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京都・鞍馬口『徳ハ本也(とくはもとなり)』。『和久傳』料理長・松本進也氏が独立開店!

京都の名店『和久傳(わくでん)』にて長年、料理長を務めた松本進也さんが独立しました。場所は上京区の上御霊神社近く。静かな土地で、周りの景色に溶け込むような一軒家を構えました。その設えや料理には、オリジナリティと研ぎ澄まされた美意識が宿り、開店早々、異彩を放っています。

文:西村晶子 / 撮影:高見尊裕

目次


数寄屋の空間で、次の世代まで見据える仕事を

中国の古典の一節「徳は本なり」から引用し、「徳を積み、励むことを大事とする」の意を屋号に込める日本料理店『徳ハ本也』。店主の松本進也さんは京都の人気店『和久傳』に19年勤め、高台寺店や室町店の料理長を任された実力者。街中から距離を置く、閑静な住宅地を気に入り、シンプルで美しい伝統的な和建築を手がける『三角屋』の力を借りて数寄屋の一軒家を建て、満を侍して2023年12月にオープンした。

「自分が納得できる空間にしたかったので、建物から造りました。『三角屋』さんにお願いしたのは日本建築に長けておられ、特に料理が映える照明が素晴らしいと感じていたからです。そしてカウンターのヒバ一枚板をはじめ、いろいろな木や板を使い、その表情がとてもいい。なので壁面には掛物を飾ったり、器を収納する棚は設けたりということはせず、脇床に花を飾るだけにしました。貴重な無垢の素材はそれだけで美しく、100年持ち、経年で良さが増します。年月を重ねるうちに建物の魅力が増すのは楽しみですし、料理も同じように長く続くものにしていきたいです」と未来までも見据える。

was7703b松本さんは、1978年、埼玉県生まれ。調理師専門学校を卒業後、東京のホテルの和食店で修業を開始し、2004年、『和久傳』へ。『京都和久傳』に8年、『高台寺和久傳』に6年、『室町和久傳』に5年勤める。

縦長の土地を生かして、露地を思わせるアプローチや玄関から店の奥に向かってかけこみ天井の長い通路を設け、カウンターを備えた空間へ静かに誘う。対照的なのが、明るく開放的なテーブルの個室。椅子に座って外の景色を眺めていると、「カウンターも個室も居心地の良さを一番に考えました。個室は庭を見ながらゆっくり過ごしてもらえる空間で、昼と夜でガラリと雰囲気が変わります。ここをわざわざ指定されるお客様もいらっしゃいます」と松本さんは話す。

was7531_7451_7645c左/素材の特性と洗練の手技を生かした店内の通路。料亭のような緊張感が感じられ、通路奥の坪庭が景色となる。右上/カウンターは8席。カウンターは青森ヒバ。ヒバは「あすなろ」とも言われ、店の成長への思いと防虫効果があることから選んだ。淡い色調と柔らかな間接照明が、シンプルかつ繊細な空間に清々しい雰囲気を生んでいる。右下/肩肘張らず過ごせる開放感あふれる個室。明り障子から柔らかな光が差し込み、『和久傳』時代から付き合いのある、辻󠄀村史朗氏や加藤静充(きよのぶ)氏らの作品を飾る。6名まで利用可能。

火入れを見直し、焼き物をコースの主役に

『和久傳』で学び培ったものをさらに追求し、深めたいと松本さんが最もこだわったのが焼き物の「火入れ」だ。

カウンターの右手奥に設けた趣のある囲炉裏風の焼き台、従来の炭火の焼き床、移動可能な小さな焼き台の3つを使い分け、焼き物のクオリティを引き上げている。
「囲炉裏は昔ながらの日本独特のスタイルですが、凛とした雰囲気、きれいな状態で見ていただきたいと思い、辻󠄀村史朗さんのご子息の辻󠄀村 塊(かい)さんに相談してカウンターの景色になるような焼き台を作ってもらいました。一尾の魚を丸ごと串に刺し、日向(ひゅうが)の備長炭で焼いてます。炭で焼くと素材へのダメージが少なく、肉を焼いてもドリップも出ず、しっとり上がります」。

この日は丸々と太ったイワシを30分かけて塩焼きにし、食すと皮はカリッとして、身はふっくら、しっとり。伊勢海老や鴨を丸焼きにすることもあり、フレンチレストランのデクパージュのように目の前で切り分けるプレゼンテーションで食べ手の高揚を誘う。

was2093_2166d『和久傳高台寺』の座敷で行っていた炉端焼きを進化させた焼き台。練炭で焼くと火が散ってしまうが、炭火は下方が膨らみ、上が細く長くなる。素材へのダメージが少なく、氷見や石川から直送された肉厚のイワシもふっくら焼きあがる。シンプルなものの美味しさを改めて教えてくれる。料理はすべてコース27500円より。

