能登半島地震から4カ月。能登・七尾『一本杉 川嶋』×大阪『柏屋』コラボ食事会
「発災以降、初めてお客さまと対峙しながら料理を作ります」。元日に起こった令和6年能登半島地震。能登半島七尾市に店を構える日本料理『一本杉 川嶋』の川嶋 亨(とおる)さんも被災者で、店は大打撃を受けました。それでも自身を奮い立たせ、炊き出しを続ける日々。そんな中、大阪『柏屋(かしわや)』主人・松尾英明さんの誘いから、5/10・11にコラボ食事会が開催されました。今回は、5/10に『柏屋 北新地店』で催された会をレポートします。
「地域を盛り上げる」ことを最優先に考える料理人
能登・七尾の『一本杉 川嶋』。2020年オープンと日は浅いが、全国的に見ても勢いある一軒だ。店主・川嶋 亨さんは修業先の関西から故郷に帰って数年の間に生産者との繋がりを強固にし、9割以上の食材を七尾中心の能登産に。確かな技と熱い語りでお客を魅了、1年以上予約が取れない人気店となっていた。
22年から開催する地域復興イベント「うますぎ一本杉」では発起人として活躍。また、100年後の能登の食文化を創造することをミッションとする「NOTOFUE(ノトフュー)」を料理人仲間と発足させ、里山・里海の環境、資源を後世に繋げる活動にも取り組んでいた。
川嶋さんは1984年生まれ。父は旅館の総料理長で、幼い頃から和食に親しみ、大阪の調理師学校で日本料理を学んだ。大阪『錦水(閉店)』『老松 喜多川』、京都『桜田(閉店)』などで日本料理の腕を磨き、大阪『居酒屋 ながほり』と七尾「和倉温泉 日本の宿 のと楽」の『割烹 宵待(よいまち)』では料理長を務めた。2018年「RED U-35」ゴールドエッグ、21年『ミシュランガイド北陸』1つ星・グリーンスター、22年『ゴ・エ・ミヨ』3トックを獲得。
24年3月発刊の『ゴ・エ・ミヨ』では「明日のグランシェフ賞」を受賞。その連絡を受けた矢先、被災した。
写真は2022年10月に撮影したもの(撮影:田中祐樹)。建物は1932年頃に建てられた国登録有形文化財。元文具店で、外壁のインク瓶や万年筆のデザインを生かして大切に使ってきた。しかし震災後に危険度を表す「赤紙」が貼られ、1月末に外壁を取り外した。地域を盛り上げようと建設途中だった隣接のオーベルジュも、余震による倒壊の危険があるため、オープンを目前に解体することとなった。
「地域の人たちのために」。
自身も被災者であるにも関わらず、その軸はぶらさず毎日炊き出しを続けていた。2月、大阪の日本料理『柏屋』の主人・松尾英明さんから連絡が入る。
「一緒に食事会をしませんか。関西には川嶋さんを応援する人も多いから」。
店の改修が進まず、調理場を失った川嶋さんにとって、その言葉は希望となった。
こうして5/10に『柏屋 北新地店』、5/11に『柏屋 千里山』にてコラボ食事会が実現することに。『柏屋 北新地店』では料理長の髙橋 淳さんと、『柏屋 千里山』では松尾さんと料理を考え、2日間で用意された64席の予約はすぐに埋まった。
松尾英明さんは1962年大阪生まれ。関西学院大学理学部を卒業後、滋賀の名料亭『招福楼』にて修業。1989年『柏屋』へ戻り、1992年料理長に。2013年農林水産大臣より「第4回料理マスターズ ブロンズ賞」、18年「第9回料理マスターズ シルバー賞」受賞。2010年よりミシュランガイドで三つ星、20年にはミシュラングリーンスターを獲得。21年龍谷大学大学院 農学研究科 修士課程卒業。22年『紫紅社』より「柏屋の『季』」発行。
川嶋さんとの出会いは2011年の『食の都・大阪グランプリ』。松尾さんは審査員、川嶋さんは出場者で、分野別優勝を果たした川嶋さんに声をかけたことから縁が続いている。(撮影:ハリー中西)
真骨頂のカウンターで、関西と能登を繋ぐ
『柏屋 北新地店』は8席のカウンター。川嶋さんの熱量が伝わる、特別な食事会が幕を開けた。
「元日に震災がありまして、1月2日にはチームを結成し、ずっと炊き出しを続けてきました。こうして白衣を来て、皆さんと対峙しながら料理するのは今日が初めてです。久々にカウンターで本気と言いますか、4カ月できなかったことをぶつけたいと思ってますので、皆さまよろしくお願いします!」。
先付は「稚鮎の煎り出し お粥 蓼添えて」。ペアリングのお酒は石川『白藤酒造店』の「奥能登の白菊 特別純米」。
