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魚介に合わせたい、「野菜ソース」のテクニック Vol.1

「日本料理の焼き物は、塩焼きやタレ焼きなどが主流。より季節感を表現するため、野菜のソースを取り入れたいんです」。そう話すのは、大阪・上本町『日本料理 幽玄』の店主・三船桂佑さん。
そこで、指南役を依頼したのは“野菜の美食”を提唱する、フランス料理の名門『リュミエール』オーナーシェフ・唐渡 泰さんです。すると、「うちの味の要である、『野菜ソース』のテクニックをお教えしましょう」とご快諾。「意外にも、日本料理に取り入れやすい!」と三船さんも驚きのテクニックをご紹介します。

文:船井香緒里 / 撮影:太田恭史

目次

唐渡 泰さん(大阪・心斎橋『リュミエール』オーナーシェフ)

1963年鳥取県生まれ。数々の名店やホテルでの修業を経て2006年、心斎橋にフランス料理『リュミエール』を開業。“野菜の美食”をテーマに自身の料理を追求しながら、レストラン経営、飲食事業のプロデュース、フランス老舗紅茶『ダマンフレール』の輸入も行う。現在は、リュミエールグループ9店舗(レストラン5店舗、ティーサロン2店舗、カフェ1店舗、ブーランジェリー1店舗)を展開。著書に『野菜の美食』(京阪神エルマガジン社)がある。

三船桂佑さん(大阪・上本町『日本料理 幽玄』店主)

1985年福岡県生まれ。中村調理師専門学校卒業後、『味吉兆 大丸心斎橋店(閉店)』や『味吉兆 ぶんぶ庵』など『味吉兆』グループで13年間腕をふるい、うち最後の5年間は料理長を務めた。2019年6月、大阪・上本町にて独立。料亭出身ながら「お客様と近い距離で接したい」と、檜のカウンターを舞台に据えた。修業時代に培った茶の湯の心、そして若き発想を、懐石料理の中に忍ばせる。

バターもクリームも不使用。「野菜ソース」の味を支える技とは

三船桂佑(以下:三船)
和食の焼き物は、塩焼きやつけ焼きなどシンプルなものが多いです。木ノ芽やスダチなどのあしらいで味の変化を持たせることはありますが、僕自身、もう一手間かけた野菜を取り入れ、より季節感を表現したいと思っていて。そこで、フレンチにおける「野菜ソース」の技、そして使い方を唐渡シェフに教わりたいのです。
唐渡 泰(以下:唐渡)
僕の料理のテーマは「野菜の美食」です。伝統的なフランス料理では、ワインを煮詰めてバターやクリームを入れるとか、牛肉や豚といった素材の骨などからだしを取り、乳脂肪分や小麦粉を加えてソースに濃度をつけるスタイルが基本。美味しいけれど、どうしても体に負担がかかりますよね……。
そこで、バターやクリーム、調味料に頼らず、かつそれらに勝てる味をと考え、今からお教えします“野菜づかい”に挑戦してきました。
お客様の立場はもちろん、作り手の健康のためにも、ご馳走と健康を両立させたいと思ったのです。
三船:
“野菜づかい”、その一番のポイントは何でしょう?
唐渡:
肉や魚に引けをとらない、野菜本来の美味しさをいかに引き出すか、ですね。
今回は野菜をペースト状にしたピュレを軸にお教えしましょう。
まず、乳脂肪分は使いません。そして野菜の素材らしさを最大限に生かすべく、味付けは基本、塩のみ。攪拌にはハンドブレンダーやミキサーを使います。

