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『菊乃井』出身の田中俊祐氏が『日本料理 崇』開店。“若狭の恵み”に料亭の仕事を忍ばせて。

京都『菊乃井 本店』で10年経験を積み、帰郷。福井県の南西部・名田庄(なたしょう)で暖簾を掲げた『日本料理 崇(すう)』の田中俊祐さん。里山の風景に溶け込むような館で挑むのは、若狭地方の食材と素直に寄り添う、衒(てら)いのない味づくりです。そこには、集落の農家や、自家栽培の野菜、さらには漁師や猟師など、地域の作り手との繋がりを軸にしたいという、揺るぎない想いがありました。

文:船井香緒里 / 撮影:高見尊裕

目次


師匠の言葉「万事天命」を心に。名田庄で開業した理由

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福井県・大飯郡おおい町名田庄。峠を越えれば京都・美山という里山に『日本料理 崇』はある。店主の田中俊祐さんは、京都『菊乃井 本店』で10年間経験を積み、2023年6月に故郷で開業。「独立を考え始めたとき、地元へ帰ると決めていました。だけど、この田舎にわざわざお客様は来てくれるのだろうかと少し不安も」。

その時だった。師匠・村田吉弘氏からの一言で、決意を確かなものにする。「全ては『万事天命』。自分の身に降りかかる全ての事は、神様からの天命やと思って頑張りなさい」。

was2733c田中俊祐さんは1992年福井県生まれ。高校卒業後、京都『菊乃井 本店』に入社し、村田吉弘氏に師事。29歳で地元・名田庄に戻り、魚卸業・仕出し・小売を営む実家の『カネイチ商店』に2年間勤務。その間、仕出しや出張料理をしながら開業準備を進め、2023年6月に独立。

「曽祖母は、集落の方々から“すうばあちゃん”と親しまれ、彼女が住んでいたこの場所にはいつだって沢山の人が集まっていました。あの頃のように、多くの方にお越しいただけるような料理屋になったら。そんな思いから、すうばあちゃんの戒名(かいみょう)を屋号にしました」。

かつて曽祖母が住んでいた、築100余年にもなる葛屋を全改装。京都の名店を数多く手掛ける建築家・杉原 明氏のもと、「みのっちゃん」と田中さんが親しむ、地元の「岡本建築」岡本 実さんが施工を手掛け、格式高い数寄屋の空間が誕生した。

木をふんだんに用い、土壁が柔らかな陰影をもたらす店内。漆塗りのカウンター奥に設えた、栗の木が温もりを醸す。頭上にはへぎ板の網代(あじろ)を設え、程よく凛とした空気感が漂う。目の前には広々とした厨房があり、おくどさんと炭床が料理を待つ客の想像力を大いに刺激する。そして窓の向こうには四季を映す野山の風景。秘境とまではいかないが、はるばるやってきた感、この上ない。

was9050dカウンターは10席。「『菊乃井』修業時代は厨房の中で仕事をすることがほとんどでした。ですから、カウンターを介してのトークはまだまだですが…(笑)。お客様と直接やりとりさせていただけるのは、とても活力になります」と微笑む田中さん。

was8971_8966e左/竹や檜などの木材を贅沢に用いた数寄屋造りの建物は、細部にまで凝った造り。個室は3室あり、人生の節目やお祝い事などに利用する地元客の姿も。右/平均年齢70歳超えの大工さんが、約1年半かけて造り上げた。すうばあちゃんの家の柱に、木をピタッと継いで頑丈な柱にするなど、ベテラン職人の技が随所に光る。

was2815f厨房には柳刃刺身庖丁が鎮座。そこには「万事天命」と書かれた鞘が置かれている。田中さん曰く「『菊乃井』を卒業するとき、大将(村田吉弘氏)からいただきました。宝物というか“家宝”です」。

『菊乃井』での修業時代、そして独立後も自分がどんな料理人になりたいかを考えていた。

「朝、僕が摘んだ山菜、さらに畑で育てた野菜……。自分の足で駆け回り、素材を集めるのがご馳走であることを、料理人の先輩方から学ばせていただきました。だから、自然の恩恵を受けながら、この地でしか表現できない懐石料理をお出ししたい。それができる場所が、すうばあちゃんの家でした。地元に帰ってくるまでは分からなかったのですが、一年を通して海、山、川の食材に事欠かないんですよ」と言って、田中さんは目をキラキラさせた。

若狭の自然と共存し、伝えたいこと

名田庄は、丹波山地の北斜面に位置し、京都府と滋賀県に接する山間の地。また、若狭湾が広がる小浜(おばま)市へは車で約15分という、海と山に囲まれた自然豊かな山村だ。

夜のおまかせコースは、魚菜を中心とした全10品の構成。『菊乃井』仕込みの、見目麗しく繊細な季節の八寸にはじまり、ご飯に至るまで、素材のほとんどを若狭地方(福井・嶺南地方)で賄うことができるという。集落の農家や、漁師や猟師など、地域の作り手との繋がりの賜物だ。

was2652g料理はすべてコース11000円より。

この日の向付は、ナメラとマス。ナメラとは小浜漁港で水揚げされた、キジハタの別名だ。7日間熟成させたナメラは、咀嚼するほどに舌全体に、じわりと旨みが広がる。

一方マスは、名水百選の「瓜破(うりわり)の滝」で名を馳せる隣町・三方上中郡若狭町より。「湧水のすぐそばにある養魚場で育ったものです」。活かしで届き、田中さんの手で活け〆に。その後、斜度をつけた板にのせて余計な水分を抜く脱水〆を行う。口に含めば、鮮度を感じながらも味わいは深く。近くの山に自生する実山椒を用いた醤油漬けがいいアクセントに。

