和食のいろは

【プロ向け】奈良県の天川(てんかわ)村で、鮎を学ぶ

いよいよ鮎のシーズンが到来。5月半ばから7月にかけて、全国の川や湖で鮎釣りが次々と解禁となります。連載「浪速割烹の“動く”料理」でお馴染みの坂本靖彦さんが、ココと決めているのは奈良県吉野郡天川村の鮎。シーズン中は、週に一度は鮎釣りに通っていたと言います。北新地の割烹『さか本』では、次男の代となった今も、淡水の水槽に鮎を泳がせ、6~9月の名物としています。今回は、坂本さんの案内で一路、清流・天川(天ノ川)へ。鮎釣り名人の『旅館 大和屋』大将・上西修一郎さんを指南役に迎え、鮎を学びます。

文:中本由美子 / 撮影:福本 旭

目次


生きた鮎は、まさに「香魚」

奈良県吉野郡天川村

奈良県は吉野郡、天川村。近畿最高峰の八経ヶ岳(はっきょうがたけ)などが連なる山岳地帯の、谷間にある集落に降り立つと、空気が驚くほど澄んでいるのが分かる。村役場の近くにかかる薬師橋から見下ろす天川の清冽なこと。そこから川沿いに南下すると、鮎釣り名人が待つ『旅館 大和屋』がある。

旅館 太和屋/旅館 太和屋のご主人・上西修一郎さん

木造の渋い旅館の入り口には、大きな水槽があって、壁には「おとり鮎」の張り紙。その水槽をのぞき込むと、何匹もの鮎が悠々と泳いでいる。気さくな大将の上西さんが、その鮎を一尾掴んで、「ほれ、触ってみ」と言う。掌に載せてもらい軽く握ると、するりと鮎が逃げて水槽へポチャン。「手の匂い、嗅いでみ」。キュウリ? いやいや。スイカ? いや、違う。もっとずっと美しい香りだ。例えて言うならば、水仙の花のような。鮎が「香魚」と言われる所以は、この香りだったのか!

天川の鮎

鮎の寿命は一年

鮎は「年魚」という別名を持つ。
産卵は秋頃で、卵は2週間ほどで孵化(ふか)し、海に下る。ここで身を肥やし、川へと上って、翌年の晩秋には短い生涯を終える。1年しか生きられないから、年魚と呼ばれるのだと聞く。
天川村では、琵琶湖産の稚鮎を4月半ばに放流するそうだ。「解禁日には平均で16~18㎝の若鮎に育つね」と上西さん。

天川の体長17㎝の鮎

天川は、鮎の棲息する河川としては珍しく標高がかなり高い。『旅館 大和屋』の辺りで550mほどもあると上西さんは言う。「せやから天川の水温は他所より低いんやろね。鮎が早く子を持つんですわ。お盆を過ぎたら子持ちになって、体色も茶色になったら、もう落ち鮎やね」。
そして産卵を終えた秋頃、力尽きたようにメスだけでなくオスも1年の寿命を終えるのだ。

友釣りは“おとり操作”

「鮎は縄張り意識が高く、侵入してきた鮎を攻撃するんや。その習性を利用したのが友釣りやね」とは、鮎釣り名人・上西さん。
そこへ、フィッシングウェアに着替えた坂本さんが登場。いざ、清流・天川へ。

解禁日から晴天が続き、川岸は大小の岩がむき出しになっている。その間に、蓼(タデ)が群生している。「天然の蓼やから、齧るとビリっときますよ。でも、この鮮烈な辛みが鮎にはよく合うんです」と坂本さんが、一枚齧って「辛い!」と笑う。

天ノ川の蓼(タデ)

「ほら、流れが違うでしょ」。坂本さんが指差したあたりは、水深が深く、流れが止まったような瀞(とろ)。よく見ると、鮎が群れをなして悠々と泳いでいるのが見える。
「でも、あそこにおとり鮎を泳がせても釣れないんですよ」。
狙うのは、大きな岩間を勢いよく水が流れるあたり。その岩にはびっしりと深緑の苔がついている。

天川の風景

「苔などの珪藻(けいそう)をエサにするので、ああいう岩の下に鮎は潜んでいるんですよ」。
そこへ、おとり鮎を泳がせていくと、テリトリーを犯すな!と言わんばかりに、威嚇のためおとり鮎を追って泳ぎ出す。その鮎が針に引っかかるという寸法だ。