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三船:
ピュレとは嬉しいです! 日本料理だと、野菜のすり流しのように昆布とカツオからとっただしでのばすことが多いです。その際、だしの風味がジャマをする場合もあって……。
唐渡:
日本料理は、だしや醤油など、圧倒的な味のベースとなるものがあるだけに、どうしてもコースの中でメリハリがつきにくいことがあるかもしれません。
今回の料理で、何かヒントを得ていただければと思います。
では、前菜「北寄貝と平貝と野菜のデクリネゾン 3種のエミュルションソース」を作っていきますね。
三船:
「デクリネゾン」、「エミュルションソース」……聞き慣れない言葉なのですが、どのような構成なのですか?
唐渡:
“デクリネゾン”とは、一つの素材にさまざまな調理法を施し、異なる食感や味わいを楽しんでいただく料理です。
一方、エミュルションソースの“エミュルション”とは「乳化させたもの」という意味。野菜のピュレに少量の油を加えて乳化させるのですが、ここで活躍するのがグレープシードオイル(ブドウの種の油)です。この油は、香りがない、味もない、冷蔵庫に入れても固まらないのです。クセがないですから、和食にも活用できるかもしれませんね。
三船:
それは、取り入れやすそうです!
唐渡:
では、「3種のエミュルションソース」からお教えしましょう。
1)ビーツの乳化ソース
2)キュウリの乳化ソース
3)白いオランデーズ風ソース
三船:
よろしくお願いいたします! 

1)ビーツの乳化ソース

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唐渡:
基本材料は、ビーツのピュレ、グレープシードオイル、アサリのジュ、つまりだしです。ビーツは、丸ごとホイルに包み、オーブンに入れて柔らかくなるまで火を入れ、ジェットミキサーで撹拌します。
で濾します。その汁をさらに煮詰めて、旨みを凝縮させました。
三船:
アサリのだしが登場すると、親近感が沸きます(笑)。
唐渡:
アサリはひたひたの水から加熱し、殻が開いたら火を止め、キッチンペーパーを敷いたザルで濾します。その汁をさらに煮詰めて、旨みを凝縮させました。
三船:
濾した汁を温めなおすことはあるけれど……さらに煮詰める、というのは日本料理にはない発想です!
唐渡:
一度、旨みを出してから煮詰めるのは、フランス料理ならではの技でしょう。ベースをきっちり作るのです。そのルーツは、故・ベルナール・ロワゾー氏による「キュイジーヌ・ア・ロー(水の料理)」にあります。日本では、「神戸北野ホテル」の山口 浩総料理長も提唱されています。バターや生クリームを使わないため、旨みのある液体を煮詰める。他には、フライパンで肉や魚を焼くたびに、鍋底のエキスを水で溶かして(デグラッセ)ソースのベースを作ることも多いです。それらが同時並行に進む調理場はまさに、戦場ですよ。
三船さん、アサリのジュを味見してください。
三船:
うわっ、しっかりアサリの塩味を感じますね。ここまで強く旨みを感じられるとは驚きです!
唐渡:
このアサリのジュをハンドブレンダーで撹拌します。その際、海藻と植物由来のジェルエスペッサを加えるのもポイント。後々、野菜のピュレと乳化しやすくなるよう、液体にとろみをつけます。

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三船:
ジェルエスペッサは、ゼラチンみたいに水で戻さなくてもいいんですね。
唐渡:
そう。だから、濃度のコントロールも簡単なのです。
前置きが長くなりましたが、このアサリのジュに、ビーツのピュレを加え、ハンドブレンダーを回し続けます。そこに、グレープシードオイルを加えてさらに撹拌。とろみが欲しければさらにジェルエスペッサを加え、混ぜ合わせたら完成です。どうぞ、味見してください。

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三船:
ピンク色のソースは見た感じ、甘そうな印象です。だけど味わってみると、ビーツの土っぽい風味とアサリのエキスが調和したぐっと深みのある味! いい意味で裏切られた感が楽しいです!