このように海と川の幸を一皿に盛り込むのが田中さん流。「どちらにもほど近い、名田庄だからこそできる取合せです」。ちなみに、若狭湾の魚介は、お父様が営む食品中心の小売店『カネイチ商店』から仕入れる。「父は小浜漁港の競りの資格を持つため、質の高い旬魚を仕入れてもらえます。本当にありがたいです」。

あしらいには、近所の農家さんが育てたフェンネルの土佐酢漬けを。また「山に入ったら、自生しているんです」と言う、ワサビの葉は塩漬けにして添える。

「この地域の素材を一番美味しく食べていただきたいから、変化球はいらないんです。それが、食材に対して、そしてお客様に対しての僕なりの礼儀だと思っています」。

作り手の思いと丁寧向き合う

「名田庄という里山の情景を、料理に映し出したい」。その思いを昇華させた献立の一つが、焼き物だ。
基本的には川魚を使い、この日の主役は山の湧水で育ったヤマメ。「生簀(いけす)で育てられているのですが、身の締まりは良く、丸々として、天然と遜色のない質の高さです」。

炭火の焼き床で1時間以上かけて塩焼きに。頭からガブリと頬張れは、皮はクリスピーで香ばしく、身はふっくら、しっとり。清々しい風味が鼻腔を突き抜ける。

was2676hついさっきまで店先の生簀で泳いでいたヤマメを、じっくり1時間以上かけて炭火焼きに。朝、山で摘んできたノビルを素揚げにしてあしらった。

「添えているのは、白菜ペーストです。少し付けて、味の変化を楽しんでください」と田中さん。鮎の塩焼きに添える「蓼酢」からヒントを得たらしい。「蓼がどこに生息しているのか分からなくて。それなら、近所のおばちゃんが届けてくれる白菜で何かできないか?」と。

白菜はカツオ昆布だしでくたくたになるまで炊き、米酢と薄口醤油で味を調えた。蓼酢とはまた表情が違う、柔らかな酸味と甘みが、肉厚なヤマメの身の旨みを引き立たせていた。

was2705i猪の角煮。素揚げにした菊芋と、カツオ昆布だし・薄口醤油・みりんで炊いてペースト状にしたキャベツの葛餡と共に。少しのブラックペッパーが全体を引き締める。土の温もりを感じる器は、若狭町熊川にある『若州窯(じゃくしゅうよう)』の飛永なを氏作。

強肴で供する「猪の角煮」も、名田庄ならではの食文化を昇華させた品だろう。「昔から、名田庄といえばぼたん鍋が有名ですが、鍋でお出しするのではなく、懐石料理としての一品を」。

近くに住む猟師さんが持ってきた脂付きの良い猪肉。そのバラ肉を茹でこぼした後に、八丁味噌や黒糖、濃口醤油や酒などで炊き上げた。近所の農家さんから届く菊芋は素揚げに。両者を重ね、くたくたに炊いた春キャベツの葛餡を添えた。

食すと、バラ肉はまったりとコク深く、菊芋の質朴な甘みが重なることで、里山の情景が脳裏をよぎる。キャベツ餡の清々しい後味もいい。
田舎っぽいエッセンスをほんの少し。そこには「農家さんや猟師さんなど、地元の人たちの温かみも伝えたい」という、実直な田中さんらしい人柄が、じわりと滲み出ていた。

次代へ伝えたい、郷土の味を

名田庄を有する「おおい町」はもとより、北は敦賀市・美浜町・若狭町・小浜市・南は高浜町を総じて若狭地方(嶺南地域)と呼ぶ。この地域ならではの郷土料理の一つが「若狭の鯖なれずし」。

『日本料理 崇』では、自家製の鯖なれずしを酒肴の一品として提供する。「近所のおばちゃんに、作り方を手取り足取り教えていただきました。今ではウチのシグネチャーメニューです」と田中さんは嬉しそう。

was2604j自家製の「鯖なれずし」は、漬け込みの際にできた飯(いい)を添えて。若狭町山内地区の伝統野菜「山内かぶら」を用いたつぼ漬けは、「『山内かぶら保存会』のおばちゃん達が作ってくれています」。無骨な見た目ながら、濃いがぶらの風味と、歯切れの良さが特徴。

鯖は2枚におろして塩漬けにすること約5日。水洗いをした後に、ご飯と米麹を混ぜ合わせて腹に詰め込む。これを樽の中で漬け込み、3カ月で「鯖なれずし」の完成だ。

一切れを少し齧れば、上質なブルーチーズを思わせる香り。鯖の身は程よく引き締まり、まろやかな酸味が口中を占拠する。若狭地方が誇る「早瀬浦」純米大吟醸をゴクリ。その華やかで透明感のある飲み口により、鯖なれずしはグッと端正な表情を見せた。

実は「若狭の鯖なれずし」は、若狭地方の地域それぞれで作り方が微妙に異なる。隣町、小浜市では「鯖へしこ」を用い、一旦塩抜きしたものをご飯と米麹に漬け込む、といったように。地元の常連や、県外客が入り混じるカウンター席では、そんなローカルな話題に場が華やぐこともあるだろう。

「若狭地域の方々には懐石料理を身近に感じて頂きたいです。そして、県外からわざわざお越しくださるお客様には、“御食国(みつけくに)若狭”の素晴らしさを少しでも知って頂けたら」と田中さんは締めくくった。

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『日本料理 崇』福井空豆饅頭 若狭わかめ餡仕立てのレシピはコチラ
『日本料理 崇』田中俊祐さんに聞く【5問5答】はコチラ


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