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日本酒を軸にした“逆ペアリング”で話題の新鋭『雅醸(がじょう)』

「料理に合う日本酒を選ぶ」のではなく、「日本酒の献立を組み立て、その一杯ずつに対して料理を考える」。そんな、従来のペアリングとは逆の発想でコースを構成する店が、2021年10月に大阪・北新地でオープンしました。その意図、そしてコースの組み立て方とは。

文:阪口 香 / 撮影:太田恭史

日本酒をコースの主役に

18時、コースは一斉スタートする。カウンターに居並んだお客に、まず店主・東 佳正(ひがし よしまさ)さんが“口上”を述べる。

「当店では、日本酒の献立を組んでから、料理を考えています。お酒が生きる温度で、酒器で、流れを決めた後、その一杯ずつに対して、素材や仕立てを吟味した料理を決めていきます。提供されたら、まず、お酒を飲んで、そのポテンシャルを感じてください。料理も、まずは単体で。そして、料理を何度か咀嚼したところへお酒を口に運び、口内調味を楽しんでください。それによって、単体で味わうのとは異なる味わいを感じていただけます」。

ペアリングコースの、食べ方・飲み方まで。東さんが「日本酒を最大限に楽しんでいただきたい」という想いを伝えることで、お客は日本酒と向き合う姿勢に。

was9160b東さんは、1984年宮城県生まれ。調理師学校在学中から日本料理店でアルバイトをし、卒業後、大阪・ミナミの名割烹にて5~6年働く。東日本大震災を機に地元・石巻でボランティアを始め、NGOの災害復旧支援にも携わる。その間、漁師との交流からワカメの養殖をメインに漁を手伝い、その繋がりから今も魚介を仕入れる。兵庫・苦楽園の割烹の立ち上げの手伝い、居酒屋の店長やマネージメントの仕事にも携わった後、自身で会社を立ち上げる。2018年、大阪・吹田市に海鮮居酒屋『酒地肉鱗(しゅちにくりん)』、2021年10月に『雅醸』を開店した。

かねてより日本酒が好きだったという東さんだが、このスタイルに決めたきっかけは居酒屋での経験にあった。「お客様から『このお造りに合う日本酒ちょうだい』と言わることがあったのですが、その皿は鯛もマグロものった盛合せだし、塩も醤油も一緒に出している。正直、これでペアリングなんてできるワケがない…と思っていました。そして、それに対して無難なものしか提供できない自分がもどかしくて」。

その頃から、全国の日本酒を飲み、また、蔵見学をしに行くようにもなっていた。「酒造りの技術、美味しさだけでなく、蔵人さんの想いに感動することも多くて」。奈良『今西酒造』、宮城『新澤醸造店』、山形『高木酒造』は特に思い入れが強いという。

was9250c左より、「みむろ杉」で知られる奈良『今西酒造』の「鬼ごのみ 無濾過生原酒」、宮城『新澤醸造店』の「純米大吟醸 NIIZAWA KIZASHI」、山形『高木酒造』の「十四代 極上諸白 純米大吟醸」。

立地によるところも大きかったという。「大阪の繁華街・北新地の、永楽町通り沿いの路面店という、最高の物件が空いたと聞いて。中途半端なことはできないな、と」。

それから悩み、考えて完成したスタイルだった。
「日本酒の味を理解して、その酒に合う料理を作った方が、お酒の味が生きる上に、確実なマリアージュができる」。リスペクトする日本酒を100%開花させるためのコースという逆転の発想は、こうして生まれた。そして、和食を食べ慣れた大人が集まる北新地だからこそできるチャレンジだと考えたという。

was9141dメニューは、カウンターに置かれたQRコードを携帯電話などで読み取れば画面に表示され、酒瓶をタップすれば、酒造の情報が表示されるようになっている。コース名「ペアリージュ」とは、「ペアリング」と「マリアージュ」を掛け合わせて東さんが作った造語という。

コースは、日本酒×料理が約9品と、土鍋ご飯、漬物と赤だし、ご飯、デザートという構成。

「まず考えるのは、日本酒の流れ。今は、爽やか→強め→さっぱり→強めという感じで組み立てています」。その流れに添う日本酒を、先述の3蔵を入れつつ選ぶ。

日本酒が決まったら、「温度」、「香り」、「粘度」、「味わいの強さ」などをポイントにしつつ、料理を考える。

例えば、宮城『新澤醸造店』の「純米大吟醸 NIIZAWA KIZASHI」。「5℃で保存しているものを、8~9℃で提供します。すると、メロンのような香り、南国フルーツのようなねっとりした粘性と甘さの中にもシャープさ、ミネラルを感じられる。これ以上の温度にすると、酸が失われ、味がだれたり、香味がばらけたりするんです」。この特徴をもとに考えた料理が、「完熟フルーツ 雲丹チーズ白和え」だ。

