ハーブ”を使えば、だしや香りのバリエーションが一気に増えるんです!」。その目は希望に満ちていた。「日本料理って、他店との差別化がとても難しい。旬の食材は他所も使うし、だしは昆布とカツオが基本。あしらいも春なら木ノ芽、冬は柚子で、香りまで同じになることも。ずっと悩んでいたのですが、1年ほど前に『井入農園』の和ハーブをお客さんから教えていただいて、『これや!』と思ったんです」。それから取り寄せ、和ハーブを使っただしやあしらいを試行錯誤し、今ではコースに2品ほど組み込むように。
ハウス栽培で通年販売している農家は他にほとんどなく、珍しい種類も育てているとか。どんな環境で栽培されているのか、新たに取り入れられる品種はないか。農園を訪ね、和ハーブをより深く知りたいと思っていたという。

「ようこそ!」。ハウスの前で迎えてくれたのは、焼けた肌に金髪とヒゲがよく似合う、井入吉信さん。「和ハーブは年間で18種ほど育てています」。約3000㎡の土地では、他にも花や野菜、マイクロリーフ、エディブルフラワーも栽培している。

そもそも和ハーブとは、どんな植物を指すのだろうか。「江戸時代以前から日本に自生している有用植物※のことです。だから、シソや三ツ葉、木ノ芽や柚子など、すでに日本料理でよく使っている植物や、一部の薬草も含まれます」と井入さん。香りが似ていることから「和のタイム」といわれるイブキジャコウソウ、高ポリフェノールを含有するゲットウやボタンボウフウ、砂糖の1000倍(!)近い甘さを持つアマチャ、シナモンの香りに似たヤブニッケイなど。ハウス内では、今春芽を出したばかりの苗がイキイキと育っている。
※食用のほか、建築・工芸・薬剤・園芸などに用いられるなど、人間の生活に役立つ植物のこと。



香りと味わいのポテンシャル

井入さんが和ハーブに出合ったのは、2019年に大阪・箕面で開催された山の散策イベント。ちょうど、西洋ハーブの栽培種を増やそうとしているタイミングだった。「ガイドの方から、自生する和ハーブについて教えていただき、こんなに種類があるのか!と衝撃を受けたんです。西洋のものとは違った色みや美しい形。昔から日本人を支えてきた多様な効能。どうせなら身近なものを栽培したい、と思ったんです」。
それから、交雑していない純粋な種子や苗を収集。まだ2年ほどだが、着々と品種を増やしている。

ハウス内は温度管理も神経質になる必要はなく、だいたい15℃に保てばいいという。土作りに多少肥料を使うものの、使いすぎると成長時に香りが薄くなったり、筋が残ることがあるため、手をかけすぎない。「これからの課題は、露地栽培を成功させて収量を増やすことです。同時に、卸し先も増やさないと。大屋さんの他、県内のフランス料理店やホテルのイタリア料理店で使っていただいていますが、まだ数えるほどで」。他に栽培する農家がほとんどないのは、販路が少なく、収益性が低いためとか。

「僕は、日本料理店で取り入れられる可能性はめちゃくちゃあると思います! 香りや味わいが穏やかなので野菜やキノコなど淡泊な味わいに合いますし、ジビエの臭み消しにも使えて、年中いけます。あと、お客さんは必ず驚いて、効能のハナシで盛り上がりますね!」と大屋さん。

そういえば、以前『翠』でサワラの造りと共に出てきたのは、乾燥させたクロモジとヤブニッケイの葉と柚子の皮を細かくして合わせた塩。脂ののったサワラも爽やかに喉を通り、余韻には複雑な香気が立ち上った。また、新玉ネギのムースは当帰(とうき)のだしで。穏やかなセリのような香りと味わいは、玉ネギの甘さを一層引き立たせた。今までに体感したことのない趣向が新鮮で、座が一気に盛り上がったのだった。

「ナギナタコウジュ」で新作を披露

「コレ、ちょっとシソに似た形の葉ですね。香りはハッカのような…」と大屋さんが手にしたのは、5cmほどの葉が美しく対生した苗。「珍しい品種で、ナギナタコウジュといいます。おっしゃる通り、シソ科の和ハーブ。今年からチャレンジしたもので、料理にも使いやすいかと思います」。井入さんに促されて口に入れると、味わいもハッカのよう。わずかに、シソの風味も。「この繊細な香りと味わい、絶対日本料理に合うと思います。これで料理を作ってみたいです!」。大屋さんが奮起した。