「鮎が釣れたら、今度はその鮎をおとりにします。おとりは元気なほど、相手の闘争本能を刺激するからね」。
釣れたらおとりを変える、というのを繰り返すと、どんどん釣れるのだそう。上西さんは、友釣りを“循環の釣り”だと話す。

身体に引っかけて釣る

「友釣りに使う針は、返しがないでしょう」。
坂本さんの掌には、3本のイカリ型の鮎針。その先には、確かに返しがない。
鮎針は、身体に当たるとすぐさま引っかかるように工夫されている。基本は「し」の字型で、イカリ型は3本または4本タイプがある。返しがあると、引っかかりが浅くなる上、仮にかかったとしても身に傷が付き、おとり鮎としては使えなくなってしまうのだ。

鮎釣りの準備中の坂本靖彦さん/鮎針3本のイカリ型

おとり鮎の目の下に「鼻かん」と呼ばれる輪を付け、鮎針を糸で繋ぐ。ちょうど、鮎針がおとり鮎の尾の先にあたりに泳ぐため、追ってきた鮎が引っかかるのだ。

鼻かんを付けた鮎/鮎釣りをする坂本靖彦さん

「腹に引っかかると血が出てしまう。こうなると、おとり鮎には使えないし、味も落ちてしまう。一番いいのは背中にかかることですね」。

黄色に輝く追い星は鮮度の証

「じゃ、行きますよ!」と坂本さんが、おとり鮎を泳がせ、9mの竿を操り始めた。釣り糸の長さも約9m。先の方に目印が付いている。

奈良県吉野郡天川村で鮎釣り中の坂本靖彦さん

待つこと20分。上西さんが「来た!」と当たりを瞬時に見極める。坂本さんが竿を上げて鮎を引き寄せ、タモに受ける。
陽光を受け、ぬめった肌をきらめかせる鮎の胸ビレの少し下には、真っ黄色の斑点がある。その斑点を指差して上西さんが言う。
「これが追い星。自然界で育った鮎の証やね。おとり鮎は薄黄色だけど、こっちの追い星は鮮やかでしょう。これは怒っている証拠。元気な鮎は怒り心頭でおとり鮎を追ってくるからね。鮎はこの追い星が鮮やかなほど鮮度がいいということやね」。

釣れたての鮎の追い星

若鮎から、落ち鮎までの味

鮎釣りの解禁日は、5月半ばから各所で始まり、多くは6月1日前後。天川村は、今年、5月29日だったという。解禁日の朝は、日が昇ると共に鮎釣りがスタート。夜明け前から多くの釣り人が川岸で待機しているそうだ。

この解禁日に狙うは、最もいいエサ場に潜む、身が肥えた一番鮎だ。
「良質なエサをたらふく食べてますから、ものすごく美味しいですよ」と、坂本さんも現役時代は解禁日の朝に天川村へと向かったという。

解禁直後の若鮎は、骨が柔らかいのも特徴。「骨ごと輪切りにしてお造りで味わう背越しは、解禁直後の美味ですね」と坂本さん。今も『さか本』では常連が心待ちにする6月の旬味だ。

7月になると鮎の体長は20㎝に成長し、大きければ26㎝にもなるという。上西さん曰く「この頃の鮎は、脂がのっていて、塩焼きで食べると抜群に旨い!」。中旬までは、骨も頭もまだ柔らかく、丸ごと塩焼きで食べられる。

「8月に入ると骨が硬くなり、ワタの味が濃くなりますね」と坂本さん。そして、お盆を過ぎると、メスは卵を持ち始め、オスには白子が入るそうだ。「パンパンに腹が膨らんだ子持ち鮎はとりわけ美味だね!」と上西さんは相好を崩す。「身体も大きくなるので、子持ち鮎は煮ても美味しいですよ」と坂本さん。

9月に入ると台風がやって来て、大雨が降る。川が増水すると、上西さん曰く「一晩で落ちてしまうんですわ」。メスは産卵のため川を下る準備を始め、体色も急激に茶色になる。これが、落ち鮎だ。「見栄えは悪いけど、初夏の鮎にはない成熟した旨みがあるよ」。

鮎のオスとメスの尻ビレ「オスの尻ビレはL字、メスはR型。体色はメスの方がきれいやね」と上西さん。昨年の鮎を-30℃の冷凍庫で保存したもの。

天川の鮎が美味なワケ

上西さんは天川村で生まれ育った。59歳となった今は、『旅館 大和屋』『コテージやまとや』を経営しつつ、おとり鮎の販売をするなど鮎釣りのサポートもする。
「天川村は山間の小さな集落やから、生活用水で川が汚れるということがないんやろね。僕が小さい頃から水の色も、鮎の味も変わってへんわ」。

