調味料とワイン、マリアージュの基礎【前編】
ワインとのマリアージュを考える時、「魚」「肉」など食材に目がいくことが多いですが「“つなぎ役”となる、調味料も大切ですよ」とは、松岡正浩さん。過去に日本料理店でワインペアリングを提供していた経験から、その使い方・合わせるコツを熟知。今回の【前編】では、ワサビ・ショウガ・醤油・味噌とワインのマリアージュについてお教えいただきます。
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松岡正浩さん
兵庫県出身。山形大学に進学後、県内のホテルに就職。東京『タテル ヨシノ 芝』にて本格的にフランス料理の世界に入り、その後、渡仏。『ステラ マリス』を経て、パリの日本料理店『あい田』ではシェフソムリエとして迎えられた。帰国後、和歌山『オテル・ド・ヨシノ』にて支配人兼ソムリエを務め、2016年、日本料理『柏屋』へ。こちらでも支配人兼ソムリエを務め、ワイン・日本酒を織り交ぜたペアリングコースを提案。レストランガイド「Gault&Millau(ゴ・エ・ミヨ)2021」にてベストソムリエ賞受賞。2022~23年、京都・御所東のフランス料理『Droit(ドロワ)』においてギャルソンとして勤務。
食材そのものとワインはそれほど相性の良いものではなく、その間に何かが介在することで明確な接点が生まれます。
よく耳にする「魚料理に白ワイン」、実は魚と白ワインの相性が良いわけではなく、魚料理の「ソース」に使われるバターやクリーム、オリーブ油、胡椒、ハーブなどがワインとの架け橋となるため、こう言われるようになりました。
和食・日本料理においてはその役割を、ワサビ・ショウガ・醤油・味噌などが担います。特に、ワサビとショウガはワインとのマリアージュにおいて圧倒的な相性、存在感を示します。
1. ワサビ
撮影:喜多剛士
特に赤ワインとの相性が顕著で、ワサビそのものを舐めながら飲んでも楽しいと感じるレベルです。この二者だけで即席のマリアージュが完成すると考えることもできます。
ワサビには、成分としてさまざまな種類のカラシ油が含まれます。ワサビ特有の鼻にツーンとくる辛味はアリルカラシ油によるもの。こちらが赤ワインに含まれるタンニン(ポリフェノール:主に渋味成分)と相性が良く、さらにワイン中の乳酸によってまろやかになりつつも強さを失いません。私は、ワサビの青くツーンとくる辛味を赤ワインが包み込みながら同じ方向に勢いよく流れるようなイメージでとらえています。
また、ワサビの清々しく爽やかな香りの主体は別のカラシ油(6-メチルチオヘキシルカラシ油)であり、この風味が酸味とミネラルのしっかりとした爽やかなワインと近いベクトルであることからも、白ワインとの相性が視野に入ります。ワインの酸味は、このワサビに対してもきわめて有効です。
近年、鮨をワインペアリングと共に楽しませてくれるお店のことを時折耳にします。このワインペアリング、ポイントとなるのはこのワサビと次にお伝えするショウガです。ヅケの地にこれらを加えたり、搾り汁を隠し味に使うなど、一般的な鮨以上にワインを意識してワサビとショウガを使っているはずです。
2. ショウガ
撮影:太田恭史
生のショウガはスパイシーで特有の爽やかな香りと鋭角な辛味が特徴です。この爽やかな香りはシネオールという成分に由来し、ユーカリ油の主成分でもあります。また、ローリエやバジル、ローズマリー、セージなどのハーブにも含まれます。
ワインにはハーブ香が顕著に表れるものが多く、フランス料理やイタリア料理においてフレッシュハーブやスパイスが多用されることからも、ショウガとワインとの相性が容易に想像できるかと思います。さらに、多くのオーストラリアワインからユーカリの風味を感じます。
また、ショウガは熱を加えることで成分が変わり、「奥の方にじんわり甘みを感じるようなまろやかな辛味」に変化します。この辛味の変化はジンゲロールという成分が加熱によってショウガオールになることでもたらされるようです。
例えば、ホットワインには多くの場合ショウガを加えるように、この「奥の方にじんわり甘みを感じるようなまろやかな辛味」はワインの甘み(一般的な辛口ワインであっても、ほんのり甘みを感じます)と呼応します。これらのことからもワインとの相性がイメージできるのではないでしょうか。
