和食のいろは

【プロ向け】きずしとは。しめ鯖の調理科学とアレンジ

魚に塩をしてから酢で〆たものを、関西では「きずし」と言います。代表格は鯖で、関東では「しめ鯖」として親しまれています。お節に、酒肴に、酢の物に、寿司にと欠かせない「きずし」を今回は深掘りします。まずは、きずしのメカニズムから。なぜ塩をしてから酢で〆るのでしょう? その効果とは? 連載「和食を科学する 料理理科」でお馴染みの農学博士・川崎寛也先生に解説していただきながら、きずしの謎に迫ります。また、鯖きずしのアレンジ料理も併せてご紹介。

文:中本由美子 / 撮影:香西ジュン、ハリー中西、高見尊裕、下村亮人

目次


Q:きずしは寿司の仲間?

「きずし」の「き」は生の字を当てることが多く、広義では寿司の仲間とされています。寿司の原型と言われる鮒(ふな)ずしなどの熟(な)れずしは、飯に魚を漬け、長期発酵させて作ります。室町時代には、発酵期間を短くし、飯も一緒に食べる「生熟(なまな)れずし」が誕生。きずしは、この生熟れずしがルーツではないか、と言われています。

Q:きずしのメカニズムは?

魚に重量の3%以上の塩を振ると、表面に高濃度の食塩水ができます。この食塩水が身の細胞内の浸透圧よりも高いため、中から水分が表面に出ていきます。すると、身の細胞が壊れて、塩が入っていく。これが塩〆の状態です。
その後、表面を洗って酢に漬けますが、塩〆の効果で酢の浸透が抑えられ、ほどよく酢が入ります。また、中に入り込んだ塩は酢〆する間に全体に行き渡り、平均化していきます。これが、きずしのメカニズムです。

Q:先に塩をする理由は?

鯛とアジの塩〆

まずは、脱水効果があります。塩で〆ることにより、身の中の水分が表面に出て、身が締まると共に、味も凝縮されます。
また、塩〆することにより、酢の酸味がほどよく入る状態になるのも効果の一つ。連載「和食を科学する 料理理科」の「“新しいきずし”を考える」では、脱水シート〆・塩〆の魚を使って酢の浸透具合を比較実験していますが、脱水シート〆では酢の酸味以外にも水分がたっぷり入って魚が膨張した状態になり、食感が悪く、酢の味も感じにくくなりました。

さらに重要な効果として、きずし特有の食感は塩〆によって生まれる、ということがあります。
塩をせずに酢漬けにすると、たんぱく質の親水性が増し、酢の中の水分が浸透。身が膨張し、だれてしまいます。
これを防ぐのが塩です。塩によって細胞が壊れ、そこに酢が浸透しますが、酢の酸によって筋線維たんぱく質が硬く変性します。と同時に、身が酸性になることでたんぱく質を分解する酵素が働き、筋や膜などの結合組織がもろくなります。その結果、歯切れがいい状態になるのです。

Q:ベタ塩しても大丈夫?

ベタ塩、『祇園にしむら』のしめ鯖の作り方

塩は魚の重量の3%以上であることがマストです。それ以下だと、脱水作用が起こりにくくなります。ベタ塩といって、真っ白になるまで表面に塩をする方法がありますが、この時の塩の量は魚の重量の10~15%。塩辛くなりすぎるように思いますが、塩〆の後、表面を洗ったり、酢に漬けたりする過程の中で、多くの塩は抜けていきます。
表面にたっぷり塩気がある状態で酢に漬けると、酢と身の塩の濃度に差があるため、これを均一にしようという作用が働きます。そのため、塩は酢に流れ出るのです。
塩〆→酢〆した後、冷蔵庫などで置いておくと、身の中の塩分の差を埋めようと、全体の塩分は均一化していきます。これを拡散現象といいます。

Q:塩〆前に砂糖で〆る方法もあり?

砂糖にも脱水能力はありますが、塩ほどは高くありません。そのため、魚に甘みが浸透することなく、余分な水分が流れ出ます。あまり強く塩味を付けたくない場合には砂糖〆→塩〆が効果的です。
連載「『祇園さゝ木』一門会 師弟セッション」のvol6後編では、大将の佐々木 浩さんが砂糖を使ったきずしを紹介しています。佐々木さん流は、砂糖をまぶして30分置いてから1時間ベタ塩し、米酢に15分浸漬。塩だけだと、脱水効果も弱く、塩自体が身に浸透しにくいので、砂糖の脱水効果を利用し、塩の入りをよくすると話しています。

『祇園さゝ木』鯖のきずし

Q:なぜ京都の鯖きずし(しめ鯖)は塩鯖で作るのか?