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唐渡:
人間は、食べたことのないものを味わってみたいという欲求もありますから。ちょっとしたサプライズを、要素の一つとして取り入れるのも面白いんじゃないかな。

2)キュウリの乳化ソース

_X2A8557材料はキュウリ3、煮詰めたアサリのジュ、グレープシードオイル。

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キュウリは皮を剥いたもの2本、ほんのり青いニュアンスを残すため、皮付きのもの1本を使用。適度なサイズに切り、ミキサーにかけ撹拌。キッチンペーパーを敷いたザルで濾し、余分な水分を除く。

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キュウリのピュレに、アサリのだしを加えてブレンダーで撹拌。さらに、グレープシードオイル、ジェルエスペッサを加えて乳化させ、とろみがついたら完成。

三船:
このキュウリの乳化ソースは、爽やかな味わいの中にアサリのだしのエキスをしっかり感じます! 和食にも取り入れやすい味わいだと思います。

3)白いオランデーズ風ソース

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唐渡:
米を餌にした鶏の卵の、白っぽい卵黄にホワイトバルサミコ酢を加え、湯煎にかけながら泡立て器で泡立てます。とろみがつき、艶やかになるまで。これがソース・サバイヨンと呼ばれるもの。さらに、マヨネーズを作る要領でグレープシードオイルを少しずつ足し、さらに撹拌させ、塩で味を調えます。
これにて3色のソースの出来上がりです。
三船:
ピンクと緑と白、見た目も華やかで、食べ手がワクワクさせられます。アサリのだしをベースに、野菜のピュレを組み合わせる技は、和食にも大いに活用できそうです。
唐渡:
まだまだ終わってはいませんよ(笑)。次は、一つの素材にさまざまな調理法を施す「デクリネゾン」です。まずは、北寄貝と平貝を、北寄貝のヒモのドレッシングで和えます。
4)“北寄貝と平貝”北寄貝ドレッシング和え
5)平貝のカリフラワーピュレ和え
三船:
北寄貝のヒモはあまり使わないので興味深いです。

4)“北寄貝と平貝”北寄貝ドレッシング和え

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材料は北寄貝とそのヒモ、平貝。玉ネギのドレッシングは、玉ネギ50gをざく切りにし、深い容器に、白ワインビネガー37㎖、赤ワインビネガー12㎖、オリーブ油100㎖、サラダ油100㎖、粒マスタード2g、塩5gを入れ、ハンドブレンダーで撹拌したもの。

唐渡:
テフロン加工のフライパンを中火にかけ(油はひかない)、北寄貝のヒモをソテーする。火が通れば、弱火にして、玉ネギのドレシング(適量)を回しかけ、デグラッセ。しっかりと旨みをこそげ落とします。これをヒモごとハンドブレンダーで攪拌して北寄貝ドレッシングとします。

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湯通しした平貝(5㎜角に切る)と、フライパンで軽くソテーした北寄貝(6㎜角に切る)に、北寄貝ドレッシング(右)を和える。

三船:
一口いいですか?
北寄貝のコクと、玉ネギドレッシングの凝縮感ある甘酸っぱさが見事に融合しています。それぞれの貝の食感も楽しいです。
唐渡:
“デクリネゾン”とは、ある種の分解・再構築と思っていただけると分かりやすいですね。
最後は、魚介を野菜のピュレで和えるテクニックをお教えしましょう。

5)平貝のカリフラワーピュレ和え

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材料は、平貝、軽く湯通しした剣先イカ(共に同じサイズの細切り)、青リンゴ。カリフラワーのピュレ、シャルドネビネガー、塩。

三船:
カリフラワーは湯がいた後、ピュレに?
唐渡:
いいえ、カリフラワーから出る水分でシュエ、つまり塩適量を振って汗をかかせるように弱火でゆっくりと炒め、香りや甘みを引き出します。ここに水150㎖を数回に分けて加えて蓋をし、焦げないように様子を見ながら蒸し焼きに。そしてジェットミキサーにかけてピュレ状にしました。
三船:
修業時代は「たっぷりの熱湯で湯がく」と教わったので、とても新鮮です。シュエですと、素材の旨みを逃さないですね。
唐渡:
ウチではアスパラも湯がきません。オイルコンフィにして旨みを閉じ込め、仕上げに油を拭うためにフライパンでソテーします。
三船:
野菜が持つ旨みや栄養素を逃すことなく閉じ込める。「野菜の美食」の技法、とても勉強になります。
唐渡:
それでは仕上げますね。ボウルに平貝、青リンゴ、剣先イカを入れ、カリフラワーのピュレを和え、シャルドネビネガーを少々。塩で味を調えて完成です。

