京都『飯田』の美学

睦月だけの焼ガニ

いくら客に請われようと、焼ガニを供するのは1月だけ。それは、日本料理店『飯田』開店から一度たりとも譲らない店主・飯田真一さんの美学の一つ。その理由とは…。
新年を祝う1月は、特別感と華やかさを随所に盛り込んだ構成が一番の見どころ。1月ならではの室礼や器使いに触れつつ、カニの美味しさを最後まで味わい尽くす逸品も、特別に公開します。

文:川島美保 / 撮影:岡森大輔

寿(ことほ)ぐ室礼

紫草(むらさきそう)の根で何度も染め重ねたという希少な紫紺の暖簾がかかる1月。主題はもちろん「正月」。床の間を大胆に飾る裏千家流の結び柳がまず目を引く。
「この結び柳は、一陽来復(いちようらいふく)の象徴。冬が終わり、春が来ること。つまり新年を意味しています。また、転じて悪いことの後には良いことが起こるという意味合いも。良い一年になるようにという願いを込めた飾りです」。

新年を寿ぐ和歌を記した掛け軸の絵は、五穀豊穣などを祈る能の演目のひとつ「三番叟(さんばそう)」。掛け軸の下には、鯛を象った桜色の水指し。
いかにもめでたくて品も遊びもある景色は、強く印象に残る。

a寄り付きの掛け軸の歌は大田垣蓮月作。「まつのまま ゆたかにあけて つるかめの ちよ万代(よろづよ)と いわふわさをき」。“まつのまま”が、新年が明けたことと、舞台の幕が開いたことをかけた言葉。鶴亀は長寿の象徴。いわふわさをきは、演目・三番叟を意味する言葉。
胸ビレが開く仕掛けの鯛の水指しは京焼の名家の初代・久世久宝(くぜきゅうほう)造。「愛嬌があって、縁起もいい。購入した修業時代から、1月だけに使おうと決めていました」。

正月ならではの、八寸

お屠蘇(とそ)を口開きの一杯に始まる1月の献立は、鮑の柔らか煮にカラスミ餅を合わせた豪華な雑煮風の椀やよく肥えたカワハギの造りにも心躍るが、ひとつ目の山場は中盤の八寸だ。
『飯田』では、1月にしか八寸を出さない。

「新たな出発となる正月は、一年の中で最も特別。当店ではほとんどしない盛り込みで華やかさを出し、器も料理も縁起や贅沢感を重視しています」。
器は末広がりで縁起が良い扇面(せんめん)鉢。厚焼玉子の黄に酢橘釜(すだちがま)の緑、アン肝を盛った金柑蜜煮の橙(だいだい)や千代呂木(ちょろぎ)の紅白と、彩り豊かに並べ、海・山・里の食材をまんべんなく使う。

特筆すべきは茶席の慣例に倣った青竹の取り箸。「最高品質といわれている桂離宮の青竹を譲っていただき、ピタリと合うよう庖丁で手削りしています」。特別感の演出のひとつであり、飯田さんが新年を迎えるにあたって身を引き締めるための一種の儀式でもあるという。

b料理はすべて1月のコース54000円(価格は月替わり。入荷状況によって変動)から。左上から時計周りに、繊細な飾り庖丁が美しい鰤(ブリ)のヅケ寿司、しっとり甘い厚焼玉子、叩き山芋とコノワタをかけた茶振ナマコの酢橘釜、器にした金柑の蜜煮ごといただくアン肝、シソ酢と白ワイン酢で紅白に染めて松葉に刺した千代呂木、“京の旬野菜”として認定されている青味(あおみ)大根の味噌漬け。器は魯山人造の扇面鉢。青竹の取り箸は使用後に表面を削って全体をさらに細く整え、これから一年の白竹の盛付箸として毎年新調している。

この記事は会員限定記事です。

月額990円(税込)で限定記事が読み放題。
今なら初回30日間無料。

残り:1559文字/全文:2916文字
会員登録して全文を読む ログインして全文を読む

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事京都『飯田』の美学

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です