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壮麗な館に移転オープン、名古屋『京味 もと井』の新味

名古屋市千種区に“日本とタイの寺院”として知られる日泰寺があります。その西側の160坪の土地に、古い民家を改装し、『京味 もと井』が移転オープンしたのは、2021年4月。瀟洒な館の建築美や、広大な庭の美観もさることながら、堅苦しくない、愉しい日本料理が名古屋の食通の話題をさらっています。店主の本井将樹さんが繰り広げる、痛快な“本井ワールド”とは──。

文:中本由美子 / 撮影:間宮 博

目次


160坪の敷地に、築85年の日本家屋

愛知県名古屋市『京味もと井』

日泰寺の参道を抜け、脇道に入ると、真っ白な暖簾が揺れている。立派な門をくぐると、四季折々の花木が彩る広い庭。その向こうに、築85年の趣ある館が建つ。

ゆったりとした玄関、洋風の待合室と続き、広縁に臨む部屋には13席のカウンターが設えてある。個室は2階を含めて、大小3部屋。無双窓や組子細工の引き戸、天井の意匠も凝っている。

『京味もと井』がこの館に移転したのは、2021年4月。店主の本井将樹さんは、当時42歳だった。160坪を誇る荘麗な日本料理店で、一体どんなもてなしが繰り広げられるのか──。いざ、カウンターに座してみると、厳かさはなく、意外やざっくばらんな雰囲気。本井さんの自由闊達な料理に、ワイワイ楽しく舌鼓を打つ客の笑顔が溢れていた。

愛知県名古屋市『京味 もと井』の庭

ひと口目のインパクト

名古屋『京味 もと井』先付昼コース9500円(全8品)から、3月の先付。

3月の昼のコースは「蛤のおじや」から始まる。
ひな祭りのあるこの月は、夫婦和合の象徴とされるハマグリが日本料理の献立には欠かせない。「貝合わせ」にちなんで、貝殻を模したうつわを用いるのも定石だ。

けれど、その見た目の真っ当さは、一口目で鮮やかに裏切られる。
木の芽と思って口に含んだ小さな葉は、なんとマジョラム。意想外の爽やかな風味に、思わず目を見張る。ハマグリのだしで炊いた米にはもち麦が少し加えてあり、食感のリズムを生んでいる。

「イタリアンを食べに行って、マジョラムの香りにビビッと来たんですよ。リゾット風なんで、チーズ代わりに豆腐の味噌漬けを添えました」。
ほんの数口で“本井ワールド”に惹き込む、見事な序章だ。

お椀に牛肉、という提案

「余所と同じことは…あまりやりたくないんですよね(笑)」。
丸い眼鏡に蝶ネクタイの本井さんが、親しみやすい笑顔を見せる。

例えば、筍を手にしたら、炊かない料理を考え始める。デザートのシャーベットにフルーツトマトを使い、「うま味の相乗効果があるので」と衒(てら)いなくカツオだしを重ねる。

とある冬の夜は、白味噌仕立てのお椀に、なんと熟成肉の炭火焼きを合わせていた。「さすがにやりすぎでは…」と思ったが、これが妙味。圧倒的な説得力だった。

名古屋『京味もと井』お椀夜コース18500円(全9品)の3月のお椀は「安城(あんじょう)牛の沢煮椀」。安城牛は愛知県の銘柄牛で、黒毛和種。千切りの新ゴボウ、ウド、京人参と三ツ葉を、八方地でそれぞれ最適に火入れし、カツオ昆布だしに淡口醤油と塩の吸い地を合わせている。

3月の夜に供す沢煮椀は、安城牛のロースを60℃の八方だしで軽く煮て、椀種の主役にしている。たんぱく質を変性させながら、柔らかさやジューシー感をキープする絶妙な火入れだ。

野菜のシャキシャキ感が、ふくよかな肉の柔らかさを際立たせ、脂の旨みが口の中に横溢(おういつ)する。吸い口代わりの黒コショウがほどよい刺激をもたらす。

炭床から生まれる“驚き”のある皿

『京味 もと井』のカウンターに座すると、朱色の炭床が目を引く。なるべく客の目前で料理を仕上げるという本井さんは、お造りから椀種、もちろん焼物まで、炭焼きを巧みに取り入れる。

例えば、お造り。「3月は伊豆揚がりの金目鯛の季節。脂の旨みを堪能してもらいたいので」焼き霜に。能登の岩モズクと大根の鬼おろしを添え、行者ニンニクのタレをかけて仕上げる。

was0024e行者ニンニクを小口に切り、醤油・みりん・塩を合わせたタレで軽く火を入れる。太白ゴマ油を仕上げに加え、食欲を刺激するタレに。

名古屋『京味 もと井』金目鯛の造り

食べて驚くのは、温度差だ。温い金目鯛は脂の旨みがほとばしり、キンと冷やしたモズク酢はシャキシャキ感が際立つ。なんというコントラスト。大根でさらに食感に変化を付け、行者ニンニクの香味が炸裂。エンターテインメント性大のお造りだ。

