グランヴァンと合わせて華やぐ日本料理『凌霄(りょうしょう)』
京都は祇園町の一角、町家を改装した数寄屋造りの館に真新しい暖簾がかかったのは、今年の1月11日。欅(けやき)のカウンターに立つのは、京都・高台寺の料亭『十牛庵』の名コンビ。料理長の藤原 誠さんがフレンチの技をさりげなく忍ばせて仕立てる日本料理に、ソムリエの神宮司博之さんがフランスの銘醸ワインを添わせる。そのマリアージュ提案は、祇園にふさわしい華やぎに満ちています。
料理長とソムリエの名コンビが魅せる
『凌霄』のワインセラーには、フランスの銘醸ワインを主に、実に700本が眠るという。シャンパーニュは専用のセラーを用意し、ブルゴーニュとボルドーは名高き村のワインを網羅するようなラインナップだ。
ソムリエのいる日本料理店はそれほど珍しくはなくなったが、ワインリストにフレンチレストランさながらのグランヴァンを連ねる、となると話は別。ワイン党なら誰もが知る高名な銘柄ばかりゆえ、どんな味わいなのかを知り、フレンチとの成熟したマリアージュを経験してきた客も少なくないだろう。その上、ここは祇園。熟達したワイン党も多く、日本料理とどんなマリアージュを奏でるのか?と期待は高まり、ハードルも上がる。
「その分、意外な相性をご提案できれば、喜んでもらえます!」と、ソムリエの神宮司博之さんは驚くほど気負いがない。
『ひらまつ』グループのフレンチレストランで腕を磨き、『十牛庵』では和食とワインのマリアージュを提案。その経験を礎にした、フレンドリーで洒脱なサービスは、祇園という花街によく似合う。
一方、「僕は日本料理一筋なんで、ワインに合わせた料理というのを意識しているわけではないのですが…」と頭をかくのは、藤原 誠さん。『祇園丸山』で13年という長きにわたって修業を重ね、『十牛庵』では料理長も務めた。
とはいえ、神宮司さんと出会った『ひらまつ』時代。フレンチもワインも身近な環境下で感性が磨かれたのだろう。ことさら意識せずとも、神宮司さんとのコンビネーションが織りなすワインとのマリアージュには、説得力が生まれるようだ。
フレンチの技が潜む先付×シャンパーニュ
1月のとある夜のコースは、唐墨をまとった飯蒸しから始まった。
神宮司さんにワインのセレクトを委ねると、
「次のお料理にも、こちらのシャンパーニュが合いますので、ゆっくりお楽しみください」と、最高峰シャンパーニュ「サロン」の兄弟メゾン「ドゥラモット」のブラン・ド・ブラン(シャルドネ100%)がグラスで登場。
二品目の先付「伊勢海老生揚げ」とシャンパーニュの織りなすマリアージュに心が華やぎ、そして、瞠目する。
伊勢エビは殻を焼き、その香ばしさを油に移す。これを卵黄と合わせてソースに。この手法は、『ひらまつ』時代に学んだフレンチの技がベースになっている。そこへ、隠し味に醤油を忍ばせ、和の風味へと着地。身は油に軽く通し、レアに火入れする「生揚げ」で、持ち味をジャンプアップさせる。
「ドンペリニヨンのような骨太のシャンパーニュだと、コクが強すぎて、繊細な伊勢エビの風味が負けてしまうんです。キリっと辛口の方が、このお料理とは呼応します」と神宮司さん。
料理はすべてコース25000円(全11品)から。卵黄ソースをまとった伊勢海老生揚げは、グラスシャンパーニュ(ドゥラモット)グラス2500円と。添えは、百合根とホウレン草。天に盛った糸唐辛子が味の引き締め役だ。
“椀刺”は正統派で、さりげなくシャルドネと
「お椀とお造りはオーソドックスに。旬味を真っ直ぐに楽しんでいただきます」。
庖丁仕事と素材の目利きを伝える刺身と、だしと味付けを伝えるお椀を、日本料理の華として“椀刺”という。ここで遊びを加えてしまうと、日本料理という骨格が崩れてしまうから、というのが、藤原さんの意図だ。
この日のお椀は、甘鯛と丸大根の清汁(すまし)仕立て。マグロ節と利尻昆布でとっただしに、塩と薄口醤油で塩梅した吸い地は、繊細で品がいい。甘鯛は2時間塩をして身を締めた後、焼く。丸大根がなんとも滋味深い。
清汁仕立て。甘鯛と丸大根に、菜種、柚子を添えて。「グジのだしを加えて、味を一段深くすることもあります」と、藤原さん。
