日本料理のことば

【レシピ付き】幽庵焼き(ゆうあんやき)とは

醤油・酒・みりんを合わせた調味液(地)に、食材を漬けてから焼く料理を「ゆうあん焼き」といいます。または、つけ焼きであることから「ゆうあん漬け」とも呼びます。この料理名の由来となったのは、江戸時代、素晴らしい味覚を持つとして知られた一人の茶人だといわれています。その茶人とは? 一般的に「幽庵」という字を当てるのはなぜか? 今回は、謎の多い「ゆうあん」という言葉に迫ります。

文:「辻󠄀静雄料理教育研究所」今村友美 / 料理制作:「エコール 辻 大阪」大引 伸昭
撮影/東谷幸一 / 協力:辻󠄀調理師専門学校

幽庵焼きの由来

「ゆうあん焼き」の考案者は、北村祐庵[号は幽安、1648-1719年]だという説があります。祐庵は、現在の滋賀県・江州堅田(かたた)の豪農で、江戸時代前中期に活躍した茶人です。同時代の傑物をまとめた伝記集『近世畸人伝(きじんでん)』(1790年)では、異能ともいえる味覚の持ち主であったことや、客人をもてなす際の並々ならぬこだわりを示す逸話が紹介されています。

これとほぼ同じ内容が、料理本『新撰庖丁梯(かけはし)』(1803年)の巻頭にも記載されています。しかし、体系的な本であるにも関わらず、「ゆうあん焼き」の名も、考案エピソードも見当たらないのです。つけ焼きの手法も紹介されておらず、何より、「ゆうあん焼き」に欠かせない、みりんが他の料理の中にも出てきません。
古くは高級飲料だったみりんが、『新撰庖丁梯』の頃はかなり一般的な調味料として使われていました。また、つけ焼きに似た調理法も出始めていたと考えられます。祐庵が本当に考案者であるならば、ここで紹介されていてもよさそうなものですが…。

もちろん、常人ならざる味の追求の結果、祐庵は当時の最新調味料であったみりんをいち早く取り入れ、独自につけ焼きの手法を編み出していたかもしれません。ただ、それを裏付ける書物が見当たらない、のです。

実は、つけ焼きの手法や調味料が本格的に出揃うのは、彼の時代から80年以上も後のこと。「ゆうあん焼き」の名前が見られる早い文献は、幕末の『会席料理秘囊抄(ひのうしょう)』(1863年)です。おそらく幽庵焼きは、幕末および明治時代以降に成立したものであり、祐庵が考案した料理というよりは、味覚の天才茶人であった彼の名声にあやかって、後世の人が名づけたと考えるのが自然なことでしょう。

「ゆうあん焼き」は一般的に「幽庵焼き」と記されます。幽の字は不気味な印象を与えがちですが、幽玄、幽遠という言葉にも用いるように、「奥深く静かなこと」を指すもので、ネガティブな意味はありません。これは、懐石の献立によく使われるのが理由だそうです。
また、北村祐庵にちなんで「祐庵」焼きと書いたり、柚子を用いる時に「柚庵」の字を当てることもあります。

幽庵焼きのレシピ

【材料(4人分)】

鰆…4切れ
ゆうあん地…酒・みりん・濃口醤油 各150㎖
柚子の果肉…1個分
あしらい…木の芽、黄柚子 添え:蕪(かぶら)の甘酢漬け

【鰆ゆうあん焼きの作り方】

ゆうあん地を合わせ、柚子の果肉を加える。
鰆は三枚におろし、塩をして30分おく。水で洗い、食べやすい大きさに切って、ゆうあん地に15分漬ける。
鰆に串を打ち、焼き床で焼く。表面に焼き色がついたら、ゆうあん地をかけながら焼き上げる。
器に盛り付け、木の芽をちらし、振り柚子をする。蕪の甘酢漬けを添える。

その他「WA・TO・BI」内の幽庵焼きレシピ

■連載「銀座 小十のエスプリ」内
【レシピ付き】カニに頼らない、魅せるコース――三色丸 開き松茸のお椀&赤ムツ幽庵焼き 蒸し栗おろし

■連載「和食のいろは」内
【レシピ付き】『味菜』の割烹料理 初秋の魚介

■連載「特集」内
【レシピ付き】魚の味噌幽庵焼き Vol.1 大阪『割鮮 入たに』の「明石のサワラ 味噌漬け
【レシピ付き】魚の味噌幽庵焼き Vol.2 東京『日本料理 初志』の「ボラとカラスミの腹子焼き ブラッドオレンジ味噌幽庵

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事日本料理のことば

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です