先付は稚鮎粥。川嶋さんと髙橋さんの共作だ。「まずはお腹を温めていただきます。お米は私たち『一本杉 川嶋』と仲間たちで植えた自然栽培無農薬のコシヒカリ。『柏屋』さんが引いた一番だしで炊き上げています。お米に混ぜた緑色のものは私が摘んできた能登の山菜・水蕗。上には『柏屋』さんが揚げた琵琶湖の稚鮎です」。
あえて輪郭を残して炊き上げた米は咀嚼するごとに甘みを感じ、水蕗のサクサクッとした食感が軽やかなアクセントに。味付けはなし。ふわりと漂うカツオの風味、稚鮎のほのかな苦みがお粥の温度で優しく口中に広がる。
続いて髙橋さんが料理を紹介。「替(かえ)の料理、茶碗蒸しです。柏屋の料理は色を基調としておりまして、本日は葉桜の色をイメージしています。上にかかっているあんはスナップエンドウ。ホワイトアスパラガスを茶碗蒸しにし、中には生ウニが入っています」。滑らかな質感の玉締めに生ウニが蕩けた。
左/髙橋さんは長らく『柏屋 千里山』で腕を磨き、香港の支店では料理長としてカウンター主体の日本料理店を約6年率いた経験を持つ(撮影:塩崎 聰)。右/替の「ホワイトアスパラ玉〆 スナップエンドウすり流し 花ゆず」。ペアリングのお酒は石川の「竹葉(ちくは)瓶内後発酵 純米 うすにごり」。川嶋さんが「能登町『数馬(かずま)酒造』の、スパークリングのように飲める軽やかなお酒です」と説明した。
続いてはトリ貝真薯の煮物椀。「もしかして七尾湾のトリ貝?」と、『一本杉 川嶋』の常連客が尋ねた。
「……残念ながら、ご用意できなかったです。トリ貝はストレスに弱い食材の一つで、生育がかなり遅れています。数が獲れないし、サイズも小さいという話です」。
『一本杉 川嶋』で扱うのは、能登とり貝の中でも「プレミアム」と称される最高等級のもの。200gを超えるビッグサイズで肉厚、上品な甘みが特徴だ。
「生産者と直でやり取りさせていただいていて、この季節、必ず献立に能登とり貝の料理を組み込んでいました。来年には、一緒に復活したいです。自分だけじゃダメ。生産者と、地域一体で復活しないと!」。
煮物椀の「鳥貝真蒸 矢羽根独活 蓬白玉 巻きゆば へぎ柚子」。ペアリングのお酒はフランスの赤ワイン「Bourgogne Robloet Marchand 2019」。
その決意を表明する椀。トリ貝を柔らかな真薯に仕立てた。合わせたのは『柏屋』製の巻き湯葉とヨモギの白玉。川嶋さんが採ってきた能登の天然ウドを的を射抜くようなイメージで添えた。カツオ昆布だしにトリ貝で取っただしを加え、心地よい塩味に。ふわふわな真薯生地にジューシーなトリ貝、歯ごたえある巻き湯葉にもっちりした白玉、サクサクで風味濃厚なウド。一椀で多彩な食感のコントラストが楽しめる。
造りは2種。一品目はヒラメと洗いにした甘エビに、『柏屋』製の梅干しで作った梅肉醤油と、川嶋さんが生産者と共同開発した塩が添えられた。「この塩、今、ある分しかないんです。津波の被害で窯が倒れ、作ることができなくなってしまって。カドがなくてミネラルが多く、食材の持ち味を引き出せるいい塩なんですけどね」と川嶋さん。
造り一品目は「平目 甘海老 塩 梅肉醤油 防風 山葵 胡瓜より」。ペアリングのお酒は義援金を募ることを目的とした石川県酒造組合連合会企画の復興支援酒「天狗舞 つなぐ石川の酒」。
造り二品目は、スペシャルなパフォーマンスで。髙橋さんがカウンター内側に設えられた小窓の障子を開けると、川嶋さんが藁(わら)でカツオを炙っている様子が窺える。
川嶋さんらしい笑顔満開。「鰹叩き3種 酢味噌花韮(ニラ)、ネギおろし一味、生姜木の芽和え 山葵芥子添えて」。ペアリングのお酒はジョージアのオレンジワイン「Mtsvane Shalauri Wine Cellars 2020」。
藁焼きは『一本杉 川嶋』の夜コースで必ず組み込まれる料理。川嶋さんが仲間たちと育てた自然栽培無農薬のお米の藁だ。「この香りで、『一本杉 川嶋』を思い出していただけたら嬉しいです」。
続いて、カウンターで川嶋さんが煎ったゴマをすり鉢ですりだした。
「香りがいいねぇ」。お客が口々に言い、視線が集まる。
川嶋さんがしみじみと言葉を発した。「……この感覚、久々ですね。お客さまの歓声とか視線とか、すごく心地がいいです。料理できることがめっちゃ幸せ。めっちゃ嬉しい。調理場を失うと、生きた心地がしないんです。昨日からここに入らせていただいて準備して、すごく生きてるって感じがするというか。感謝の気持ちでいっぱいです」。