was9270e「KIZASHI」は、精米歩合がなんと7%。華やかで繊細な香りを楽しめるよう、ワインのブルゴーニュグラスで提供する。

甘みや食感を意識し、選んだフルーツは4種。完熟した洋ナシ「ル・レクチェ」は濃く甘い香りやねっとりした食感、トロンとした舌触りの柑橘「紅マドンナ」、優しい苦みと酸味の「カクテルグレープフルーツ」、蜜をたっぷり湛えたリンゴ「冬恋」。自家製土佐醤油で炊いたウニ、クリームチーズ、豆乳、みりんを和えたものにのせて提供する。「KIZASHI」の香りや甘み、酸が呼応するだけでなく、洋ナシやウニ、クリームチーズの粘度が蕩(とろ)け合い、塩味がそれぞれの輪郭を立たせ、旨みがくっきりと浮かびあがる。

was9318f山形『高木酒造』の「十四代 極上諸白 純米大吟醸」には、「スイートポテトサラダ ホタルイカ風干し」を。「スイートポテトに使っている高知県の卵『土佐ジロー』の養鶏場で1カ月ほど働いたこともあります」と東さん。

山形『高木酒造』の「十四代 極上諸白 純米大吟醸」は、熟れたリンゴのような甘い香りと味わいが特徴。「これは、吟醸酒によく含まれるカプロン酸エチルという香気成分の影響なのですが、25℃以上にするとそのバランスが崩れるので、冷酒で提供しています」。この甘みには、芋を合わせるという。「種子島の紫芋と安納芋に、高知県の地鶏『土佐ジロー』の卵をふんだんに加えて、スイートポテトのような食感に。ここに『十四代』を流し込むと、スイートポテトにバニラエッセンスを加えた時のように香りが広がるんです」。アクセントになるのは、上からのせた、ホタルイカの風干し。広がる甘みを、塩味でクッと引き締め、太い旨みの余韻を残す。

終盤に登場したのは、奈良『今西酒造』の「鬼ごのみ 無濾過生原酒」。「搾り立ての、おりがらみ。微発泡で清涼感があってドライ。ただ辛いだけでなく、米の旨みはしっかりしているんです」。この爽やかさを生かして合わせるのが、「苺のSUKIYAKI」。

was9372g4週間熟成させた「鹿児島黒牛」の三角バラは、80℃で優しく火入れ。イチゴと共に煮て、やっこネギ、菊菜、舞茸を添える。

イチゴの酸味や甘みがすき焼きのいいアクセントに。この甘辛い味も、「鬼ごのみ」がすっきりと流す。さらに。「55℃に温めることで、米の旨みがよりふくよかに。この後のご飯に、キレイに繋がるんです」と東さん。

食べ手の“スイッチ”を入れるだし

こだわりは、「ペアリージュ」の他にも。

「料亭だと、門をくぐって庭を通っている時に気持ちが引き締まりますよね。そんな、『これから美味しいものを食べるぞ!』という、“スイッチ”になるようなものを、コースの始めに提供したかったんです」。そこで、東さんが考えたのが引き立てのだしを飲んでもらうこと。

1人目のお客が到着してからカツオ節を機械で0.01㎜の厚さに削り、昆布だしと合わせて濾す。「カツオ節はどんどん酸化していきますから、削ってから30分が命。どうぞ、お召し上がりください」。

口に含むと、とてもクリアで、身体が欲していたような旨み。柔らかな甘みもある。

「薄く削ることで、表面積が大きくなり、抽出時間が短くていい。血合いありのカツオ節なので、抽出時間が長くなると雑味が出てしまうんですが、これなら、いい旨みとコクだけ引き出せます。日本酒を飲む前に、舌を整えていただくことにも一役買っているかと」。

was9124_9184_9194_9234hカツオ節は、鹿児島県・指宿(いぶすき)から仕入れる本枯節。雌節・雄節どちらも使う。
昆布は大阪『こんぶ土居』から仕入れる北海道・川汲浜(かっくみはま)産の7年熟成させた真昆布。一晩、超軟水で水出しした後、60℃で1時間半煮る。

コース中盤の、香り高い蕎麦

was9386_9392i左/蕎麦の実は3種を別々に製粉し、ブレンドする。香りと旨みが強い群馬県赤城町の「常陸(ひたち)秋そば」、粘り強く、甘みが強い北海道上川郡東神楽町の「キタワセ」、粘り強く、旨みも蕎麦の味も濃い茨城県小美玉(おみたま)市の「常陸(ひたち)秋そば」。右/21時以降に提供される単品の「かけそば」1500円(蕎麦湯付き)。コースでは小ポーションの「地鶏の南蛮蕎麦」が提供される。

コース中盤には、飲み疲れしないよう「野菜のおひたし感覚で食べていただきたい」という蕎麦が登場。東さんは北から南まで、約50箇所の蕎麦粉を食べ比べ、その年のベストな3種をブレンドする。
打ち立てではなく、1~2日おいて香りや旨みなどの風味をアップ。釜揚げ状態で提供される蕎麦は、蕎麦の周りに粉の美味しさをフワリと纏い、ほっとする美味しさだ。


日本酒の魅力を最大限に引き出すコース構成に、東さんの熱を帯びた日本酒談義。その想いが伝わるカウンターは、日本酒党の心を着実に掴んでいる。

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