魔性の胡椒
『クラタペッパー』の看板商品「ライプペッパー」を初めて手にした時の衝撃は忘れられない。まず粒が大きい。直径は5㎜かそれ以上(普通は3㎜程度)。砕くと、しっとりとした音がする。色も単なる黒ではなく、ほのかに赤みがかっている。そう、「ライプペッパー」は完熟黒胡椒だったのだ。緑の若い胡椒を干しただけの黒胡椒とは全くの別物であった。
胡椒はブドウのようにたわわに生る果実で、房は短いもので5〜6㎝、長いと12〜13㎝にもなる。粒は鮮やかな緑色で、熟すとオレンジ色に染まる。その完熟の実を天日に干し、洗浄して再び干して一粒ずつ丁寧に選別。除菌してからもう一度天日干ししたものが「ライプペッパー」だ。
その風味は、といえば、これがまた未知との遭遇。攻撃的な辛さはなく、ほのかに酸味を帯び、爽やかな香りがする。たっぷりのホールをカレーにすると、クリスピーな歯応えが心地よく、割れるたびに爽快な香りが弾けた。粗挽きを炒め物に和えるようにして使うとさらに高い風味が広がり、パスタやステーキに挽きたてを振れば、驚くほど香味鮮やか。辛さはほどほどで香りがすこぶる高いのだから、もっともっととエスカレート。まさに魔性の粒だ。
その魔性のワケを訪ねて、2013年、僕はカンボジアへ飛んだ。
カンボジアと生きる
当時、僕は『スパイスジャーナル』という専門誌を刊行していた。その中で特集するため、プノンペンの本店、そこから車で西へ約4時間のコッコン州の農園などを訪ね、取材は6日間に及んだ。代表の倉田浩伸さんの胡椒に対する姿勢は誠実で、その生き様に僕は感動した。
倉田さんは、中学3年の時、カンボジア内戦時代を描いた映画『キリング・フィールド』(84年作)を観て衝撃を受けたという。大学4回生で、カンボジア支援のNGO活動に参加。当時はまだ荒廃したままで、外国人は誘拐や非難を受けるリスクを残す時代だった。
その活動を経て、個人で輸出業を起業するが失敗の連続。そんなある時、60年代の農業統計資料を手に入れ、その中に「ポワブル(フランス語で胡椒のこと)」の文字を発見し、かつてカンボジアが世界に誇る上質な胡椒の産地だったと知る。これこそカンボジアの誇りじゃないのか。使命感に燃えた倉田さんは調査に2年をかけ、西部のタイランド湾にほど近いコッコン州の農園と出合った。奇跡的に生き残った3本の胡椒の苗をもとに再起を試みようとしていた彼らと倉田さんは共に奮闘し、農園は少しずつ復活。当初1haほどの面積が今では約6ha(東京ドームは約4.7ha)にまで成長したという。この復活劇に刺激を受け、カンボジア人も続々と立ち上がり、国内の胡椒農家は約3000になったというから凄い。
爽快な、緑の未来
そんなホットな胡椒と倉田さんに会うため、2019年、現地の農園収穫体験イベントに参加した。2月中旬、コッコン洲は年間雨量3000㎜以上という熱帯雨林気候で、日中の気温は35℃。だが、海が近いせいか、ずっと爽やかな風が吹き続けている。
「常夏かと思えば一年のうち半分は雨季で。特に5カ月間ほど曇天が続くのがいいんです。この適度な雨量と、アルカリ性の土壌という地質によって良質の胡椒が育つんですよ」と倉田さん。
この環境下で、倉田さんはオーガニック自然農法に徹している。胡椒はつる性の植物で、発芽は難しいため挿し木をして支柱に巻き付けて育てる。これはインドや東南アジア諸国も同じで、化学肥料と農薬を使い、2、3年で収穫を始め、5m以上の高さにして十数年栽培し続ける。が、倉田さんは薬品に頼らず、自然のリズムに合わせ、約5年かけて木を育て上げてから収穫する。高さは3〜4m。うまくいけば25年ほど生かすことができるという。畑の周囲は害虫予防のために溝が掘られている。
イベントは、先の農園で緑胡椒を収穫し、そのフルーティーな酸味と爽快な辛味を現地の郷土料理で味わうという内容だった。緑胡椒はタイやカンボジアではイカや肉と共に炒める料理があるものの、世界ではほとんど類がない。近年、倉田さんはこの緑胡椒も日本に輸出し始めた。9~1月にはオンラインショップにも並ぶので、チェックしていただきたい。
和食との相性抜群の新商品登場
2024年1月から「生胡椒の塩水漬」という新商品が加わった。キリバス共和国クリスマス島でつくられた天日海水塩「クリスマス島の塩®」の塩水に若い生胡椒の実を漬け込んだものだ。これであれば、『クラタペッパー』の緑胡椒が通年で楽しめる。ハーブのような香りと爽やかな辛さ、そしてプチッと弾ける食感が特徴だ。白身魚の焼き物や、酢の物に添えるといいアクセントになるという。
2月中旬からは「生胡椒の醤油漬」を発売。こちらも『クラタペッパー』の緑胡椒を使用し、埼玉『弓削多醤油』の「木桶仕込み有機醤油」と愛知『角谷文治郎商店』の「三河みりん」で煮あげたもの。卵かけごはんや湯豆腐の薬味、肉料理にも向く。
カンボジアと日本が手を繋ぎ、魅力的な和の胡椒が誕生。これからの進化にも目が離せない。
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