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“食材の始末”と“弟子の育成”を叶える、京都『おが和』の昼コース

店主・小川洋輔さんは『京都 𠮷兆』、『祇園さゝ木』で日本料理の骨格を修め、2010年に独立。自由闊達な板前割烹として人気を博し、2022年1月に、祇園北側から烏丸御池の落ち着いたエリアに移転しました。新天地で新たにスタートさせたのは、お昼4180円と破格値の「ご飯コース」。夜コースの名物だった8種のおかずと土鍋ご飯を昼の“主役”に据え、話題を呼んでいます。今、なぜこのコースを? 小川さんの真意に迫りました。

文:河宮拓郎 / 撮影:高見尊裕

目次


“ご飯がメインディッシュ”のコース

品目で言えば10品前後にのぼる前菜の盛合せに、ボリュームのある汁もの、これだけで目とお腹は7割方満たされてしまうのだが、コースの華はこのあと。自家製カラスミやマグロととろろ、お茶漬け用の牛肉の山椒煮など、8種類のご飯の供が鉢盛りでズラリとプレゼンテーションされる。それらを、お代わり自由の炊きたて土鍋ご飯に好きなだけのせてもらえる、という“メインディッシュ”が待っているのだ。さらにデザートまで付いて4000円少々とは、明らかに安い。

was0001b料理はすべて、昼のご飯コース4180円(前日までに要予約。滞在1時間程度を目安に)から。この日のご飯の供は、上左より栃木・益子から取り寄せる卵、マグロ、とろろ、中左よりちりめん山椒、お茶漬け用の牛肉の山椒煮、下左より海苔の佃煮、ゴボウの金山寺味噌、カラスミ。「調味料と卵以外は、うちで作るか、なんかかんかしてます」。米は新潟・魚沼のほぼ同地域で栽培される「雪椿」と「コシヒカリ」を時に応じて。

店が祇園にあった頃から夜コースの締めに提供してきた、ご飯+おかずのスタイル。毎回2~3種類だったおかずは、お客の「今日のコレは毎回出してよ!」という要望を受け入れるうちに数が増え、いつしかズラリ8品の“名物”となった。「移転に伴い、この店ならではの昼のコースを作りたかったんです。これまでも7500円や10000円台の会席コースはやってきましたが、ざっと1時間で食べ終えることができるパスタランチのような位置づけで、しかもチープにならない食事って、日本料理店ではなかなかないでしょう」。マンションなど住宅も多い界隈、普段使いのランチ和食を求めている層は一定数いるという読みもあった。

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「始末」と「味のオーソドックス」を後進に伝えたい

とはいえ、従来よりずっと低価格のコースをわざわざ設定するには、ある種の勇気が必要だったはずだ。踏み切るに至った思いを尋ねると、「積極的に昼営業をしたいんです」と。これは、昨今の状況から夜に2回転させることが難しい、という事情ももちろん影響しているが、“というよりむしろ”の、小川さん流の考え方がある。
「夜営業のみだと、破棄する食材が多くなりすぎるんです。夜のコースには、いい食材の最良の部分しか出せませんから。でも、他を捨ててしまっては結局価格に跳ね返るし、僕の思う料理店から離れてしまう。そうした、必然的に生まれる『いい食材の最良を除いた部分』もご飯のおかずや前菜の一品にできればと思って」。ナスのヘタ近くは、叩いてゴマ和えにすれば立派な一品になるし、カラスミをスライスした残りの切れ端は、夜出すわけにいかないが、「すりおろしたら、ほら、贅沢なふりかけになるでしょう」。確かに、ご飯に合わせるなら厚切りよりも、ふわりとしたフレークの方がずっといい。

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「あまり奇抜なことはせず、そうした“始末”を含む食材を、古典的な料理に落とし込んでいくのがこのランチでもあります」。茶懐石の流儀を取り入れた粽(ちまき)寿司や、季節を映す木ノ芽焼き、辛子漬けなど、前菜には日本料理のオーソドックスがみっちりと詰まっている。汁ものは、粕汁が好評でよく出すという。「こういう料理は、若い子の勉強にもなると思います。うちを出てすぐ店を持つかどうかは分かりませんが、もしそうなっても恥をかかないくらいの料理人にはしてやりたいですから」と小川さん。お弟子さんたちがこのランチのオペレーションに慣れてくれば、小川さん自身は少し身を引いて、夜により注力することもできる。

was9960e水ぬるむ候、この日の前菜は、村田 森氏作の軽やかな京焼に盛られて。鱒(マス)の木ノ芽焼き、ホタルイカの黒酢煮凝り、菜種の辛子漬け、フキのカツオ和えなど春の彩り。目立たない玉子焼き一つをとっても、整ったキメ、程のいい弾力のもたらす舌触りが料理の地力を感じさせる。

was9981f2品目には「温かく汁気の多いものでホッとしてもらいたい」と汁ものを供する。この日は新玉ネギの含め煮に揚げた桜エビをのせて。新玉ネギの力強い甘みと、塩味を利かせただしあんが均衡し、桜エビの香ばしい潮の香りが春を歌い上げるよう。こちらは品のいい古伊万里の鉢で。

土鍋からよそってもらったご飯はみずみずしく、口に入れるやおかずの旨みと塩気を吸ってのばし、もっと噛み続けたいのに喉の方へなだれてしまう。「お一人当たり、1合の計算で炊くんですけど、毎回2合食べてしまう人もいらっしゃいますね」。値段が安いんだから、気兼ねなくお代わりできるよう1合を超えたらプラス料金を取ればいいと勧めるお客もいるし、たとえば先々、使う食材が変わっていけば、価格に段階を設けるなどバリエーションを増やすこともできる。「いろんな変化に対応できる“伸びしろ”も見据えてのスタート価格ですから」と小川さん。当節の厳しい経営条件にあっても、この人は慌てず騒がず、緻密な計画と料理哲学で、店を、人を育てていこうと構えている。

was0129g新店の設計は、今をときめく「木島徹建築設計事務所」に依頼。アサメラ(アフリカンチーク)材のカウンターの奥行き寸法はもちろん「座ったときの主客のアイレベルを同じに」、「セットバックは110cmで」、「一文字の長い作業台を」と小川さんのオーダーは多岐にわたったそう。シンプル極まる設えに、主の料理への思いが滲む。


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