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魚菜料理 縄屋[京都・丹後]日本料理に薪火を取り入れ、山海の幸を昇華

2006年のオープン以来、天然の魚介類と地産の野菜を使った料理で知られる『魚菜(さかな)料理 縄屋』が新装開店したのは2020年7月のこと。プロ向けにスチームコンベクション調理の講師を務めるほどの知識を持つ店主・吉岡幸宣(ゆきのり)さんが、カウンター内に新たに据えたのは特注の薪の炉でした。火を自在に操り、丹後の滋味と共に供する皿は、全国各地の食通たちを魅了し、足を運ばせます。その技と創意に迫ります。

文:船井香緒里 / 撮影:岡森大輔

薪火をメインに、大改装

「素材から必要な水分を逃さない、薪火に魅せられました」。
店主・吉岡幸宣さんは、バチバチッと薪が爆ぜるレンガの炉を前に、そう言って微笑む。『魚菜料理 縄屋』が厨房に薪オーブンを据え、新装したのは、2020年7月のこと。テーブル席とカウンター席の間を遮っていた土壁を取り除き、開放感と厨房のライブ感をあわせ持つ雰囲気にガラリと変貌した。

陜暦スウ1左/開放感たっぷりのカウンター席。柔らかな光を反射する天井と光障子は、和紙デザイナー・堀木エリ子さんによるもの。右/炉の中には、特注の薪オーブンと焼き台が鎮座する。

吉岡さんといえば、スチームコンベクションの名手としても飲食業界で知られる料理人である。そんな彼が、なぜアナログな「薪火」へと回帰したのか。「きっかけは、神戸のスペイン料理『bb9(ベベック)』さんでした」。当時のシェフであった坂井 剛さんの、薪の熾火を巧みに操り火入れする技と、その結果生み出される芳しさに魅了されたという。「適度に水分を含む薪の熾火は、素材が持つ必要な水分を逃さないんです」と、常に薪を焚(く)べながら調理をする。「薪は炭に比べて炎から熾火になるまでの時間が早いのですが、その中で、自分が理想とする、炎のカタチを自在に選べるのも気に入っています」と目を輝かせる。

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吉岡さんは、仕出し屋とスーパーを営んでいた実家に育ち、子どもの頃、料理人になることを決意。高校卒業後、大阪のホテル、京都市内の割烹店での修業を経て、名門『和久傳』へ。約5年間、経験を積み、京丹後へUターン。

一人で調理をする吉岡さん。「動きやすく、また扱いやすい薪の炉を」と自らが図面を引き、鉄製オーブンと焼き台を据えた。「オーブンの中では直火焼きができ、その上部では、ご飯を炊いたり、だしを温めたりすることもできます」。一方、焼き台は熾火の上の網や串の位置を7段階変えられる。その全てが、地元の鉄工所による特注品だ。薪は、地元の工務店から仕入れるケヤキを愛用する。

京丹後の食材を、薪火の力で滋味豊かに

その薪を使って調理するのは、コース11品のうち、なんと半数以上。薪火を巧みに操りながら、炙り・蒸し・炒め・香り付け……と、あらゆる調理法を駆使する。そこには、スチームコンベクションを使いこなしてきた経験が生かされている。「今、この瞬間という、温度帯や時間の狙い目を判断できるのは、スチコンを使い、加熱の温度帯などを数値化し、情報を蓄積してきたから。その技術を、薪火を扱いながらアウトプットしている感覚です」。

さらに、薪焼きが続いても飽きず、むしろ食べ手の期待が高まる工夫がある。

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料理は全て12000円のコースから(全11品、昼夜共通)。コースの1品目には、薪火の強い炎で加熱した、炊きたての土鍋ごはんが登場する。

「まずは、薪火で炊いたご飯をご用意させていただきました」。
コースの始まり。吉岡さんの奥様・恭子さんが供するのは、丹後産コシヒカリの煮えばな。メラメラと炎燃え滾(たぎ)る、薪オーブンの上に土鍋を置く。
「薪火で炊いたご飯の、もっとも美味しい瞬間を一口目に味わっていただきたい」という主人のおもてなしに心が解れる。米粒はピンと立ち、そのまろやかで透き通った甘み、清々しい香りが口中にスッと広がる。

その後に続く料理の内容は毎日異なり、献立の決まりもない。「自由に作りたいんですよ」と吉岡さんはサラッと話すが、農家や漁師から届く素材を使い切りたいという理由も大きい。京丹後という地で自然と寄り添い、日々表情を変える素材と対話をしながら、一皿一皿を作り上げるのだ。

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薪オーブンの中、盛んに萌える炎で瞬時に炙るのは舞鶴産の岩牡蛎。

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薪火を用いた焼物は、「一つの素材の中で、食感の違いを楽しんでもらえる火入れを心がけています」。そして、「魚介への味付けは最低限に。必ず野菜を組合せ、互いが引き立てあうような味づくりを意識します」。

この日の宮津の甘鯛(写真右)は、鱗付きのまま遠火の強火で30分近く炙る。口に運べば、ザクッと香ばしい鱗からレアな層へと続くグラデーションがかった身の質感に瞠目。そこに甘鯛のだしで炊いた玄米が添えられ、素朴な旨みがジワリと広がる。

一方、燃え盛る薪火で瞬時に香りをつけたのは舞鶴の岩牡蛎(写真中)。そのミルキーさと燻香の相性が良く、乳酸発酵キャベツの優しい酸味が寄り添うのだ。

そして吉岡家の畑で採れた万願寺唐辛子(写真左)には、津居山のサザエの身とワタを詰め、オーブン内の直火で5分加熱。玉ネギのソースを添え、吉岡さんが朝摘んできたアサツキの花を散らした。

オコゼなら油で揚げた後、熾火でじんわり火を入れて。また、季節の果実を炙り、シャーベットに添えて温度差を楽しませるデザートなど、薪火の力を自在に操る。

合わせる野菜や山菜は、地元で採れたものだけを用いる。朝、野山へ山野草を採りに行くのも吉岡さんの日課だ。家族で育てる野菜がたくさん収穫できた際、例えばズッキーニやナスであれば乳酸発酵させ、トマトは煮込むなどして、それぞれソースに加工したり。今ある野菜をどう使い切るかが、新たな味わいのエッセンスにもなり、主となる素材を引き立てるのだろう。

日本酒も地元のものを。「県外のお客様に、この地域の個性を感じていただきたい」と、『木下酒造』、『竹野酒造』、『向井酒造』3蔵の酒を常時ラインナップ。
器も地元作家のもの、暖簾は吉岡さんのお母様の手織り……と、京丹後という地で客を迎え入れる、もてなしの心、随所に。

名店『和久傳』での修業を経て、独立15年目。京丹後の風土が生み出した自然、そして文化に寄り添い続けた吉岡さんの新境地。ここにしかない味が、全国から足を運ばせる。

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