あえて強く煎り付けたゴマは野生の力強い味わいの天然の野芹と合わせて。これも川嶋さんが採ってきたもの。小鉢に盛り、上に七尾で獲れたサヨリの昆布〆をのせた。「こちら、『一本杉 川嶋』では定番の『五味五感の料理』です。店では一品目などによく出していたお料理ですね」。立体的な味わいで、心を掴む料理。今回は、『柏屋』の八寸の一品となった。
八寸。「ちまき寿司 蕗天ぷら 青梅茶巾 甘長 菜の花お浸し 花丸胡瓜 腐乳射込み 天然野芹胡麻和え、サヨリ、土佐酢煮凍り、花穂紫蘇」。緑で統一された料理、美しい粽はさすが『柏屋』の仕事。ペアリングのお酒は木曽『十六代九郎右衛門』が醸した「奥能登の白菊」。輪島『白藤酒造店』の酵母を長野『湯川酒造店』が引き取り、醸造したものだ。
焼き物は『柏屋』が力を入れている養殖のイサキ。
「大瀬戸伊佐木(イサキ)といいまして、和歌山県串本町の『大瀬戸水産』が育てているイサキです。『柏屋』では海洋生物の保持を大切にしたいと、2~3年ほど前から大瀬戸さんとエサや育て方を共に考えているんです」。
イサキを焼き物にするとパサパサになるイメージがあるが、食べると程良い脂感。木ノ芽焼きにすることで野趣味が出て、鰻のような味わいに。
そして鉢物の後、いよいよクライマックスのご飯だ。
左/焼き物の「大瀬戸イサキ 木の芽焼き」。ペアリングのお酒は石川『数馬酒造』の「Chikuha Gibier 山廃純米 能登五百万石」。右/鉢物は炊合せ。「穴子衣揚げ 賀茂茄子 山椒ペースト 大根おろしかけ出し」。ペアリングのお酒はドイツの白ワイン「Malterdinger Chardonnay Alte Reben Bernhard Huber 2015」。
ご飯はもちろん、川嶋さんが仲間と作った自然栽培無農薬のコシヒカリ。『一本杉 川嶋』でお馴染みの、ご飯のお供を選ぶスタイルだ。
「田んぼは無事で、来週、田植えに行きます。自分のできることをちょっとずつやろうと思ってます」。
ご飯は、左から海苔の佃煮・通称「川嶋ですよ」(某商品のオマージュ)、烏骨鶏(ウコッケイ)の卵かけご飯にカツオ節をかけたもの、カツオの漬けの3種。この他にワサビと塩も。ペアリングのお酒は石川『御祖(みおや)酒造』「遊穂の湯 ほっ。生酛純米 熟成」。
髙橋さんがお菓子の海苔きんとんを出し、会は幕を閉じた。「実は私は川嶋さんとお会いしたのは昨日が初めてだったのですが、とても楽しい食事会ができたと思ってます。川嶋さんの『料理が楽しい』って気持ちが伝わってきて、こちらも楽しい気持ちになりました」。
続いて川嶋さん。「震災があったことは、宿命だと思っています。能登に生きる料理人として何ができるか。まずは炊き出しだったのですが、その中で改めて『食』って希望で、人を幸せにすることができるものなんだと感じました。食べることに困っている人がたくさんいて、栄養ある食事をとれたことで涙される方もいらっしゃいました。正直、私も一人になると気持ちが落ち込むことがあります。でも、こうして皆さんの笑顔を見て、応援の声をいただいて、とても励みになりました。時間が経つにつれて報道が少なくなって、震災を忘れられることが一番怖い。正直言って、全然復興できていないんです。だからこそ、こうして自分の武器を生かして、他のエリアに現状を伝える機会や、発信していくことが大事だと思っています。私は動き続けます。時間がかかっても、必ず地域一体で立ち直りますので、これからも応援、よろしくお願い致します!」。
関西と能登に縁のある川嶋さんだからこそ開催できた本イベント。
川嶋さんに会いたい、料理を食べたい。少しでも元気付けられたら…と思って伺ったが、動き続ける川嶋さんの行動力や熱い想いを聞いて、お客側も元気をもらえた会だった。
能登・七尾では毎月、第一日曜に「一本杉復興マルシェ」を開催。もちろん『一本杉 川嶋』も出店している。川嶋さんの今後の動きに注目しつつ、長く応援できる方法を模索していきたい。
【一本杉復興マルシェ】
https://www.instagram.com/ipponsugi_marche/
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