さらに、樽を使った若い白ワイン(ブルゴーニュのシャルドネなど)からは、フレッシュで抜けるようなやや土っぽい生のショウガの香りが、熟成した白ワインやシャンパーニュからはジンジャーブレッドのようなほんのり甘く香ばしい香りが感じられることがあります。
このようにワインとの接点が多く、また加熱してからの変化もワインに有効であることからも、ショウガは和食とワインをつなぐ必須アイテムと言えます。ショウガそのものを感じさせずとも、隠し味としてほんの一切れ加えるだけで、グッと料理とワインの距離が縮まります。
3. 醤油
醤油はその発酵過程において、麹菌が大豆のタンパク質をアミノ酸(グルタミン酸など)に分解し「旨み」を、乳酸菌が糖分から有機酸を作り「酸味と伸びのある味わい」をもたらします。さらに、酵母菌が糖分からアルコールを生成、作られた有機酸と反応し、醤油特有の「香ばしく奥ゆかしい香り」が生まれます。
ワインとの相性を考える上でポイントとなるのは、醤油の塩味と酸味に支えられた瞬発力のある鋭角で、かつコクのある旨みと香ばしい香りです。
この旨みとの相性は、丸さ・なめらかさ・おだやかな旨みが特徴の日本酒以上に、溌溂とした風味を持ち、かつ酸味が主体のワインに軍配が上がります。また、熟成(酸化)した赤ワインからは醤油の香りをダイレクトに感じることさえあります。
まずは、色調、複雑さや香ばしさから赤ワインがイメージされます。そして、「酸味に支えられた鋭角な旨み」から思い浮かべるべきは、冷涼産地のピノ・ノワール種の赤ワインです。この赤ワインはやや淡めの色調で軽めの味わい、渋みがそれほど主張しない分、酸味がしっかりとしており、醤油の風味に最も適しています。温暖な産地のワインはどうしても厚みがあり、ふくよかで酸味が穏やかなため、ワイン産地としては冷涼なドイツやフランス産が向いています。
また、酸味や鋭角という言葉からも、酸味のしっかりとした爽やか系白ワインも想像以上に醤油の旨みの流れに寄り添います。
ただ実際には、醤油だけを感じるほど口に含むものではないため、醤油単体を意識してワインを合わせることは少ないのですが、この鋭角さと酸味、香ばしさを意識することが大切です。
4. 味噌
味噌は醤油以上に主張が強く、旨み・甘み・コクが長くしっかりと口の中に残ります。この旨みの強さと余韻の長さを意識してワインを考えます。
味噌は大きく赤味噌と白味噌に分けられます。その違いは製造過程において、大豆を蒸すのか、煮るのかという点と熟成期間です。
赤味噌は大豆の浸水時間を長くとり、高温で長時間蒸すため、アミノ酸と糖によるメイラード反応がしっかりと行われます。このため濃い褐色になり、より重厚で複雑味のある辛口の味噌が出来上がります。
メイラード反応は肉を香ばしく焼き上げた時や玉ネギを炒めた時などにも見られるもので、コクと旨みが強まり、複雑味が増します。この複雑味と赤味噌の塩辛さに対してワインを考えると、フルボディで濃いめの赤ワインがイメージされます。特に樽の風味をしっかりと効かせたアメリカやチリ、オーストラリアなど新世界の黒いワイン(カベルネ・ソーヴィニョン種やメルロ種、シラー種など)のよく熟した濃い果実味と樽由来の香ばしさが、赤味噌の複雑味とコクに同調し塩味を大きく包み込みます。さらに、強いアルコール感が味噌の長い余韻と共に長く伸びて行きます。
白味噌は大豆の浸水時間を短くし、蒸さずに煮るためメイラード反応が抑えられ、色調が淡く、穏やかで優しい旨みを持ちます。さらに、赤味噌と比べて熟成期間が短いため塩分が少なく、麹の割合が高くなるので甘みのあるなめらかな味わいとなります。それでも味噌ですからそれなりの主張があることを意識してワインをイメージすると、果実味がしっかりとしたふくよかなで丸みのある白ワイン、樽を使ったシャルドネなどが良い組合せとなります。
ただ、この味噌もそのものを食すことは少ないため、上記の「赤味噌=濃い目の赤ワイン」、「白味噌=樽を使ったシャルドネ」という公式を意識しつつ、どのような状態で、どの程度使われているかを加味しつつ、料理全体を意識してワインを考える必要があります。
次回【後編】では、辛子(からし)・マスタード・オリーブ油・コショウ・レモン・塩についてのマリアージュの基礎をご紹介します。
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