関西・地酒の星

七本鎗| 滋賀・長浜『冨田酒造』

確かに米の酒、であると感じさせる旨み。それがきれいに消えていく時の爽快感。相反する要素をまとめあげる酸は古式ゆかしい手仕事から生み出されたもの。北近江で15代、愛され続けた「七本鎗(しちほんやり)」は、時を重ねることでさらに深遠な味わいに。

文:藤田千恵子 / 撮影:東谷幸一
蔵元杜氏冨田泰伸さん
1974年 長浜市木之本町にて誕生
1997年 京都産業大学を卒業後、東京『協和発酵』に就職
2002年 生家である『冨田酒造』に入社
2005年 限定流通ブランド立ち上げ
2010年 製造責任者に就任、「琥刻(ここく)」製造開始
2016年 新蔵竣工
左から、七本鎗 低精白 純米80 火入れ1595円、「無有(むう)」火入れ1925円。いずれも酒米は玉
栄で、後者は農薬を使用せずに栽培。上の写真で冨田さんが手にする「琥刻」(山廃仕込み熟成酒)は2016年以降が
1980円、2014・2015年は2640円、2012年3300円で残りは完売。※すべて720㎖の価格、税込。

室町創業の蔵が伝えていくこと

構想10年。冨田泰伸さんが新蔵増築を手がけるまでの歳月だ。創業1534年の老舗蔵。その15代目蔵元として、仕込み蔵の狭さを解決する必要があった。
「カニ歩きせんとダメな場所もあるくらい、うちの蔵は本当に狭かった。今、増改築しないと先がない、ということは分かっていましたが、江戸時代からの建物をなんとか残したいという気持ちもありました」。

北国街道に面した趣ある旧(ふる)い蔵には、横に広げるという選択肢がない。移転案も浮かぶが「この場所で続けることに意味がある」と却下。耐震性を考慮し鉄骨を用いる増築が決定しかけたところで、「木造でも耐震構造は得られる」と提唱する人がいると耳にする。

「建築家さんを訪ねて京都まですっとんでいきました。酒造りという本質的なことを続ける場として、なんとか木造の蔵を残したかった」。

木造蔵で耐震性を得るための工夫は、美しさも兼ね備えたものになることが分かり、すでに進んでいた鉄骨使用の改築案を冨田さんは白紙撤回。文字通り、一世一代を賭けた増築に木造建築を選択する。愛着の深い旧蔵の土壁は、アクリル板と木枠で保護して残した。そうまでして、合理性よりも蔵の美しさを守る気持ちはどこから来るものだったのか。

「蔵を継ぐ年、海外を旅していろんな醸造所も訪ねたんです。フランスの小さなワイナリーには、風土ごと強く惹かれるものがありました。農家の人達が口々に『この土地で作ったブドウでこの土地を表現する』ということを言っていて『すげえ、かっこいい』って。蔵というのは、単に酒という液体を造るだけの場所じゃない。土地や建物や歴史をひっくるめた魅力に気づかされたんです」。

土地を表現する酒造りに打たれた27歳の冨田さんは、帰国し生家の蔵に入社。まずは、地元で親しまれてきた「七本鎗」を“より滋賀らしく”造ることを模索し始める。



滋賀の米で、時を重ねた味わいを

「僕は地元が好きで、東京にいた時も滋賀滋賀言ってたんですけど、滋賀の地酒って何やねんと考えたら、やっぱり地の米やろうと。それですぐ農家さんを訪ねて、県産米100%に変えていきました。純米酒志向も熟成酒への興味も自然なことでした」。

玉栄(たまさかえ)、吟吹雪、渡船といった滋賀の米に傾注すると同時に、造りや蔵の在り方を学ぶため、県内外の蔵見学も敢行。その数はなんと数百軒にも及ぶという。

「かなり突撃してましたね。でも、皆さん親切で。いろいろなことを教わりました」。

県内で「大治郎」を醸す畑 大治郎さんからは、蔵の仕込みに参加させてもらう中で、丁寧な酒造りを学んだ。同じく滋賀の「松の司」蔵元・松瀬忠幸さんには、「おまえか、チョロチョロ動いてるのは(笑)」と声をかけられ、銘酒専門店を紹介されるという厚情を受ける。

「今もいろいろな方から教えてもらっている最中で。質問が長いと叱られてますけど(笑)」。

滋賀の米の個性を表現しようという過程では、低精白の酒や山廃、生酛(きもと)も取り入れてきた。増築した新蔵では、酒の熟成場所を持つことも可能になり、手掛けた酒をじっくりと寝かせる、という喜びも増えた。そんな深化の中で生まれたのが、山廃純米「琥刻」だ。2010年から6年間分のビンテージを一気にリリースしたのが3年前。13年からは蔵付き酵母での醸造にも取り組んでいる。

「寝かせるものの価値、というのは確かにあると思います。酒は、単に美味しい液体なのではなく、あの年の、あの時の酒という思い出と共に愉しむこともできますし。僕、子どもの頃から、思い出好きで(笑)。拾った石とか、〇〇ちゃんに奢ってもらった空き缶とか、ぶわーっと並べてたんです。それで、友達にリメンバーってあだ名を付けられて」。

納得! 旧い蔵への愛着。熟成酒への熱意。それはリメンバー君という性格が幸いして!

「改装前の蔵の古材も捨てられないでいます。でも、それでカウンター作って、ここで飲めたらいいと思うんですよねえ。今は海外にも清酒蔵があるけど、世界中のファンが日本を訪ねてくれた時には、美しい酒蔵ごと酒の文化を楽しんでいってほしい。やっぱり大本山は違う! と思ってもらえるはずですから」。

「琥刻」の山廃仕込みは朝9時、蒸米から始まる。
スコップで蒸し米を彫り上げ、布で包んで放冷へ。
自然放冷で蒸し米の粗熱をとる。
放冷を経た蒸し米を布に包んで半切り桶へ。この埋け飯(いけめし)という作業を繰り返し、徐々に温度を下げる。「掛け米の温度は下げたいけれど、硬くしたくないから」というのがその理由。

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