造りは、一種ずつ2皿で供される。樂の九代・了入の向付には、ヒラメを。錦市場の鮮魚店『丸弥太(まるやた)』に「目利きも、熟成も含めて、全部お願いしています!」と藤原さん。
続くマグロには、たっぷりの辛味大根をまとわせている。塩昆布、葛でとろみをつけたポン酢、土佐醤油を添え、味の変化を楽しませる。
そのお造りに、神宮司さんはどんなマリアージュ提案を?と問えば、「2008年のピュリニィ・モンラッシェで!」と、即答。
京都「英勲」、宮城「日高見」、石川「黒龍」などの正統派の地酒も揃え、お造りには日本酒、というお客にも応えながら、シャルドネと白身の相性をさりげなく推す。
「同じシャルドネでも、清涼感のある若いワインだと、ヒラメのわずかなクセを引き出してしまう。対して、もっと熟成させた樽香の強いシャルドネだと、ヒラメの繊細な持ち味が負けてしまう。ちょうど2008~2009年頃がいいと思います」。
ヒラメの造りには、芽萱草(めかんぞう)を添えて。塩昆布とワサビ、または、スダチのきれいな酸味が利いたポン酢で。ポン酢は葛でとろみをつけているので、造りに絡みやすい。神宮司さんセレクトの白は『ルイ・ジャド』の「ピュリニィ・モンラッシェ レ・ピュセル2008」グラス4500円、ボトル28000円。
適度に脂ののった中トロは、その脂が突出しないよう辛味大根と共に味わう。こちらは、土佐醤油がおすすめ。「大根の辛味とワインの酸がお互いを引き立て合うような相性になります」と神宮司さん。
柚子味噌にブルゴーニュの赤、という提案
焼物のノドグロ塩焼きには、ボルドーの白を合わせて。その心を神宮司さんに尋ねると、「シャルドネが続いたので、ソーヴィニョン・ブランで味変です(笑)」とのこと。樽香の中に潜む複雑味が、ノドグロの脂をきれいに洗い流す。
そして、いよいよ赤ワインが登場。
海老芋のもち粉揚げに、と選んだのは、ブルゴーニュから『ルイ・ジャド』の「シャルム・シャンベルタン2003」だ。
この華麗なワインが、素朴な海老芋とどんな相性を奏でるのか…。訝(いぶか)しんだのも束の間、ワインのきれいな酸と柚子味噌が驚くほど和合するではないか。
薄味で炊いたという海老芋の持ち味も際立っている。
聞けばこの柚子味噌、柚子をシロップ煮にして裏漉し、白味噌と卵を合わせて煉り、仕上げに果汁を加えたもの。柚子の風味に奥行きがあるのだ。そこに、ブルゴーニュの赤が重なり、果実味に深みが増すという寸法だ。
海老芋は八方だしで淡く煮て、餅粉を付けて揚げる。手前は、フキノトウの天ぷらに、田楽味噌をのせ、ケシの実を振ったもの。こちらは柚子味噌とはまた違って、赤ワインのコクと相乗効果を見せる。ワインは『ルイ・ジャド』の「シャルム・シャンベルタン2003」ボトル30000円。
焚合わせは、京都の京北町の猪肉。昆布だしと一番だしを合わせ、濃口醤油、薄口醤油、酒、砂糖で加減し、さっと炊いている。ゴボウ、セリ、ネギも同様に火入れし、山椒の風味で。
止椀と白ご飯でシンプルに締めくくったコースの流れを振り返ると、しかと日本料理を味わったという満足感が残る。
シャンパン、ボルドーの白、ブルゴーニュの赤と続くワインの流れはさながらフレンチなのだが、食後の印象が和に帰着しているのに、今更ながら驚く。
ワインをそれほど意識せずに仕立てる、藤原さんの日本料理。そこへ、銘醸ワインを突出させることなく、あくまで添わせるという神宮司さんの目利きを重ねると、『凌霄』のカタチが生まれる。
あるようでない、できるようで容易ではない、グランヴァン×日本料理のマリアージュ提案。それを、実に気さくに、フランクにやってのける二人のコンビネーションが、またいい。その仰々しさのないもてなしは、祇園という街の中で、熟成を重ねていく。
カウンターは8席。奥には、大きな石灯籠が目を引く坪庭がある。2階には個室も用意されている。
【住所】京都市東山区祇園町南側570-166
【電話番号】075-541-3557
【営業時間】12:00~13:00LO、17:00〜19:30LO
【定休日】不定休
【お料理】昼夜共通コース25000・33000・40000円。グラスシャンパン・ワイン2500円~、ボトルワイン15000円~。※サービス料10%別。
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