関西・地酒の星

室町期の酒「菩提泉(ぼだいせん)」降臨!

古(いにしえ)より奈良では僧侶による寺院醸造が盛んでした。なかでも、菩提山正暦寺(ぼだいせんしょうりゃくじ)は、日本酒発祥の地として知られています。室町時代、日本で初めて記された民間の醸造技術書「御酒之日記(ごしゅのにっき)」にも、正暦寺の酒造りは紹介されています。酒の名は、菩提泉。
現在、奈良の8蔵から成る「奈良県菩提酛(ぼだいもと)による清酒製造研究会」が、県と正暦寺の協力を得て、今年、500年ぶりに、菩提泉を蘇らせました。その歴史的復活劇をご紹介します。

文:中本由美子 / 撮影:東谷幸一
※「あまから手帖」2021年4月号より転載
「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」が菩提山正暦寺、県と共に醸造。酒米は、住職・大原弘信さんが境内で栽培した奈良県推奨品種「露葉風(つゆはかぜ)」。80%の低精白にし、寺の岩清水で仕込み、正暦寺乳酸菌と酵母の力で発酵させる。限定500本、720㎖16500円。https://bodaimoto.org/
仕込み終了後、無事に良い酒が完成することを願って、正暦寺の僧侶たちによる御祈祷(ごきとう)が行われ、蔵元たちも一緒に手を合わせた。

古の製法×現代の粋

ピチッピチッ。垂れ壺に搾りたての酒が一滴、また一滴と落ちる。500年以上の時を超えて復活した「菩提泉」の産声は、まるで精霊の囁(ささや)きのような澄んだ音色だった。

奈良の8蔵が県と共に、日本酒発祥の地とされる菩提山正暦寺で古の酒を蘇らせる。その復活劇を「あまから手帖」2021年4月号の特集「地酒アップグレード」でご紹介したが、密着できたのは搾りの日までだった。あれから10カ月、火入れした後、熟成を経て、ようやく令和の「菩提泉」が届いた。

乳酸由来の柔らかな香り。口に含めば、きれいな酸が解き放たれたように広がる。甘みの後のわずかな苦みが品のいい余韻へと繋がっていく。室町時代の酒造記「御酒之日記」に描かれた「菩提泉」の造り方を再現しながらも、現代の醸造家のセンスを織り込み、モダンな味に——。その挑戦は見事に結実していた。



古くて新しい“はじまりの酒”

「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」は、“奈良の酒らしさ”を追求すべく、90年代に発足した。まずは、「菩提泉」をルーツとする「菩提酛」を復活。生米を乳酸発酵させた「そやし水」を使う奈良独自の製法だ。

毎年1月上旬、「菩提酛清酒祭」が正暦寺で行われている。この日、研究会の現メンバーである、生駒の『菊司醸造』『上田酒造』、都祁(つげ)『倉本酒造』、御所(ごせ)の『葛城酒造』『油長(ゆうちょう)酒造』、吉野『北岡本店』、奈良市『八木酒造』、三輪『今西酒造』の8蔵が集結。正暦寺の住職や僧侶、県の産業振興総合センターの先生と共に、皆で菩提酛を仕込むのが恒例だ。

2週間後、発酵を終えた菩提酛は、各蔵に分配される(酛分け)。ちなみに、酛は酒母とも呼ばれ、これを三段仕込みで増量するのが現代主流の酒造りだが、この手法もまた奈良から始まった。その誇りを胸に、各蔵は持ち帰った菩提酛を三段仕込みで醸造。それぞれの蔵の個性を映し、8蔵8様の菩提酛の酒が生まれていく。

一方、「菩提泉」は、酛づくりから搾りまで、すべての工程を研究会のメンバーが共同で行う。最大の特徴は、三段仕込みが生まれる前の酒ゆえ、菩提酛をそのまま搾ること。当然のことながら酒となるのは少量。希少で、高価だが、濃密な旨みの酒となる。

500年以上前の寺院醸造の名残を味わうことのできる希少な一本。そこには、“古くて新しい地酒の魅力”が宿っている。

「菩提泉」に使うのは、境内に設置したタンクに貯めた岩清水。住職(手前右)も自ら育てた酒造好適米「露葉風」を10㎏ずつ少量に分けて丁寧に手洗い。
浸漬を経た米をタンクに投入。室町期の菩提酛は夏に仕込まれていたので岩清水は湯煎で30℃に。この「そやし水」は3日目ともなると乳酸発酵による独特の匂いが。
そやし水に使った生米を甑(こしき)で蒸すと、独特の酸っぱい匂いはさらに強烈に。この後、ダマにならないよう蒸し米を広げて路地放冷し、粗熱を取る。
タンクに乳酸酸性になったそやし水を入れ、その上に麹を加える。仕込み温度が20℃となるよう、冷ました蒸し米を投入し、14日間かけて発酵させる。
発酵を終えた菩提酛を搾る、上槽(じょうそう)日には、各蔵が再び終結。搾りたてを試飲したメンバーのこの笑顔!
搾りたてを試飲した蔵元たちは、「きれいやな!」と声を揃えた。この日から約10カ月の熟成を経ての発売となった。

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