「切り身の魚は従来の横にして焼くスタイルで、モロコや松茸はお客様により近いところにコンロを置き、楽しんでもらいます。焼き物の理屈や定義はこれまでの経験から分かっていたので自分なりの感覚で磨き上げ、イメージ通りの焼き物になったと思います。食材が格段に美味しくなるので、この調理法の素晴らしさを広めていきたいです」。

水を選び、だしを極め、シンプルな美味しさを生む

火入れと並ぶ、松本さんのもう一つのこだわりが、「水」。

「日本料理はだしの料理であり、水ありきの料理です。オープン前にはいろいろな水を試しました。幸い、京都は湧き水に恵まれています。場所や水脈で味が変わり、雨が降った翌日でも変わるので、日々模索。今は主に梨木(なしのき)神社の染井(そめい)の水を使っています」。

この日の煮物椀は白魚の真丈と菜の花とミョウガ。蓋を取った瞬間にだしの香りが立ち上がり、口に含むと旨みがダイレクトに伝わる。

「真丈にはあえて味を付けていません。そのままで十分美味しいので。椀種によってだしのひき方や味つけを変えていて、今回は利尻昆布と、削り節はマグロ節と本枯れ節、荒節の3種を使っています。蛤のお椀でしたら、蛤のだしが美味しいので旨みのあるマグロ節を抜いた昆布勝ちのだしに。美味しいものと美味しいものを合わせたらもっと美味しくなるという理屈は絶対的に間違っていて、必ずしもプラスになるわけではないです」。

過剰な味をつけず、素材を重ねず、シンプルな美味しさを大事にしている。

was1893e「白魚真丈の煮物椀」。真丈は白魚が主役。タラのすり身をメレンゲと山芋でふんわりとさせ、つなぎ程度に使っている。だしには味をつけず、真丈の塩気のみ。器は北大路魯山人(きたおおじろさんじん)と親交があり、日月椀(にちげつわん)の制作に関わった山中塗の二代・辻󠄀 石斎の作。漆椀は古いものだが、古びずセンスの光るものを好み、この器は形と白檀の美しさに一目惚れして求めた。

産地との関係を築き、培った技と掛け合わせる

松本さんのさらなるこだわりが「食材」。

「『和久傳』にいた時から生産者さんと繋がっていましたが、さらにいいものを手に入れるにはより深く、いい関係を作らないとダメと思い、現場でいろんな体験をさせてもらいました。顔を見て、話をして、今までにやったことのない経験をして……現地との関係づくりは開店する前にやっておきたかったことの一つです」。

以前から交流のあるオーストラリアのレストラン『Tetsuya’s』の和久田哲也さんの紹介で富山県の氷見と繋がり、オープン前の1カ月間、現地に滞在し、漁師や仲買人の元で仕事を学んだ。
「料理人の観点でない目線で魚を見たかったし、市場に上がってこない魚のことやそのルートを知りたくて、漁港で卸しの現場を体験させてもらい、漁船に乗せてもらえるようになりました。おかげで、今はいい魚を優先的にもらっていて、今日のイワシも氷見の漁師から直接送ってもらったものです」。

was7504f氷見から届いた、丸々と太った30㎝ほどあるイワシ。お腹から焼いて脂を一気に落とし、焼き上げる。春は筍、夏は鮎、秋は松茸、冬はジビエや伊勢海老など、旬の食材が焼き物のメインになる。

was2222_1980g左/あん肝を忍ばせ、このわた醤油がかかる鯛のお造り。このわた醤油はねっとりとしたこのわたを湯煎してサラサラにし、吉野葛入りの昆布だしを加え、酒、醤油、みりんを足して油を入れて仕上げたもの。樂家六代・左入の器で料理を際立たせている。造りは2品出すことが多く、もう一品はシンプルな仕立てに。右/名残りの子持ちモロコのおかき揚げ。おかきは粉砕してふるいにかけ、粉状にして揚げ衣に。旬の焼き筍を添え、鮎焼きにも使っている味噌と米を加えて撹拌した木ノ芽のソースをかける。葵の葉皿は大樋(おおひ)焼。

トップクラスの食材と吟味した水、さらに時間をかけて集めた器や空間、一緒に働いてくれるスタッフを揃え、オープンに踏み切った。

「『和久傳』では料理だけでなく、設えや店の経営も学ばせてもらいました。その経験あってできた店ですし、これからもブレることなく、視野を広げ、自分らしい店にしていきたいと思っています。今は以前からのお客様が中心ですが、亭主がしっかり気遣いをし、肩肘張らない環境を作り、他にない料理をソコソコの値段でできたら、時間はかかったとしても人は来てくださると思うんです。目先のことに走らず、何よりお客様に喜んでもらえることを大事にしたいです」。

屋号の通り、徳を慎み、日々励み、次世代へ繋げんとしている。

was7624h屋号は、この地に根づき、長く続くように、中国の古典からいただいた。屋号の字は『和久傳』の女将、桑村祐子さん筆。

▼京都・鞍馬口『徳ハ本也』松本進也さんに聞く【5問5答】はコチラ


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