森林に始まる渓流は、山の養分をたっぷり含み、集落へと流れ込む。夏でも20℃前後と水温が低いのも特徴で、姿が美しく、とりわけ香りのいい鮎が育つという。
「珪藻の質がいいんやと思います。とにかくワタの香りがいいんですよね」とは、坂本さん評。

シーズン中、上西さんは特別に鮎を生きたまま『さか本』に届けているという。それも長年、坂本さんが天川村に通って築いた上西さんとの信頼関係あってのこと。
「いろんな川や湖の鮎を食べましたが、ここの鮎が一番香りがいいんです」。
『さか本』名物の天川村の鮎は、今、息子さんの割烹に引き継がれている。

『さか本』の鮎料理

鮎を塩焼きにする坂本靖彦さん

割烹『さか本』では、鮎のシーズン中、天川村から届く鮎がバックヤードの淡水の水槽に常に泳いでいる。北新地という都会にありながら、産地さながらの鮮度で楽しませる鮎は、『さか本』の看板料理として30年以上も愛されてきた。
とりわけ塩焼きは、別格の味として知られている。アルミホイルを駆使して、ムラなく丁寧に焼き上げるその仕事の一部始終は、連載「浪速割烹の“動く”仕事」の「鮎の塩焼き」で動画配信中だ。

また、解禁日から7月上旬までの美味として常連客が心待ちにするのが、背越し。「骨が柔らかいので、骨ごとお造りで楽しんでいただきます」と坂本さん。その「鮎の背越し」の仕事も連載では動画配信している。

『さか本』流 鮎のお造り

鮎のお造り

鮮度がよければ、鮎は造りでも味わうことができる。「繊細な風味なので、濃い醤油味ではなく、梅酢と濃口醤油を割った梅醤油のようなタレがよく合いますね」と坂本さん。
調理のコツは、「とにかく下処理を丁寧に、きれいに!」。ぬめりや汚れを残さないことが肝要だと言う。そして「絶対に苦玉は潰さないこと!」。その全工程をご紹介しよう。

【鮎の捌き方】
①    脳天に串を打ち、締める。
②    ウロコを庖丁で丁寧にこそげ取る。
鮎を絞める/鮎のウロコを取る
③    頭を落とし、腹に庖丁を入れ、内臓と苦玉を取り出す。絶対に苦玉を潰さないこと。
④    ぬめりと汚れを取り除くよう腹の中まできれいに洗い、布巾で水気を丁寧に拭き取る。
鮎の苦玉を除く/鮎のぬめりを拭き取る
⑤    尾の方から庖丁を入れ、三枚におろす。
鮎の三枚おろし
⑥    腹骨をすき取り、皮を引いて一口大に切る。
鮎の腹骨をすく/鮎の皮を引く

「残った頭や中骨は捨てずに、唐揚げにすると美味しいですよ」と坂本さん。この日は、旅館の主でありながら、鮎釣り名人、そして実は寿司職人という上西さんが、にぎりと、頭と骨の唐揚げを披露してくれた。にぎりを含めた鮎料理は、『旅館 大和屋』の宿泊客にも人気だそう。

奈良・天川村『旅館 大和屋』の鮎のにぎりと、骨せんべい

『さか本』流 鮎雑炊

鮎雑炊

塩焼きを熱々の雑炊の中へ。少し炊いて鮎の旨みがご飯と一体化したら完成。シンプルながら、鮎の滋味を楽しむことができる鮎雑炊もまた、『さか本』では人気の一品だ。

『さか本』では、鮎の頭を取って塩焼きにし、中骨や背ビレを抜いて雑炊に加え、食べやすく提供していたと言うが、この日は「釣りたての若鮎ですから、頭も骨も柔らかいので、丸ごと味わいましょう」と産地の仕立てで。

昆布だしと淡口醤油のみで加減した雑炊に、鮎の香ばしさと野趣が映える。薄味で、さっと煮上げた上品な仕立てが、天川の無垢な鮎の味わいによく似合う。

【作り方】
①    昆布を2時間以上水に浸けておき、ゆっくりと煮出す。
②    淡口醤油で加減したら、ご飯を加えてさっと煮る。
昆布だしをとる/昆布だしにご飯を加えて鮎雑炊を作る
③    しっかりと塩焼きした鮎を加えたら、ひと煮立ちさせる。仕上げに軸三つ葉を散らす。
鮎雑炊


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