関西・地酒の星

喜楽長(きらくちょう) | 滋賀・東近江『喜多酒造』

きれいで透明感があるけれど、ふっくらと柔らかな米の旨みも甘みも。相反する要素を豊かに持ち合わせた滋賀の地酒「喜楽長」は、喩えるならば、清楚なぽっちゃり美人。
心までも優しくなれるような「たおやかな酒」を——。そんな願いを込めた酒造りは、丁寧に手をかけた米と麹と柔らかな水から生まれます。そして、名杜氏たちが繋げてきた“蔵の味”を守り、引き継ごうとする父と娘の強い意志によって育まれています。

文:藤田千恵子 / 撮影:東谷幸一
※「あまから手帖」2020年10月号より転載
九代目次期蔵元 喜多麻優子さん
1989年  滋賀県東近江市生まれ
2011年  同志社大学経済学部卒業
     (株)ミツカンホールディングスに入社
2015年  生家である『喜多酒造』に入社
2018年  「蔵元の娘と楽しむ日本酒入門」出版
2020年  蔵が創業200周年を迎える
左から、「喜楽長」の定番人気「辛口純米吟醸」1500円。「びわ湖の夏 純米酒」 1175円。麹米は山田錦、掛米に吟吹雪を用いることで柔らかな味わいに。ラベルデザインは木版画摺師・森 愛鐘(あかね)さん。写真上で麻優子さんが持つ酒は、天保杜氏へのオマージュとして企画、「喜楽長」として目指す味わいを具現化した大吟醸「敬いし」3200円。手前は、純米大吟醸「愛おし」3500円。すべて720㎖、R2BY(令和2年度醸造)の価格。

後継者、女性蔵人だからできること

女性が一人で。なんと、けなげな。
麹室で黙々と作業を続ける喜多麻優子さんの姿を見た時の印象だ。むろん、麻優子さんは立派な大人なのだが、白いTシャツ姿で白い麹に触れている姿は、その手先が優しく丁寧な動きを延々と続けていることもあって、胸打たれるものがあった。

酒の味わいの要となる麹室での仕事。それを能登杜氏の四家 裕(しいけ ゆたか)さんから任されるようになって、今期で3造り目。
「味わいの複雑さとたおやかさの基となるものですから、麹に求めるものは奥が深いんです。それを私にやらせてもいいと思ってくださった。そのことが本当に嬉しかったです」。

次期蔵元であると共に、一人の蔵人として杜氏の下で働くようになって5年が過ぎた。
「蔵に入った頃は、他の男性たちと同じように仕事をしようとしたけれど、でも、どうしてもできない力仕事もありました」。

さて、どうするか。麻優子さんが努めたのは筋トレではなく、蔵内の道具や仕事環境の見直しだった。荷台に滑車を付ける。2階にあった酛場(もとば)を1階へ移動させる、などなど。
「私でも力仕事ができるような工夫をすることで、パワーがあるなしに関係なく誰もが働きやすい環境が作れると気が付いたんです」。

蔵元としての行動を取る時に、蔵人の視線も持てるのは、酒造りに従事したがゆえ。冬の間は、他の蔵人たちと食事も宿舎も同じ場所で過ごす。八代目蔵元である父の良道さんは「自分の意志とはいえ、そこまでやるとは」と、一途な後継者の気概を汲む。



杜氏との絆が照らす10年先

麻優子さんに幼い頃の記憶として残っているのは、優しい蔵人たちが集う賑やかな様子。
「天保さんと父とが、ああしよう、こうしようとお酒造りの話をしている姿は、子ども心にも楽しそうに見えました」。

天保正一さん。その人こそ、約半世紀にわたって、この蔵の酒を造り続けた能登流の杜氏。いわば「喜楽長」の伝統の味わいを守り続けてくれた人だ。酒造りの技に秀でていただけでなく、常に穏やかな人格者でもあった。
その温柔で優しい杜氏が蔵に入る時には、キリッとした緊張感に包まれる。
「蔵は、他とは違う、神聖な場所なのだということが伝わってきました」。

蔵を継ごうと思ったのは、中学生の時。
「おかしいですよね。まだお酒も飲めない年頃なのに。でも、神聖な場所は誰かが継いで守らないと、と思っていました」。

その後は、「マグロのようにグングン進んでいく」と自覚する性格から、経営者を目指し、同志社大学の経済学部に進学。卒業後は、醸造業界の企業に就職し、自ら営業部を志願した。26歳で『喜多酒造』に入社、その冬に蔵入り。当初は「女性らしい酒」を求める声もあり「ピンクの酒を造らないといけないのかな?」と考えたこともあったそうだ。……が。

「どうも、しっくりこなかったんです。うちには『喜楽長』という、ここでしか造れない味がある。私はそれが好きでした。ならば、回り道をしている時間はない。それよりは、真っ直ぐにすべきこと、やらねばならないことを目指したいと思いました」。

その「喜楽長」らしさとは何かといえば、一つには「たおやかな酒」であること。麹による深い味わいがなめらかに、柔らかに広がる。そして、心までもが優しくなるような酒。そんな酒を造るために、父が守り続けてくれていたのが蔵の環境だった。

「父は蔵を継いでほしいとは一度も言わなかったのですが、能登杜氏さんとの絆、原料米を作ってくださる農家さん達との一代では終わらない関係など、いろいろなことを整えてくれていました。だから、私は恵まれた環境からスタートできたのだと思います」。

父がこの人、と見込んだ四家杜氏と麻優子さんとのタッグは来期で6年目に入る。
「四家杜氏は大らかな方で、この蔵をどういう方向へ持っていくか、10年先まで見てくれています。なので、商品設計や醸造プランも共有しやすくて、有難いですね」。
その四家杜氏からの「麻優子さんは次期蔵元さんですが、蔵人としても大事な人」という言葉は、今までの奮闘あってこその勲章だ。

2020年2月2日。朝8時の蔵の様子。甑(こしき)で米が蒸し上がると、四家杜氏の指揮のもと、純米酒「びわ湖の夏」の添え仕込みが進行。掘り出した蒸し米を放冷機へ。
放冷後の蒸し米は、滑車付きの荷台でタンクへと運ばれる。
添え仕込みの光景。仕込みタンクに蒸し米を投入するのは、四家杜氏。杜氏は自ら洗米機を手作りするなど、蔵の未来を常に考える円熟の人。
蒸し米を麹室へと運び込む「引き込み」の作業は、蔵人全員でスピーディに行うが、蒸し米を広げる作業は麻優子さんのみ。麹室は2020年、4部屋へと拡張。
麹菌を振る「種切り」の作業から、麹菌がまんべんなく米に付着するように手を入れる「床揉み」の作業まで、製麹を任された麻優子さんが一人、黙々と行っていく。

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