関西・地酒の星

片野桜 | 大阪・交野『山野酒造』

江戸期から大阪の地酒を醸す蔵の代表銘柄は「片野桜(かたのざくら)」。
さらには、地域振興に役立つ酒をと「織姫の里」「くらわんか」「富楼那(ふるな)」。
アイテム数を増やし続ける蔵元がR1BY(令和元年度醸造)で、杜氏と共に挑んだのは生酛(きもと)仕込みの純米酒。
爽やかで軽快な味わいの速醸、しっかりとした味乗りの良い山廃、そこに今秋、新たに生酛が加わる。

文:藤田千恵子 / 撮影:東谷幸一

※R1BYの醸造期間は、令和元年7月1日から令和2年6月30日まで。
蔵元 山野久幸さん
1955年 大阪府交野市で誕生
1973年 同志社大学商学部入学
1977年 同校卒業 東京都北区滝野川の
    醸造試験所へ
1980年 『山野酒造』入社
1997年 濱田佳秀さん(現杜氏、写真右)入社
2020年 生酛仕込み開始
左から、地域創造ファンドを通して生まれた特別純米酒「織姫の里」。地元交野市産のヒノヒカリを使用。2725円。純米吟醸超辛口「かたの桜」3080円。写真上で山野社長が持つのは「片野桜」山廃純米無濾過生原酒 雄町。濱田さんの方は山田錦で醸した同銘柄。共に3190円。すべて1.8ℓの価格。

令和初の醸造で、生酛にチャレンジ


「僕からのオーダーは、誰も生酛だと思って飲んでへんみたいな、そういう味がええなぁと。せやけど、できあがったのがTHE生酛やったら…、そん時は狙って造ったんですわ~言うてな、売りますわ。ワハハハ!」。

蔵としては初めての挑戦となる生酛仕込みについて語り、豪快に笑う山野久幸社長。その横で眉を八の字にしているのは、杜氏の濱田佳秀さん。なにしろ、生酛は本日が初仕込み。今後の発酵を経て、どんな味わいになっていくのかは、まったくの未知数だ。

「この人、今は農家さんみたいな顔して笑ってるけどな。フランス文学勉強してたんやで。もう全部忘れたみたいやけど。な!」と、これは山野社長による濱田さんのご紹介。大阪は鶴橋のお生まれで、大学ではフランス文学を専攻。大旋回の進路変更で蔵人となり、今年で23年目になるそうだ。

令和元年度の仕込みは、途中から杜氏が病欠という思いがけない事態に。リーダー不在のまま、多くのアイテムを持つ蔵の酒造りを牽引してきたのは、濱田さんだった。
商品アイテムが多いのは、ひとえに山野社長の人脈と懐の広さによるものだ。

「うちは蔵の外の人たちと交流してできた酒がめっちゃ多いんですよ。プライベートブランドだらけで、どうすんねん! と蔵人に言われながら、でも増え続ける一方で(笑)」。
楽しそうな山野社長。現場の濱田さんは、楽しさと大変さのバランス、いかがですか。
「パズルみたいです、仕込みの順番が。醪(もろみ)もあっち進んだりこっち遅れたり、アイテムが少なければ大変じゃないけど…」。
その語尾を引き取って、「せやけど、アイテムが少ないと調整いくらでもきくし、最後はブレンドすればええっていう甘えも出る。単独のもんは単独のもんでしかないから緊張感あるやろ。な!」と、山野社長は嬉しそうに言い切る。



“大阪の地酒”であり続けるために

「いまだに大阪に酒蔵あるん?って言われるんですわ。地元には人が大勢いるのに、自分たちはいかにPRが下手かっていうね」。
毎年のようにチャレンジを続ける山野社長の原動力は、その自覚なのだと言う。“大阪の地酒”を醸す蔵を継いで、今年で40年目。その間、地元の蔵が幾つも看板を下ろした。

「うちも地元消費しか考えてへんかったし、継げばラクかな~と思ってた。蔵人にエラソーにモノ言うて、こませたガキでしたわ」。
だが、日本酒の消費が緩やかに落ちていた1980年代の日本酒業界での仕事は、ラク、ではなかった。酒質向上のために大吟醸を造ろうと思い立ったのは、80年代前半。
「ビールに焼酎入れな酔えへん言うてるような北河内で、大吟醸って何いうてるねん、と言われて。でも、蔵の個性が必要な時代に人まかせではいかん、と思って」。

そこから歴代の杜氏達との試行錯誤が始まる。食の都の蔵であることで、料理人さんから「食に合わせるしっかりとした味のある酒」を打診されたのは15年前のこと。
 「今までにない味の酒も必要やと始めたんが山廃です。立ち香でなく含み香と味の広がりがあって、最後ぐっと酸で味が締まるような」。
 蔵の個性を決定づけた山廃の酒。その酒を誕生させたのは、浅沼政司杜氏。その場に立ち合っていたのが濱田さんだ。
 「この蔵の酒質を上げてくれた浅沼さんには、感謝してもしきれない。その端境期を濱田さんは支えてくれたんですわ、な!」。

さらに生酛造りに挑戦する今期。その企画を社長から聞かされた濱田さんは、「やっと出番が廻って来た」と嬉しかったそうだ。生酛はずっと手掛けてみたい手法だったのだ。「まあ、あんまり期待しすぎずに。でも、楽しみやなあ!」。押したり、引いたりの社長の横で濱田さんは、コクッと頷いている。

1カ月後、蔵から搾りたての生酛新酒が届いた。添えられていた濱田さんの手紙には「そこそこ酸の立った、当社にはあまりないお酒でした。やはり生酛ですね」と書かれている。 
しかし、その酸のきれいで清々しいこと! 思わず蔵に電話をかけると、電話口の社長の声はすでに笑っている。
「ええやんか~と思ったわ。きれいな酸出て」。
ですよね! 早飲み可能な優しい生酛。
令和2年の秋にリリースされ、「片野桜」に新たなファンをもたらせたようだ。

写真はすべて初の生酛仕込み風景。こちらは酒母の添(そえ)仕込み。生酛特有の作業「酛摺(もとす)り」は、足で米を踏む但馬流で、朝昼夕の3回行う。
酛摺りは、蒸し米と麹を合わせてすり潰す方法。麹の働きを促進し、自然の乳酸菌を抱き込みやすい状態を作る。
酛摺りしたものを小さなタンクに入れ、水と合わせて、櫂(かい)入れ。酒母の完成までには約30日を要する。酵母は7号、酒米は雄山錦を62%磨きで。
酒母造りから1カ月後の、添仕込みの様子。蒸し米は酒母と同じ。
蒸したての粗熱を取るため、自然放冷。自らも手を動かす山野社長曰く「手を抜いてダメだったら悔いが残るから、やれるだけのことはやる」。
麹室での種振りは、3日後に行う生酛の留仕込み用。
放冷した掛け米を仕込みタンクへ。添仕込みのため小さなタンクで。濱田さんの櫂入れにちゃちゃを入れる山野社長。笑いの絶えないアットホームな蔵だ。

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事関西・地酒の星

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です