名古屋『京味 もと井』の炭床お客の相手をしながら、自ら炭火を操る本井さん。立ち上がる煙と香りが、五感を刺激する。

焼き物は、「皮パリッ、身ふわっに焼きます」という鰻と、「大ぶりで弾力が凄い!」と胸を張る愛知のブランド椎茸。焼きたてを齧ると、肉厚の身からじゅわ~っと想像以上の旨みが溢れ出る。

濃厚な椎茸のエキスと重なり、ふわっと香るのは大徳寺塩。「大徳寺納豆を粉砕し、藻塩と合わせてます」。コクが凝縮したような味わいが、力強い素材の名脇役を務めている。

名古屋『京味 もと井』の焼物「鰻の醤油焼きと平松しいたけ」傘裏のみをじっくり焼き上げた椎茸は、愛知県知多市『しいたけ屋 平松』の原木露地栽培もの。直径10㎝以上のビックサイズで、肉厚。鰻は愛知県一色(いっしき)産。生醤油を塗って焼き上げると、ふわっというより、とろりと蕩(とろ)けるようだ。

左党ならではの“酒のおまかせ”

「紹興酒っぽいニュアンスがあって、大徳寺塩とよく合うんですよ」と、先の焼物に合わせてお薦めする酒は、群馬『土田酒造』の「シン・ツチダ」。

実は本井さん、お酒は何でも来いの左党。祖父が愛知県で酒蔵を営んでいたというから、筋金入りだ。それゆえか、「お酒はお任せで、という方が多いんですよ」と嬉しそうに笑う。2~3名で料理に合わせて1合ずつ、というパターンが主で、「トータルで帳尻が合えばいいので(笑)」値段は一律1合1100円だそう。

3月ならば、「蛤のおじや」には、秋田「春霞」から春限定の純米「花」。華やかな香りがマジョラムと呼応する。
「安城牛の沢煮椀」には、淡麗な福井「飛鳥井」の特別純米を添わせ、金目鯛のお造りには秋田「やまとしずく」純米吟醸の生原酒のフレッシュ感で、パンチのある相性を図る。

名古屋『京味 もと井』セレクトの日本酒

京料理の上に、ひらめきを重ねる

「この料理にはこの酒かな?と考えながら試飲するのが楽しいんですよ。最後は酔っぱらって、今日はもう止めとこ、となるんですけどネ」。
本井さんは、カウンターでもこの調子だ。豪奢な館の主とは思えぬ、気さくさ。実に楽しそうに仕事をしている。

料理の世界を志したのは大学時代。居酒屋でのアルバイトがきっかけだったと言う。「カウンターでお客様と接すると、料理に対する反応が即返って来るでしょう。それが楽しかったんですよ」。

大阪で調理師学校に1年通い、研修で訪れた京都『京料理やまの』の味に感動。門を叩き、5年務めて京料理を学ぶ。「カウンター仕事も覚えたいと思っていたところ、とある割烹でまたも感動して」、休日に無償で働かせてほしいと直談判。入店が叶い、5年の修業で遊び心ある割烹の料理を身に着け、地元の名古屋に戻って来た。

名古屋『京味 もと井』の店内と、店主・本井将樹さん13席のL字カウンターは樹齢300年の赤杉。凹凸を付けて木目の面白味を表現する「浮(う)造り」仕上げだ。「白木より堅苦しくないから、うちに似合ってると思って(笑)」と本井さん(左)。

カウンター8席の小さな日本料理店をオープンしたのは、37歳。「京料理を基本に、という想いを込めて、店名に『京味』と冠させてもらいました」。
愛嬌のある人柄と、面白味のある料理で評判を上げ、6年後、「いつかは一軒家で…と夢見ていたら、いい出会いに恵まれて」移転が決まった。

本井さんの来た道は、直観と行動力で切り開いてきたものだ。感動したり、ビビッときたり。心が動いたら、身体も動く。その率直さが今に繋がっている。

「フレンチから中華まで、いろいろ食べに行くんですよ。その中でビビッと来たものは素直に取り入れています」。
コース終盤に供する3月の変わり鉢は、そんな本井さんの個性が冴える一品だった。

メジマグロのタルタルに花ワサビの醤油漬。添えのホワイトアスパラガスには、ヨーグルトと粒マスタードのソースをかけている。
一口で胃袋を鷲掴みされるような、ド直球の美味しさ。いろんな味を重ねているのに、食べてみれば複雑さはなく、単純に旨い。

京料理を学んだ経験の上に、ひらめきを重ねて──。“本井ワールド”は少しずつ形作られていく。

愛知県名古屋市『京味 もと井』変わり鉢夜のコースの変わり鉢は「メジマグロのタルタル」。干し椎茸の戻し汁と割り醤油に黄身を合わせ、風味付けに海苔を加えている。ホワイトアスパラガスは八方浸しにし、卵の素と粒マスタード入りのヨーグルトソースで。花ワサビの醤油漬けを添えて。


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