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三船:
魚介を野菜のソースなどで和える、という発想は僕にはありませんでした。
唐渡:
私の場合「野菜が調味料がわり」ですから。その点で野菜のピュレは、濃度の調整も簡単なのがいい。組み合わせたい素材とのバランスを見て、応用できます。
さて三船さん、5つの要素が揃いました。お皿に盛り付けていきましょう。

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三船:
えっ、この透明のソースは何ですか?
唐渡:
シャルドネビネガーを4倍の水で薄め、ジェルエスペッサで固めました。パッと見た感じは透明のソース。だけどお箸でもつまめるという、ちょっとした仕掛けです。
三船:
予期せぬサプライズが皿の中にあると、食べ手もワクワクしますね!

「北寄貝と平貝と野菜のデクリネゾン 3種のエミュルションソース」

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唐渡:
「北寄貝と平貝の、北寄貝ドレッシング和え」と「平貝のカリフラワーピュレ和え」を盛り付けます。そのまわりには、生のアスパラガスのスライスや、コンフィにしたアスパラガス、カリフラワーは表面をキャラメリゼしたものと、乾燥させて甘酢に漬けたものを添えました。さらに大根を塩もみしてドレッシングで和えたもの、百合根のピュレ、枝豆を乾燥させ刻んだもの、アガーで固めたシャルドネビネガー、ベゴニア、食用花などを添え、「3種のエミュルションソース」を流しました。どうぞ、お召し上がりください。

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三船:
うわぁ〜美しいですね! 食べる前から、ワクワクします。いただきます!
うんうん……唐渡シェフ、とても美味しいです。まず「野菜を調味料に」という点で、3種の乳化ソースは味わいのインパクトがしっかり。なかでもキュウリの乳化ソースの爽快感ある味わいは、ハタなど白身魚の焼き霜造りに添えれば、淡泊な身の味わいを持ち上げてくれそうです。
唐渡:
それは良かったです。
もし、野菜単体でインパクトが弱い場合は、水分を抜いて味を凝縮させたり、アサリのだしなどで旨み成分を足すといいでしょう。
三船:
分かりました。そして唐渡シェフ、この彩り豊かな一皿は、食べる場所によって味が違うのも楽しいです! 「北寄貝と平貝の、北寄貝ドレッシング和え」や「平貝のカリフラワーピュレ和え」はそれぞれの個性を主張しつつ、野菜のソースとの馴染みもとてもいい。また、カリフラワーやアスパラガスは生のもの、加熱がなされたもの、甘酢に漬けたもの……と味の変化と食感が面白いです。
唐渡:
食べ手に選択肢があると、食事の時間がエキサイティングになるでしょう。
三船:
しかも、あらゆる要素が合わさっても、軽いのには驚きです。野菜が主体だからですね。
唐渡:
「野菜の美食」、その味わいの広がりを学んでいただけましたか?
三船:
気付きが本当に多かったです。
まずは、キュウリの乳化ソースから実践してみようと思います。そしてヒモのドレッシングにチャレンジしてみたいです。ドレッシングを作る際、ビネガーの酢酸を、米酢に置き換えることで応用が利きそうです。乳酸発酵させた柔らかい酸味でドレッシングのベースを作るのもいいかもしれません。
唐渡:
イマジネーションが膨らんで良かったです。では次の料理へ取り掛かりましょう。魚の火入れについてもお伝えしますので、楽しみにしていてください。(後編に続く)

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