料理用語のふくさ(袱紗)とは
ふくさは、贈り物に掛ける布や茶道に用いる四角い布を指すのが一般的ですが、料理にも使われることばです。中でもふくさ寿司は、寿司飯を薄焼き玉子で包んだ料理ですから、布に見立てているのが分かりやすいです。しかし、ふくさ焼き(具入りのやわらかい卵焼き)、ふくさ仕立て(2種の味噌を使う汁物)、ふくさ料理(正式の膳立を簡略化した料理の形式)ともなれば、まるで共通点がなく、その姿を思い浮かべるのは難しいでしょう。しかし、そこにはある共通する起源があるのです。
「ふくさ」の意味、そして由来とは
「ふくさ」という言葉には、主に3つの意味があります。
①物のやわらかなさま。比喩的に、人柄が柔和な様子、福々しくゆったりしている様子の形容にも用います。
②四角い布。茶道で必須の「茶ふくさ(小ふくさ)」がよく知られるでしょう。ひと昔前は、贈答品を覆う「掛けふくさ」が代表例でした。
③(本式に対して)略式のものを指す。
これらは一見、関連性がなさそうですが、その多くが①の「(かたいものに対して)やわらかい」という対立的な語義に関連するかたちで、派生していったと考えられています。
平安~鎌倉時代の装束が言葉の派生のきっかけに
ふくさは、もとは衣服のやわらかさを表す言葉だったようです。
平安時代、貴族たちは「ふくさのきぬ」——すなわち糊を引かない地の、自然で曲線的な萎装束(なえしょうぞく)を身につけていました。それが平安末から鎌倉期にかけて、かたくて直線的な強装束(こわしょうぞく)が主流に。すると「ふくさ」が、やわらかいものを指すことばとなり、定着したと考えられています。
また、強装束が本式になると、やわらかい衣服は略儀となり、ふくさは略式(簡略化)の意味も持つようになりました。
時代は下り、布や料理用語に派生
ふっくらやわらかい質感からの連想でしょうか、羽二重やちりめんといったやわらかい絹の四角い布も、ふくさと呼びます。表地には文様を染めたり縫ったりし、裏は無地の袷(あわせ)仕立てで、大きさは用途によってさまざまです。
例えば結納では、広蓋(ひろぶた)に贈り物を置き、水引熨斗(のし)をかけて目録を添え、ふくさを掛けます。また慶弔に金封を包むのも、ふくさです。この習慣は民衆にも広がり、極めて馴染みがあるものでした。年中行事や通過儀礼における贈答の機会が減った現在では、茶道で器をぬぐったり、碗を受けたりする小さなふくさ(茶ふくさ)を思い浮かべる人の方が多そうです。
著名な国学者である本居宣長(もとおりのりなが)は、江戸後期の随筆『玉勝間(たまがつま)』13巻のなかで、「物のやはらかなることを、ふくさといふ」と解説しています。「ふくさ」が付く複合語も多く生まれ、伊勢貞丈(さだたけ)は『貞丈雑記』(言語の部)において多くの例を示し、料理に関わるものは「ふくさ料理〈七五三の膳部などに対して云〉、ふくさ吸物〈鯉のあつ物に対して云〉、(中略)ふくさみそ〈みそをすらぬを云也、すりたるみそに対して云〉」と紹介。それらはすべて、「本式にあらざる物にふくさと云事を付ていふなり」、すなわち本式に対しての略儀を指すと説明しています。
料理用語には、ふくさ玉子、ふくさ寿司、ふくさ仕立て、ふくさ料理などがありますが、初見ではどんな料理か分からないでしょう。ふくさ玉子は、ふくさ焼きとも言い、具が入ったやわらかい厚焼き玉子を指します。やわらかい仕上がりだから、あるいはふくさ布のように2つの材料を合わせるからと言う人もいます。ちなみにふくさ蒸しは、ふくさ玉子を包んだ蒸し物を指すことが多いようです。
ふくさ寿司は、ふくさ布に見立てて、薄焼き玉子などで寿司飯を四角く包んだもの。ふくさ仕立て(あるいは、ふくさ味噌)は、2つの味噌を合わせて使うことです。ふくさ料理は、正式な膳立に対し、簡略化した料理の形式のこと。儀礼的より味本意を優先するスタイルを意味し、今の会席料理にも受け継がれています。
ふくさが身近だった昔の人たちにとって、言葉がもたらす「やわらかい、略式、合わせ布」といったイメージの広がりは、今よりずっと明瞭だっただろうと想像できます。もしかすると、ふくさが付く料理名を見ても、今の人たちほどは不思議に思わなかったかもしれません。
ちなみに、ふくさの字は、「袱紗」が一般的です。袱は、包む裂地(きれじ)を意味するそう。音が同じなので、「福」「富久」を当てて、縁起を担ぐこともあるようです。
▼ふくさ(袱紗)寿司のレシピはコチラ
フォローして最新情報をチェック!
会員限定記事が
読み放題
月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です
この連載の他の記事日本料理のことば
月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です