エスニックも組み込むモダンな皿ながら、和に着地させる『ひがしやま 司』
話題の飲食店が次々登場している京都・岡崎エリアに、2021年11月、新たな一軒が加わりました。店主を務めるのは、『祇園丸山』と『祇園 さゝ木』で計16年にわたって腕を磨いた宮下 司さん。武器は、京都の和食界をリードする2人の師からそれぞれ学んだ美意識と魅せ方、そして、底支えする確かな技術です。シンプルながら既視感のない、モダンな仕立てで“攻める”全約13皿。オープン早々、8席のカウンターを湧かせています。
蓄えた引き出しを、コースで開花させる
18時の一斉スタート前、月替わりのお茶を手にしつつ期待に胸躍らせる面々に「苦手な食材はないですか。本日は香菜(シャンツァイ)も使いますが…」との問いかけ。コース仕立ての飲食店ではよく見る光景だが、『ひがしやま 司』では和食店らしからぬ食材名が挙げられることがたまにある。
そんなドキドキさせる前振りの後の一品目は、冷えた体を温めてくれる先付。スッポンの玉締めだ。天盛りされているのは京都人が愛するすぐき漬け。「漬け込みをお手伝いさせていただいた上賀茂の農家『八隅(やすみ)農園』さんの新物です」と宮下さんが言い添える。卵生地にはコラーゲンたっぷりのスッポンだしを混ぜ、空気を抱き込んだスフレ菓子のようにふわふわ。未知の舌触りに、すぐき漬けとエンペラの食感がリズムを刻む。
すぐき漬けは、周囲の硬い部分でなく、中心に近い柔らかい部分を使う。雪をイメージした器で供する。
宮下さんは三重県出身。調理師学校卒業後、祇園の日本料理店の門を叩いた。「『祇園丸山』の丸山嘉桜(よしお)さんには常に勉強する意識や美的感覚を、『祇園 さゝ木』の佐々木 浩さんにはお客さまを楽しませる対話や“攻め”の姿勢を学びました」。
計16年間の修業時代から、先のすぐき同様、農家への訪問、酒蔵に住み込み作業を手伝うなどして知見を蓄積。また、京都のイノベーティブレストラン『LURRA°(ルーラ)』や大阪の中国料理『蓮心』、日本料理の『心根(こころね)』など、和洋関係なく今を輝くレストランでの研修も。能動的に自らの引き出しを増やしてきた。
自店では、「食べ慣れた方たちにも満足してもらえるように、今までに培った技術や縁を生かす、自分にしかできない料理を作っていきたい」と語る。
既成概念に捉われない“攻め”の料理
「スッポンにはショウガ、椀物は高級食材、フグにはポン酢。そんな典型的な組合せが落ち着くと言う方もおられるとは思いますが、僕はそればかりでは面白くないと思うんです。食材や手数は極シンプルにしつつ、今までになかった取合せ、誰も挑戦しなかった味わいで楽しませたい。佐々木のおやっさんのように、いつも攻めていたい」と語る宮下さん。
例えば、すでに看板料理のひとつになっている「シャリがゆ」。もち麦と蕎麦米で食感と風味を豊かにした酢飯の粥に、季節の食材をトッピングする。この日は炭火でこんがり焼いたはち切れんばかりの白子と自家製のカラスミ。シャリのほのかな酸味、湯気でしっとりと風味が倍増したカラスミの塩梅でも唸らせる。
続く椀物は丸大根にキンカンという、予想外で、潔い組合せ。「テーマは“瞬間”。引きたての一番だしと、スッと箸は入るけれども煮崩れない加減を計算して炊き上げたばかりの丸大根を合わせた、ジャストタイミングを楽しんでいただきます」。吸口は宮崎名産の大玉キンカン。吸い地を口に含むと同時に、フルーティな風味とボディのあるだしが相まって意表を突く。
左/シャリがゆ。「飯蒸しでなく“シャリ”なのは、寿司ネタを想像すれば、組合せを考えやすいためです」。右/薄く切り、種を除いたキンカンに熱々の吸い地をかけることで、とろけるような食感に。
“攻め”の姿勢は造りにも見て取れる。気持ちの良い弾力感を残した熟成フグの薄造りに、白ネギと伊豆大島産海塩を散らし、太白ゴマ油とスダチの果汁をかけ、白尽くしの端正なビジュアルに。そして、取り合わせた薬味すべてがフグの甘みや旨みを引き立てるための役目を十全に果たす。
フグは宮城揚がり。白ネギはあえて辛味を抜かずそのまま使う。黒田泰蔵氏を師とする、伊東市で作陶する内田智裕氏作の白磁の皿で。
キャッチーで、楽しませる演出も存分に
インパクトある皿は続く。角切りにしたシャトーブリアンの串焼きに鰻の蒲焼をのせた、その名も“うなぎゅう”は、異素材が同時にとろける快感で悦に入らせる。味変が楽しめる二串目も用意されているところはさすが『さゝ木』一門。食べ手の心をくすぐる術にも長けている。
語呂も良い“うなぎゅう”。取材日は青リンゴ・グラニースミスの浅漬けを添えて。2串目はワサビで味わう趣向。
コース後半はライブ感でも魅せる。目の前でぬるま湯に浸して戻すライスペーパーにセリをたっぷり。ジュージュー、香ばしい香りを伴って何かを揚げる音に耳を澄ますうち、中華風の衣をまとわせたカリカリのカニ脚肉が到着。ライスペーパーで手早く巻いて差し出す。一連の動作を見守った面々はいずれも夢中でかぶりついた。
左/オリジナリティを追求しつつも「決して奇は衒(てら)いたくない」と話す宮下さん。『さゝ木』仕込みのトーク力にも磨きをかけている。右/カニとセリの生春巻き。カニミソのソースにつけて味わう。
ご飯物と麺類、2種類が登場する締めも個性的。今、お披露目に向けて試行錯誤を重ねているのは、クミンやコリアンダーの風味を加えたカレー風茶漬。「ベースとなるのは鯛だし。酸味を抜いた梅や大葉も入れて、ほっこりした味わいに仕立てます」。
エスニックの風趣も時には持ち込むが、根底にあるのは長きにわたって叩き込まれた京料理の伝統。その上で、過ぎない遊び心を加える塩梅の良さが、食べ慣れた大人の心に深く印象を刻む。
設計は、関西を中心に多くの名店を手掛ける「木島徹建築設計事務所」。偶然、同事務所が入るビルの物件に巡り合ったという。天然木や土壁を印象的に配する木島氏らしいシンプルな内装。宮下さんの手元や調理スペースのすべてが一望できるように設計されている。マツ科の白木一枚板を使った清潔感のあるカウンターが映える。
【住所】京都市東山区西町127 三条白川橋ビル2F
【電話番号】075-771-4696
【営業時間】18:00一斉スタート
【定休日】日曜、祝日
【お料理】コース16500円。サービス料10%別。
※4月からは20000円(サービス料10%別)になる予定。
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