関西・地酒の星

仙介 | 兵庫・灘『泉酒造』

時に鮮烈、流麗。時に骨太。灘酒としてのトラディショナルとチャレンジングな一面と。
さまざまなポテンシャルをはらむ手の込んだ小仕込みは、蔵元と杜氏の熱量があってこそ。
大震災による休蔵からの復活。「灘の産声」とも称されてきた歴史ある“新生”の蔵が辿ってきた道は。

文:藤田千恵子 / 撮影:東谷幸一
※「あまから手帖」2020年12月号より転載
蔵元 泉 藍さん
1977年 神戸市生まれ
2004年 『泉酒造』に入社
2007年 代表取締役に就任、醸造開始
2016年 「泉チャレンジ」シリーズスタート
2020年 新社屋着工

杜氏 和氣(わき)卓司さん
1973年 神戸市生まれ
1992年 熊本工業大学入学
1996年 「瀧鯉」醸造元『木村酒造』に入社
2008年 『泉酒造』に入社
2010年 杜氏に就任
兵庫県産酒米を100%使用した「仙介」は、フレッシュな吟醸系から低精白の山廃まで多彩な味わい。左から「仙介」純米吟醸おりがらみ・山田錦3520円。飯米も使う弟分の「琥泉(こせん)」純米吟醸無濾過生原酒3080円。写真上で泉さんが手にしているのは「仙介」純米大吟醸3960円。和氣さんは2019年仕込みの「泉チャレンジ」を。「仙介」純米 山廃仕込み 辛口無濾過生酒原酒3025円。すべて2020年12月時点の、1.8ℓの価格。

酒蔵再興、祖父の意志を繫ぎたい

「最初は、飯米と酒米の違いも分からなかった」。
16年前をこう振り返るのは、蔵元の泉 藍さんだ。大学卒業後は美術関係の仕事に就き、日本酒の醸造とは無縁の生活。なのに、なぜ酒蔵の再建に乗り出したかといえば、祖父の気持ちを汲んでのこと。
藍さんの祖父・泉 仙介さんは、1756年創業という歴史ある酒蔵の蔵元。だが、95年の阪神・淡路大震災で蔵は焼失。酒造りは12年間休業せざるをえなくなり、再開が望まれていたという。

「酒蔵は誰にでもできる仕事ではない。このままやめるのはもったいないと思って」。
焼け残った倉庫を改築しての酒造りがスタートしたのは、07年秋。道具は焼失しており、近所に借りに行くような状態だったが、灘五郷の同業者は優しく親切だった。

「灘もしんどい時代。酒業界も楽観できる状況ではない中で、差し入れを下さったり、手伝いに来て下さったり。地元の方々に助けられました」。
初年度はわずか50石だったが、すべて特定名称酒。
「良いものを造らなければ、再開の意味がないと考えました」。

残念ながら祖父の仙介さんは逝去され、新酒を味わうことは叶わなかったが、泉さんは新生の酒に祖父の名をつけた。それが「仙介」銘柄のスタートだ。

最初の3年は、自らも酒造りに加わった藍さんだったが、4年目を迎えた時には自身の妊娠という大きな転機が。同時期、高齢の杜氏は引退を控えており、後継者を探す必要もあった。どこかに信頼できる造り手はいないものか。そう望んでいた時、なんと蔵から200mの至近距離で若手杜氏が腕を振るっていたのである。



“新生”だからこそのチャレンジ

和氣卓司さんは、当時、丹波杜氏組合最年少の杜氏として将来を嘱望されていた。
酒造業界に入る以前、大学時代の研究テーマは、生酒の酵素や酵母の培養。学生の時からすでに「生酒って美味しいな」と好印象を持っていた。折しも卒業時は、就職氷河期。

「新聞記者の父に、なんとか就職できひんか、と相談したところ、『これからの時代、職人にならな食っていかれへんで』と言われて。自分の学んできたことを生かしての職人というたら酒蔵やなと」。

生まれ故郷の神戸に戻り、『木村酒造』に入社。12年間を過ごしたところで蔵が閉じることになり、次に紹介されたのが、復活直後の『泉酒造』だった。

誕生したばかりの「仙介」の造りに参加したのは、08年。一造りを終えたところで「一冬一緒に過ごせば、力量もパーソナリティも分かる」と藍さんから認められ、杜氏に抜擢された。
そこからは、自らの決断で酒の設計をガラリと変えることに。
「出荷がない時期というのがあったんです。それって飲まれてないということでしょう。受け入れられやすい酒に転換せな、と思ったんです」。

和氣さんが立てた作戦は、まずはフレッシュな生酒で第一印象を良くしていくこと。
「僕は、しっかり熟成させた燗して旨い酒も好きなんですが。まだ誰も『仙介』を知らない試飲会で、お燗したら旨いんです、と常温で出しても受けない。生でピチピチした酒の方が断然インパクトがあるやろうと思って」。

従来であれば、搾って火入れしてタンク貯蔵、熟成となるが。「小さな蔵ゆえの小仕込みを逆手にとって、無濾過の生酒を主軸の一つにしよう」。作戦が具現化できたのは、和氣杜氏の経験値と技量があればこそだ。

かくして、灘の「仙介」の評判は高まり、年を追うごとに醸造量も増えていく。ファンができたところで取り組めるようになったのが、一年ごとに異なる酒造りに挑戦する「泉チャレンジ」シリーズ。
超辛口の純米、低精白の山廃と、新しい「仙介」の個性が表現されるシリーズは、酒販店からの注目も集める人気商品だ。
「どんどん新しいことがやれる。テクニカルな部分で自由度が増したのは嬉しいですね」。

好調だった増石がストップしたのは、コロナ禍になってから。この状況をどう見るのかと尋ねたところ、蔵元も杜氏も異口同音に答えたのは、「それでも、今、造れてますから」。「震災で、倒れたり焼けたりしたあの時のことを思えば」。
そうだった。ここは神戸・灘の酒蔵なのだった。

醸造期間は盛夏を除く10カ月間と長丁場。10月初旬のこの日は、山田錦の蒸しからスタート。「仙介」の麹米は人力による自然放冷で。
麹室に引き込んだ蒸し米は布で包んで昼まで保温する。
午後からは、和氣杜氏と蔵人3人で製麹作業へ。先の麹米を広げ、種切り。雰囲気は和やかで、麹菌が米に付着するまでの数分間、「何か面白いことを言う」のが決まりとか。
その後、床もみをして再び種切り。再び床もみしてから布を被せ、この日の作業は終了。
麹室で2昼夜ほどかけて完成させた米麹。
「琥泉」の掛け米ヒノヒカリは機械で放冷後、エアーシューターでタンクへ。
蔵の敷地内には浅い井戸があり、六甲山の伏流水が満ちている。これを仕込み水に使う。

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