つまるところ、刺身のツマとは
刺身につきものの、あしらい。我々はそれを“ツマ”と呼んでいますが、その名前の由来やどんな種類があるのか、刺身に添える効果については漠然としている方も多いのではないでしょうか。そこで、素朴な疑問から、近年のトレンドまでご紹介。連載「日本料理のことば」でもお馴染みの「辻静雄料理教育研究所」の今村友美さん、大阪で紅たでを育てる『カネ筒農園』筒井昭男さん、サラダ感覚で食べられるツマを供する『旬魚処 海蔵(みくら)』中島賢一さんに、お話を伺いました。
そもそもツマって何ですか?
「主のものに対しての添え」と捉えると分かりやすいと思います。「椀づま」という言葉があるように、ツマは刺身だけでなく椀物にも使います。椀種に添えた青菜やキノコなどのことです。江戸期に広まった言葉のようで、天保の頃、大阪で出版された平亭銀鶏(へいていぎんけい)の「街(ちまた)の噂」にこんな一節があります。「刺身の相手に、うどや大根を千にうって、側におくのをかやくといひやす。(中略)江戸では料理人は妻といひやす」。当時、多くの戸主は夫で、妻はそれを支える役割でした。それが刺身と添えの関係に似ていることから、妻の字を当てたようです。ただ、語源は定かでなく、「連身(つれみ)」が転じて「つま」になったという説もあるんですよ。(「辻静雄料理教育研究所」今村友美さん)
ツマの役割を教えてください。
昔は魚介の鮮度も水も良くなかったので、殺菌・招集など毒消しの役割が大きかったようです。「お腹を壊したら大根汁」といわれるように、大根には解毒作用があるとされ、ツマの定番になったのでしょう。今は魚介の鮮度がいいので、口直し、彩りを添える、という役割が主です。(「辻静雄料理教育研究所」今村友美さん)
どんな種類がありますか?
ツマの仲間に、ケンがあります。大根やニンジンなど野菜を細切りしたもので、繊維に添って切ると縦ケン、逆なら横ケンと呼びます。縦ケンは立てて盛ることができ、姿が剣に似ているため、近年はこの字を当てることが多いですね。他に切り方として、ウドなどのより切りが代表的。ツマに使う食材は、紫蘇(しそ)、紅たで、浜防風(はまぼうふう)、花丸キュウリ、海藻類、食用菊など多彩です。春ならワラビやツクシ、夏は涼しげな蓮芋(青ズイキ)と、季節感をさりげなく添えることもあるんですよ。(「辻静雄料理教育研究所」今村友美さん)
左の写真は、大根を繊維に添って切り、高さを出すように盛った「縦ケン」。右の写真は、「よりニンジン」と「よりウド」。
よく見かける、紅たでってどんなもの?
収穫したての紅たでは、舌がピリピリするほど刺激的。“たで食う虫も好き好き”の語源であることが体感できます。大阪の八尾で紅たでの栽培が始まったのは明治時代。農業普及員が種を持ち込んだといわれています。抗菌作用が高いことから刺身のツマとして急成長。八尾市内の久宝寺(きゅうほうじ)は一大産地になりました。昭和の終わりから平成の初めにかけては飛ぶように売れたため、栽培方法は秘伝とされ、近隣にも見せない厳戒体制が敷かれていました。ところが徐々に需要が減少。他産地が成長したことと、高齢化もあって、関西では『カネ筒農園』のみになってしまいました。ここ数年は、次世代に紅たでを伝えようと、調味料やドリンクなども考案、販売しています。(大阪・八尾『カネ筒農園』筒井昭男さん)
ツマに、トレンドってありますか?
神戸市灘区にある居酒屋『旬魚処 海蔵(みくら)』の造り2人前。シマアジ、赤貝、ハリイカ、カワハギのほか、ヤイトガツオや伝助穴子など。ツマは、よりニンジン、松葉、菊花、ニンジン葉、ハスイモ、新玉ネギ、紅芯大根、紫大根、ミョウガ。
昔は桂剥きにしてから千切りにした大根のケンなど、定番ものを使っていましたが、飾りに見られてしまうのか、残されることも多くて…。ウチ(『旬魚処 海蔵』)では、サラダ感覚で食べられるようにしようと、3年ほど前から野菜の種類を増やし、盛付けも変えました。見た目の華やかさも相まって、若い世代にも好評です。ウチと同様に、食べて美味しいように仕立てている店が多いみたいですね。大根のツマも自分の店で切っているのですから、残されると淋しい。もったいないですしね。「ツマを食べてほしい」という料理人の思いが、今の形に表れているのでしょう。(『旬魚処 海蔵』中島賢一さん)
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