後日、メニューが完成したとのことで『翠』へ伺うと、晴れやかな顏で大屋さんが迎えてくれた。「ナギナタコウジュ、めちゃくちゃポテンシャル高いです! これからいろいろ使えそうです」。どうやら、出来は上々のようだ。

新作として仕立てたのは、「エンドウ豆の葛豆腐」。碓井豌豆(ウスイエンドウ)の葛豆腐に、トリ貝と車エビをのせ、黒大豆、空豆、碓井豌豆と3種の豆を散らして、キンと冷やして供するという。
「農園で味見した時、豆の青さ、爽やかさに合うなと直感的に思ったんです。裏返すと、豆の繊細な味わいも引き立てることができるな、と」。
ナギナタコウジュは、ドライをだしに、フレッシュの葉と花を仕上げに添えている。だしは、乾燥させたものを昆布だしで5分さっと煮出したもの。この短時間での抽出により、雑味を出すことなく繊細な風味を移すのだという。調味は、塩、淡口醤油とシンプルに。

だしを一口飲んで驚く。昆布だしの旨みに違和感なくナギナタコウジュの風味が馴染んでいる。爽やかなハッカ香が優しく漂い、芯には太いミネラル感。これが3種の豆の滋味を際立たせる。フレッシュの葉は口中を一気にリフレッシュさせ、車エビやトリ貝の薬味のような役割も。だしとあしらいの両方に利かせることで、多彩な食材のまとめ役ともなり、一体感を生み出している。

和ハーブは、苦い、独特な匂いが気になるというイメージもあるが、逆にそれは、滋味深さや個性的な香りとも捉えられる。大屋さん曰くは、「フレッシュの状態で木ノ芽のように添えたり、山菜のように天ぷら、もしくは和え物に。乾燥させたものなら、昆布だしに加えて煮出してだしにしたり、細かくパウダー状にして振りかければ、フレッシュより香りや味を穏やかに添えられます。和ハーブの個性を前面に出すこともできるし、他の素材の引き立て役にすることもできる。和食の可能性を広げる食材だと思います」。

大阪・東心斎橋『翠』
【住所】大阪市中央区東心斎橋1-16-20 心斎橋ステージア2F
【電話番号】06-6227-8578
【営業時間】12:00~13:00LO(火・日曜のみ。2日前までに要予約)、18:00~21:00LO
【定休日】水曜、月・木~土曜の昼
【お料理】おまかせ13200・16500円。


マイクロリーフは、ビーツやアマランサス、スイスチャード(フダンソウ)など、季節により12種ほど栽培。ホテルや飲食店に卸している。
ボタンボウフウの新芽。美肌効果や抗酸化作用、抗肥満効果、血流改善などに作用するといわれている。
ヤブニッケイ。「藪に生える肉桂」からつけられたという。シナモンのような香り。
次々に香りを嗅ぎ、味見をする大屋さん。「初めて嗅いだ香りでも、不思議と料理に着地するのが、和ハーブの魅力です」
土は、井入さんが「質がとてもいい」という滋賀・高島の腐葉土を使用。
ナギナタコウジュ。シソ科の植物で、葉の形も似ている。
右は、ナギナタコウジュの葉と茎を乾燥させたもの。だしをとる際は、「カットしておいた方がすぐに味が出る」ため、1cmほどに刻む。和ハーブの乾燥は自然乾燥でもいいが、「食品乾燥機」を使った方が陽に焼けず、黒くならないという。左の紫色の部分は花。通常は夏~秋に咲く。季節外れに咲いたので、井入さんに送ってもらったという。鮮烈なハッカの味。
昆布だしにナギナタコウジュを入れ、5分煮出したもの。
ナギナタコウジュをだしとあしらいに使ったエンドウ豆の葛豆腐。「正直、すぐにインスピレーションが湧きました。それくらい、日本料理に馴染む香りと味わいです」と大屋さん。

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