日本海の若狭湾で揚がった鯖にきつく塩をして、離れた京の都へ運ぶ。福井県の小浜から京都市の出町柳を繋ぐその道を鯖街道と呼びます。鯖街道は約80㎞の道のり。歩いて運ぶのには一昼夜かかったので、その間に鯖に塩が浸透していきます。これが塩鯖です。
この塩鯖を美味しく安全に食べる知恵として、酢に漬けたとされています。すると適度に塩気が抜けて酢がほどよく回り、大変美味しくなった。これを棒寿司にした鯖寿司は、京都の郷土料理として定着。江戸期に『いづう』が「鯖姿寿司」として売り出し、京名物となりました。

Q:塩と酢には殺菌効果も?

「鯖の生き腐れ」という言葉があるように、鯖は腐り始めるのが早い魚です。古くからきずしが長く親しまれてきた背景には、塩〆→酢〆が鯖を安全に食べる方法であったことが理由のようです。
大量の塩と酢にさらされることで、鯖に付着している腐敗細菌や寄生虫のたんぱく質が変性し、ほとんどが死滅します。そのことを昔の人は経験で分かっていたのでしょう。

プロの鯖きずし(しめ鯖)と、そのアレンジ料理

京都『祇園にしむら』の鯖寿司

『祇園にしむら』の八坂の雪

創業28年、店主・西村元秀さんの円熟味あるもてなしと、卓越したうつわ使いで知られる『祇園にしむら』。コースの名物は千枚漬をのせた鯖寿司で、「八坂の雪」として商品化も。全国区の人気を誇る京土産となっている。

「鯖は一尾600g以上の国産を選んでいます」と西村さん。ほんのりピンク色の断面が物語るのは、レアな〆加減。塩〆も酢〆も短時間で、フレッシュな鯖の旨みを際立たせている。シャリと合わせたら、慶応元年創業の京都『大藤』の千枚漬を重ね、雪が降り積もったような美しい見た目に。食感のアクセントにもなり、独特の発酵香と酸味がレアな鯖に寄り添い、味わいに奥行きを与えている。

【作り方】
①    鯖を三枚におろし、塩を敷き詰めたバットに置き、上からさらに鯖全体を包み込むようにベタ塩をし、常温で約40分おく。
②    ①を水洗いし、キッチンペーパーで水気を拭き取る。
③    「ミツカン」の穀物酢400㎖に砂糖200gを合わせ、②の皮目を上にして浸ける。酢を含ませたキッチンペーパーを被せて乾燥を防ぎ、冷蔵庫で約50分おく。
京都「祇園にしむら」鯖の酢〆
④    巻きすに手ぬぐいをしき、③の水気を拭き取って皮目を下にしておく。寿司飯を棒状に整えてのせ、しっかりと巻く。
⑤    皮の上に千枚漬を3枚のせ、食べやすい大きさに切る。

大阪『廉REN』のきずしめし

大阪『廉REN』のきずしめし

店主・野原廉志さんは大阪屈指の名割烹『作一』で40年のキャリアを持つベテラン。還暦を過ぎた2021年に独立し、気さくな浪速割烹を開いた。品書きには100品もの一品料理が並ぶが、お客様の要望に応えて、その日の食材で即興料理を仕立てることも。その当意即妙なもてなしには円熟味があると評判だ。

締めの一品として人気がある「きずしめし」は、バッテラなどの寿司に比べると、やや優しい〆加減。鯖は丸々と太った、腹ビレが赤っぽく汚れているものをあえて選ぶと野原さん。「脂ノリがよく、ハズレがないので」。薄塩と強塩の中間くらいの塩加減で、塩を身に行き渡らせ、割り酢に数時間。さらに昆布に挟むことで旨みを深め、冷蔵庫で半日から1日おいて味を馴染ませる。注文が入ると、きずしの皮目に熾(おこ)った炭を当て、血合いと身に潜む脂に瞬時に火を入れる。脂の甘みを引き出したところで、割り醤油にくぐらせてご飯の上へ。すりゴマと大葉、梅肉をあしらい、供する。

大阪「廉REN」きずしの皮目を炭で炙る

➡『廉REN』のきずしめしのレシピは、コチラ

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